第27章 拳聖、もう一人の召喚者と出会う
第281話 挨拶も名乗りもしねえのが礼儀か? ああ゛ん?
シルバとレイがアンフィスバエナを倒してから1か月後、アルケス共和国の国会議事堂の地下には魔法陣が描かれており、それを囲うように20人の軍人が配置されていた。
「これで国家間のパワーバランスが変わらねば、アルケス共和国に未来はあるまい」
「安心なされ、マリク議長。トスハリ教国の二の舞にはならんよ。儂が今日のためにどれだけ準備しておったか知らぬ訳ではなかろう」
「バルガス老、貴方がどれだけこの英雄召喚陣に賭けて来たか、私だってよくわかってる。だが、拳聖と騎竜レイ、殲滅の第一公妃をどうにかできる傑物を呼べなければこの国は永久に他国に飼い殺されるしかなくなる。いくら準備したとて安心はできぬよ」
魔法陣を見下ろす位置には、アルケス共和国の議長マリクと永遠の副議長と国内では有名な老獪バルガスがいた。
現在彼等が準備を進めているのは英雄召喚の儀式だ。
マリアが地球の日本からどうして転移したのか、今までエリュシカの民は誰一人とて触れて来なかった。
それは当然のことで、異界の存在は証明できていても、マリアが自分は異世界から来たと発言したことは一度もなく、彼女は自分の故郷について一切詮索させなかった。
だからこそ、マリアはエリュシカのどこか秘境からディオニシウス帝国に仕官しに来た若者と思われるだけだった。
その真実は、トスハリ教国が世界に自分達の信じる宗教を広めるべく覇権を握ろうとして、その手段が英雄召喚だったという訳だ。
ただし、英雄召喚は魔法陣に不備があって召喚事故が生じ、本来ならば魔法陣の中心に現れるはずだったマリアはディオニシウス帝国のニュクスの森に飛ばされた。
トスハリ教国は事故でどこかに飛んでしまったマリアを探そうとしたのだが、その消息を掴んだ時には彼女がディオニシウス帝国で拳者と二つ名を名乗る程になっていた。
このタイミングでマリアの所有権はこちらにあるとトスハリ教国も言えなかった。
何故なら、もしもそんな主張をしてしまえば、どうして英雄召喚をしなければならなかったのかという質問は必ず出て来るし、それに対してちゃんとした回答を用意できないからだ。
トスハリ教国が教皇の死により殉教昇天陣を起動させたけれど、これはあの国の秘密もきれいさっぱり消すには都合の良いものという見方もある。
バルガスは若かりし頃からトスハリ教国に自分の密偵を大量に忍ばせていたから、英雄召喚陣の情報も突き止めており、その書き方も把握している。
英雄召喚陣による事故についても調べがついていたため、どこをどのように修正すれば英雄召喚陣が正しく作動するかしっかり対策済みである。
ここまで用意したのなら、魔法系スキルを使えるMP量の多い軍人が集まって英雄召喚陣にMPを注ぐだけなので、バルガスは自信満々なのだ。
「儂の準備は万全じゃ。後はマリク議長の号令によって英雄を召喚するのみじゃ」
「わかった。ここまで来たのならビクビクしても仕方ない。諸君、英雄召喚の儀式を始めてくれ」
マリクの号令を受け、20人の軍人達が英雄召喚の儀式を始める。
「囲め囲め、我等が救世主を! 来たれ来たれ、我等が英雄よ!
英雄召喚陣が光に包まれ、それを囲む軍人達は体からMPがほとんど空になるまで吸われてしまったので膝から崩れ落ちる。
吸収されたMPが英雄召喚陣に消費され、光の中で人型のシルエットが現れた。
特に武器を持っておらず、道着らしき服を着たそれは戦いに身を置いているだろうことしかわからなかった。
光が消えた英雄召喚陣の中心には、赤く染まった道着を着た偉丈夫の姿があった。
「んあ? なんだぁ?」
偉丈夫はスキンヘッドで目つきが悪く、どこからどう見てもカタギには見えない。
そんな偉丈夫もいきなり見慣れない場所で集団昏倒事件の中心に召喚され、自分を見下ろすような位置に外国人らしき中年男性と老人がいれば警戒するのも当然だ。
マリクは偉丈夫の言葉が聞き取れていた。
これは英雄召喚陣によって呼び出された人物が、自動的にこの世界の言葉を話せるようになっているからである。
それゆえ、マリクは召喚された偉丈夫に話しかける。
「英雄よ、よく私達の召喚に応じてくれた」
「英雄だぁ? そんなもん知らねえぞ? ん? いや、英雄と言えば英雄かぁ」
偉丈夫は自分が英雄ではないと言ったが、英雄の定義を考えて自分も英雄に当てはまると思ったから言い直した。
マリクの立場からすれば、英雄が自らを英雄だと思ってくれていると都合が良いので更に会話を試みる。
「自己紹介が遅れて申し訳ない。私はアルケス共和国の議長、マリク=アーペプだ。君の名はなんだい?」
「俺の名は
「そうか。私のことはマリクと呼んでくれて構わない。私も君をオロチと呼ばせてもらおう」
マリクが自己紹介をしたのに対し、その隣のバルガスが何も言わなかったから、オロチは不快感を前面に出してバルガスに殺気を飛ばす。
「挨拶も名乗りもしねえのが礼儀か? ああ゛ん?」
「ひっ・・・」
バルガスは全身を針で刺されるような殺気を受け、体のコントロールができなくなって失禁してしまった。
これには隣に立っていたマリクも眉間に皺を寄せた。
オロチに対して不満があった訳ではない。
それはオロチの言い分が正しいと思ったからだ。
マリクが不満に思ったのはバルガスの態度についてである。
礼を失する態度をした挙句、なんとか味方にしたいオロチの前で失禁するという駄目っぷりに不満を抱かずにはいられないのは当然だろう。
だが、困ったことにバルガスの護衛がオロチの行動を敵対行為と捉え、オロチの前に飛び出した。
その護衛の数は3人であり、もう1人いたのだがバルガスを連れて撤退している。
「何をしてる! 止さぬか!」
マリクはオロチと敵対することを望んでいないので、バルガスの護衛達に戦意を抑えて戻って来いと言った。
しかし、バルガスの護衛にとってバルガスを傷つけた者に何もせず撤退するのは許せないことらしく、マリクが指揮系統に入っていないこともあってマリクの命令を無視した。
「おいおいおいおーい? なんだこいつ等? 殺っちゃって良いのかぁ?」
「オロチ、申し訳ない! そいつ等を殺さずに倒してほしい! 私の言うことを聞かないんだ!」
「勿論断るぜぇ。知らねえ国で最初の犠牲者はお前等だぁ。キルスコアを伸ばす機会はお預けにできねえのよ」
「はぁ・・・」
マリクはオロチも言葉が通じるようで通じない人種だと知り、額に手をやった。
英雄召喚陣で呼ばれたオロチならば、バルガスの護衛が3人いようと大した敵にはなり得ない。
巨象と蟻の戦いになると予測したからこそ、手心を加えてほしいとマリクはオロチに頼んだ。
オロチからしてみれば、自分に殺意を向けて来る者は全て敵だ。
手加減する理由がないので、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。
「かかって来いやぁ」
オロチは人差し指をクイクイと動かし、バルガスの護衛達を挑発する。
ここまで虚仮にされて黙っている訳にはいかないから、バルガスの護衛達は前衛2人と後衛1人の陣形になってから攻撃を始める。
「槍と斧かぁ。良いぜぇ。ちっとは楽しませてくれよなぁ」
「楽しませなどせん!」
「喰らえ!」
槍を持った護衛は刺突を放ち、斧を持った護衛は横薙ぎによって斬撃を放った。
「不二流を見せてやろう」
足運びだけで残像を生み出しつつ、刺突も斬撃も交わしながらオロチは前衛2人に接近する。
「伸腕拳」
そう口にしたオロチの腕は槍を持った前衛の顔面に吸い込まれるようにヒットし、そのまま後方に吹き飛ばして壁に激突した。
槍を持った前衛は確かに間合いを見切って紙一重で避けたはずだったのに、目測を誤ってオロチに顔面を殴られてしまった。
斧を持った前衛も伸腕拳を警戒していたにもかかわらず、こちらも目測を見誤って壁まで伸腕拳で吹き飛ばされた。
「こ、こっちに来るな!」
後衛の護衛は矢を連射するのだが、それらを全てキャッチしたオロチが投げ返して自分の矢が突き刺さって死んだ。
「召喚ってこたぁここは異世界だろう? 適当に遊ばせてもらうぜぇ」
オロチは護衛が落とした槍を拾った後、マリクの目で追えない速さでその場から逃走した。
この後、マリクが慌てて国内にいるはずのオロチの捜索を命令するが、オロチのことを見つけた軍人はいなかった。
これにより、アルケス共和国の英雄召喚は危険人物を世に解き放つというかなり悪い結果に終わった。
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