第20章 拳者の弟子、帝国の過去に触れる
第201話 信じる者を背教に導く性悪なんだからねっ
時は少し流れて6月になった。
軍学校では新人戦が終わり、新入生のクラブ活動の勧誘期間も過ぎた。
学生会の庶務の枠はそこそこ応募があったけれど、筆記試験と面接試験の結果セフィリアが合格してその枠に収まった。
セフィリアが学生会に入った動機だが、アリエルの弟子として少しでも師匠の傍で勉強したいからなんてものではなく、立身出世のためだ。
孤児院出身でもガンガン出世してやると野心のあるセフィリアだからこそ、他の新入生にはないエネルギーが評価されて選ばれたのだ。
帝国軍では割災の鎮圧や各種功績で昇格の人事異動が発令された。
まずはワイバーン特殊小隊のアリエルとエイル、ロウが
これは割災の鎮圧だけでなく、テイム可能なモンスターの卵をいくつも確保してディオスの基地に持ち帰ったことを評価されたのだ。
次にトフェレの割災を鎮圧したことにより、キマイラ中隊第二小隊のクランとプロテス、ヤクモが
小隊長のフランも隊員と同じ階級では示しがつかないことから、
第一小隊のメンバーは今回の割災で第二中隊に手柄を譲ったこともあり、誰も昇格することはなかった。
国外のことに目を向けてみると、サタンティヌス王国とトスハリ教国の戦争の流れが変わっていた。
それに関してシルバはアルケイデスに城の部屋に呼び出されていた。
「兄さん、王国と教国の戦争の件ですよね?」
「ああ。密偵の話によると拮抗していたはずの戦況がトスハリ教国優勢になった」
「国の規模からすると王国の方が長期戦で教国よりも有利になるって話じゃありませんでしたか?」
「何事も起きなければそうなるはずだった。だが、シルバやアリエルが持つ呪いの剣がトスハリ教国で見つかってその流れが変わったらしい」
アリエルが騒乱剣サルワを手にしたことで、シルバ達もその存在を知るようになった呪いの剣がトスハリ教国で発見された。
それが戦争においてどのような影響を及ぼすのかと訊かれれば、不利になりつつある戦況を巻き返すぐらいだと言えよう。
使う人を選ぶ呪いの剣だから、適合者が現れたのだろうかと気になってシルバはそれを訊ねる。
「誰がその呪いの剣を使ってるのでしょうか?」
「まだ確実なことはわかってないが、特定の所有者はいないらしい」
「まさか、とりあえず誰かに使わせてるってことですか?」
「報告によればそうみたいだ。密偵からは毎回使用者が違うと報告されてる」
アルケイデスの説明を聞いてシルバは首を傾げた。
「呪いの剣ってそんなにホイホイ使用者を変えることを良しとするものでしたっけ?」
「さあな。刃の部分が半円のように大きく湾曲した剣らしく、使用者はいずれも何かを我慢するように歯を食いしばって使ってるらしい」
『間違いなく背信剣タローマティの仕業なのよっ』
『陰湿、外道』
熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュは心当たりがあったようで、シルバにトスハリ教国で使われている呪いの剣について教える。
(どんな剣なんだ?)
『信じる者を背教に導く性悪なんだからねっ』
『ハルパー。性格、歪み、見たまま』
(教国がヤバくなるまで使わなかった理由がわかったわ)
シルバは熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの説明を聞いて苦笑した。
「兄さん、タルウィとザリチュが教えてくれました。その呪いの剣は背信剣タローマティだそうです。信じる者を背教に導くことから、教国ではすぐに使用者が変わるのでしょう。おそらく、使用者が教えに背くギリギリまで戦わせてから別の使用者にバトンタッチさせてると考えられます」
「何故そんなものが教国にあるんだろうか。それはもう、教国の闇と言っても過言じゃないだろうに」
「権力争いで敵の勢力を崩すのに使うとかじゃないですか?」
「・・・シルバが腹黒いことを言ってる。アリエルの影響だろうか」
アルケイデスはアリエルが腹黒いことを知っている。
それも当然のことで、弟の婚約者が弟に相応しいのか調査したからだ。
その結果として、アリエルが腹黒担当でエイルが慈愛担当としてシルバを支えていることがわかり、アルケイデスはシルバが2人と結婚することに納得した。
脱線してしまったが、トスハリ教国で背信剣タローマティが使われたのなら今後のサタンティヌス王国とトスハリ教国の戦争の風向きが変わるだろう。
その時、シルバとアルケイデスのマジフォンが震えた。
タイミングが一致したため、姉のロザリーからの知らせだろうと判断してシルバもアルケイデスもマジフォンを確認した。
「サタンティヌス王国が大敗して撤退ですか」
「しかも、負けを見越して第一王女が帝国に亡命希望か。いよいよヤバいな」
ロザリーが仕入れた情報を見てシルバとアルケイデスの顔が引き攣った。
そこにドアをノックする音が聞こえる。
「入れ」
「失礼します。密偵より連絡です。本日の合戦で呪いの剣の使用した者が謀反を起こしました。現在、戦場で友軍を手当たり次第に切り殺しております」
「サタンティヌス王国を撤退させる程の戦果を挙げた結果が謀反ですか・・・」
「そこまで剣に侵食されるとは、その使用者の相性が良かったんだろうな」
上がって来た報告を受けてシルバもアルケイデスも困った顔になった。
サタンティヌス王国とトスハリ教国はどちらもディオニシウス帝国と敵対関係にあるから、両国の戦力が減ることは喜ぶべきことだ。
しかし、それによって面倒事が立て続けに増えるとわかれば話は別である。
第一王女の亡命なんて面倒事以外の何物でもない。
特に死んだ
どう考えれば国を騒がせた原因が亡命を受け入れてもらえると思ったのだろうか。
その答えを持ち合わせる者はこの場に誰もいない。
アルケイデスは報告に来た者に他に連絡事項がないことを確認すると下がらせた。
「亡命して来た第一王女、突き返すか」
「受け入れたくないのは同感ですが、生かして返すのもいかがかと思います」
「クソ兄貴と一緒になって帝国を崩そうとしたことは許せないが、ここで第一王女を殺せば王国と戦争になることは間違いない。割災の間隔が狭まってる今、私怨で国力を下げるリスクを負いたくない。多分、父上も同様に考えるだろう」
「そうですか。ただ・・・」
「ただ?」
シルバが溜めて何を言いたいのか気になったので、アルケイデスはシルバに先を促した。
「ロザリーお姉ちゃんから続報です」
「え?」
シルバがマジフォンを見るように指したため、アルケイデスはそれに従ってマジフォンの画面に目を向けた。
そこには割災で亡命希望だった第一王女が死亡したことが記されていた。
第一王女が亡命させてほしいと頼んだ帝国最西端のゼパルスで割災が発生し、異界に繋がる空間の罅から現れた黒い一角獣の角に貫かれて死んだそうだ。
現在、ゼパルスはパニックに陥っており、アーブラからゼパルスに応援を送っているとのことだった。
「これ、帝国に非がないって王国はわかってくれないですよね?」
「わかってくれないだろうな。どうしたものか」
亡命希望の第一王女が亡命希望先で死んだとなれば、サタンティヌス王国が騒ぎ立てるのは間違いない。
シルバとアルケイデスが今後の対応について頭を悩ませていると、ロザリーがその回答を掲示板経由で回答した。
「ロザリーお姉ちゃんから暗号ですね。第一王女はゼパルスに来なかったことにする訳ですか」
「第一王女の付き人や護衛も死んだから、ゼパルスに第一王女が来た証拠を隠滅して知らぬ存ぜぬを通すか。謀略という点で姉貴には敵わないな」
「そうですね。ロザリーお姉ちゃんは黒いことを考えさせたらアリエルと同じぐらい実力を発揮しますから」
「シルバ、婚約者のことをそんな風に言って大丈夫なのか?」
アルケイデスはシルバがサラッとアリエルを腹黒であると言ってのけたことに苦笑しながら訊ねた。
「大丈夫ですよ。アリエルもわかってて腹黒く振舞ってますから。アリエルに危機が迫ってたら、俺がどうにかしますし」
「お前達がそれで良いなら俺は良いんだが、やり過ぎには気を付けるんだぞ」
「俺は気を付けますがアリエルは厳しいと思います。アリエルは敵を叩ける時に叩き潰すタイプですから」
「・・・どうして姉も義理の妹も過激で腹黒いんだ。癒しが足りない」
切実に癒しが足りないと口にするアルケイデスに対し、シルバの肩に乗っていたレイがアルケイデスの肩に飛び移った。
『ご主人のお兄ちゃん、元気出して』
「ありがとう。レイが癒しだった」
「そうでしょう? レイは純粋で良い子ですから癒されます」
シルバとアルケイデスの間でレイは癒しという認識が一致した瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます