第202話 シルバさんや、しれっと恐ろしいフラグを立てるのはお止め下され

 アルケイデスに呼び出された翌日、シルバ達ワイバーン特別小隊はニュクスの森に来ていた。


 今では大天使級アークエンジェルでも不自由なく探索できるこの森にシルバ達が来ている理由だが、今日の未明に樹が倒れて地下に続く石の階段が発見されたからだ。


 サバーニャ廃坑の隠し通路の件もあり、下手に実力のない軍人を送って死んでしまっては仕方がないという判断が下されてシルバ達が派遣されることになった。


 ここ数年で並の軍人なら2,3回は死ぬ目に遭っているため、何かあっても生還する確率が高いと思われているからこそ送り込まれた。


「まさか樹の下に地下室があるとはねぇ」


「ロウ先輩、地下室かどうかはまだわかりませんよ。もしかしたら、ニュクスの森の地下に隠された通路が広がってるかもしれません」


 ロウが階段を降りた後に小さく息を吐いて呟くと、アリエルがもっと規模の大きな空間かもしれないと可能性を述べた。


 周囲が暗くてよく見えないので、レイが光源ライトで自分達の近くを照らす。


「レイ、ありがとう。俺に風付与ウインドエンチャントを頼む。大雑把にでもこの空間を調べてみるから」


『は~い』


 レイは言われた通りにシルバに風付与ウインドエンチャントをかけた。


 それが終わり次第、シルバは壁を殴ってから壁に耳を当てた。


 エイルはシルバが何をしているのか気になって訊ねる。


「シルバ、何をやってるんですか?」


「壁を殴った音を反響させてざっくりとこの空間の間取りを調べた。師匠曰く、エコーロケーションという技術らしい」


「とんでもない技術なのはわかりました」


 エイルはなんでそんなことができるのかわからなかったが、拳者マリアならばできてもおかしくないと考えてその弟子のシルバにもできるのだろうと思うことにした。


「さっきアリエルが言った通り、ニュクスの森の地下に通路が広がってる。光が届かないところに何かが動いてるのが感じ取れた。おそらく割災でエリュシカに来たモンスターだろう」


「サバーニャ廃坑の隠し通路みたいなことになってないと良いね」


「それは期待できないな。階段があった時点で過去に誰かがニュクスの森に地下空間を作ったのは間違いない。この空間に人が迷い込むことはほぼないだろうから、ここはモンスター達による弱肉強食の世界になってると考えるべきだ。気を引き締めて進もう」


「「「了解」」」


 アリエル達が返事をした後、マリナがシルバに対して自分の存在をアピールする。


「チュル」


「マリナ? あぁ、なるほど。マリナなら熱探知ができるよな」


「チュル♪」


 シルバが自分の伝えたいことを理解してくれてマリナは嬉しそうに鳴いた。


「シルバ、マリナに何かできるんですか?」


「できるよ。蛇系モンスターって熱で自分以外の生物の場所を突き止めるんだ。だから、こうやって視界が十分に確保できない場所では頼りになるんだよ」


「マリナ、すごいじゃないですか。頼もしいです」


「チュルル♪」


 主人にも褒めてもらえてマリナはご機嫌である。


 マリナを先頭に少し歩いてみたところ、マリナが前方を警戒するように身構えて止まった。


「「「「「チュウ!」」」」」


 マリナにバレたと思ってレイの光源ライトが届く範囲に現れたのは大きなハリネズミの群れだった。


「チャグリンか。面倒だな」


「シルバ、戦力的にどんなもんよ?」


 シルバが嫌そうな顔をするのを見てロウが敵の強さを訊ねた。


「それぞれの強さはせいぜいパープル級モンスターですが、群れるとレッド級モンスターに匹敵します。棘の覆われた球体になって突撃して来るんですよね」


「うわぁ、それは近づいてほしくねえわ」


 シルバが遭遇したことを嫌がる理由を聞いてロウも同じ表情を浮かべた。


「飛べる訳じゃないんでしょ? だったら対処は簡単だよ」


 アリエルは何も問題ないと言わんばかりに落穴ピットフォールでチャグリンの群れを落とし穴にまとめて落とした。


「「「「「チュアァァァァァ!?」」」」」


「ちょっとだけチャグリンに同情した俺は悪くないと思う。相手が悪かったんだ」


「ロウ先輩もあの穴に落ちます?」


「とびっきりの笑顔でなんちゅう質問をするかね。嫌に決まってるじゃん」


「からの~?」


「嫌だからね!?」


 振りじゃないんだとロウが全力で断っている間に、マリナとジェット、リトが穴に落ちたチャグリンの中でまだ息をしている個体にとどめを刺した。


 落穴ピットフォールを解除してチャグリンの死体の解体を行う。


 魔石はリトだけが欲しがったのでリトが独り占めした。


「ピョッピョッピョ~♪」


 リトが魔石にぱくついている間、シルバ達はチャグリンの死体を研究部門に提出する分だけ回収した。


 それからシルバ達は先に進むと、マリナが壁に向かって水弾乱射ウォーターガトリングを放った。


 壁に何かが擬態していると判断しての行動だろうとシルバ達が警戒していたところ、体の色を壁と同じにしていたブラックカメレオンがびっくりしてジャンプした。


「飛んだらそこまでだろ。壱式:拳砲」


 シルバのように空中を蹴って移動できるなら話は別だが、ブラックカメレオンにそんなスキルはない。


 腹部にキツい一撃を受けたブラックカメレオンは仰向けに倒れたまま動かなくなった。


 解体を手早く済ませたシルバはレイを呼ぶ。


「レイ、こっちおいで。魔石だよ」


『は~い』


 レイはニコニコしながらシルバの肩に乗り、シルバから魔石を食べさせてもらった。


「最近さ、レイちゃんに憧れてかジェットがブラック級モンスターの魔石を欲しがるんだよな」


「マリナも同じですよ。どうもレッド級モンスターの魔石じゃ物足りなくなって来たようです」


「キィ」


「チュル」


 シルバとレイのやり取りを見てふと呟いたロウだったが、ロウよりも早いタイミングでマリナをテイムしたエイルもロウと同じような事態になっていたらしい。


「レイはブラック級モンスターの魔石で足りてるか?」


『う~ん、最近ちょっとずつだけど物足りなくなってるかも』


「これはシルバー級モンスターに早いところ出て来てもらわないとレイが伸び悩むかな」


「シルバさんや、しれっと恐ろしいフラグを立てるのはお止め下され」


 シルバがレイの成長にはシルバー級モンスターかそれと同程度のモンスターの魔石が必要だなんて言うものだから、ロウはフラグを立てるなんてとんでもないとシルバを注意する。


 だが、悲しいことにシルバが立てたフラグはすぐに回収されることになる。


「チュル!」


 マリナが今までにない音量で注意を呼び掛けたため、シルバ達はいつでも仕掛けられる体勢になった。


 その直後にシルバ達の前にシルバーバットがブラックバット4体を率いて現れた。


「やだー、もうフラグが回収されちゃったじゃないですかー」


「壱式水の型:散水拳」


 ロウがリアクションを取っている間にシルバが攻撃を放ち、ブラックバット3体を撃ち落とした。


 それを躱したシルバーバットとブラックバットが竜巻トルネードを発動する。


『やらせないよ!』


 レイが負けじと竜巻トルネードを発動して前方のそれとぶつかると、後出ししたにもかかわらずレイの発動した竜巻トルネードが残った。


「僕も手伝うよ」


 アリエルが鋼弾乱射メタルガトリングで広範囲を攻撃すれば、シルバーバットはそれを避けられてもブラックバットが躱し切れずに墜落した。


「チュル!」


「キィ!」


「ピヨ!」


 マリナとジェット、リトも参戦してシルバーバットを撃ち落そうと遠距離攻撃を始める。


「キーッキッキッキ!」


 どこを狙ってんだ間抜け共と嘲笑うシルバーバットだが、少しでも視界から外してはいけない人物を忘れてはいないだろうか。


「弐式光の型:光の太刀」


「キキィ!?」


 真下から空を駆けてやって来たシルバが一閃すれば、シルバーバットの左側の翼が光の刃によって切断される。


 それによってバランスを崩したシルバーバットは地面に墜落するが、そこはシルバー級モンスターゆえに一筋縄ではいかない。


 なんとシルバが切断した翼が再生したのだ。


 これは<自動再生オートリジェネ>というスキルだが、シルバー級モンスターにもなると継戦能力が高いスキルも持ち合わせている。


 しかし、シルバも異界帰りでモンスター相手に油断も慢心もしないから、シルバーバットの翼が再生した時には攻撃を仕掛けていた。


「壱式氷の型:砕氷拳」


 最初から両方の翼が生えていたならば、どうにか避けられていたかもしれない。


 ところが、シルバによって左側の翼が斬られて再生したばかりであり、新しく生えた翼が体に馴染むまでに若干のタイムラグがあった。


 そのタイムラグがシルバーバットにとっては致命的なロスになり、シルバの攻撃を避け切れずに命中してしまった。


「よし。討伐完了」


「うん、やっぱシルバ強いわ」


 ロウはフラグ回収によって現れたシルバーバットを倒してみせたシルバを見て、あれこれ考えるのを止めた。

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