第280話 ドラゴンなのに手の平返しが速いのはどうなんだ?

 闇耳長族ダークエルフと入れ替わりに現れたドラゴンは、身体の両端に頭が付いており、全体的に群青色の鱗に覆われていた。


「アンフィスバエナじゃないの。おめでとう。遂にレインボー級モンスターよ」


「おめでとうじゃなくね? もしもここに現れてなかったら、大惨事間違いなしだぞ」


「そればっかりはどうしようもないわね。でも、レイちゃんが虹魔石を取り込むチャンスが向こうから来たんだから、逃がしちゃ駄目でしょ」


『やろうよご主人! レイも頑張るよ!』


 レイは虹魔石を得られるチャンスと知り、すっかりやる気になっている。


 シルバも元々逃げたいと思っていた訳ではなかったので、マジフォンのモンスター図鑑機能で調べ始める。



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名前:なし 種族:アンフィスバエナ

性別:雌  ランク:レインボー

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HP:S

MP:S

STR:S

VIT:S

DEX:S

AGI:S

INT:S

LUK:S

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スキル:<属性吐息エレメントブレス><火魔法ファイアマジック><闇魔法ダークマジック

    <二重詠唱デュアルキャスト><竜威圧ドラゴンプレッシャー

    <念話テレパシー><全半減ディバインオール

状態:不快

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 (2つの頭で同時に魔法を使えるのか。面倒だな)


 アンフィスバエナが<二重詠唱デュアルキャスト>会得していることにより、一方の頭が魔法系スキルを使っている時にもう一方の頭も魔法系スキルを使える。


 その情報がアンフィスバエナを厄介な存在だとシルバに確信させた。


『羽虫共にしてやられたことが不愉快だえ』


『そうだえ。羽虫共が妾達の進む道に穴を開いたのが悪いんだえ』


 アンフィスバエナの2つの頭は別々に意思があり、羽虫共と呼んだ者達にしてやられてエリュシカに来たらしいことがシルバ達にも伝わった。


 マリアは自分の仮説が正しいか知りたかったため、アンフィスバエナに話しかける。


「ねえ、貴女達をこっちに送り込んだのって闇耳長族ダークエルフじゃなかった?」


『羽虫共の種族名なんて知らないえ』


『そうだえ。妾達よりも小さい者達なんて、姿が違えど等しく羽虫と呼ぶだけだえ』


 アンフィスバエナは自分よりも小さな存在を馬鹿にする傾向があるらしい。


 しかし、それはマリアを相手にするには悪手としか言いようがない。


 マリアは殺気を凝縮してアンフィスバエナに向ける。


 その殺気を一身に受け、アンフィスバエナはビシッと姿勢を正して固まった。


 どうやら今になってマリアが自分を容易く殺せる存在だと気づいたらしい。


「お前等をこっちの世界に誘導したのは褐色肌で長耳の二足歩行の生物の集団で間違いないわね?」


『間違いありません!』


『あの羽虫共は怪しげな儀式で空間に穴を開けておりました! 妾達はうっかり嵌められただけであります!』


 マリアがアンフィスバエナの呼び方のグレードを下げれば、アンフィスバエナは軍の上官に向けて行う報告のようにはきはきと答えた。


 (ドラゴンなのに手の平返しが速いのはどうなんだ?)


 シルバはアンフィスバエナの態度の変わり方に表情を引き攣らせた。


 マリアがマジフォンの動画機能で必要な情報を録画しながらヒアリングし、その間に異界と繋がる穴は閉じてしまっていたから、アンフィスバエナはエリュシカに置き去りにされたことになる。


 聞き出すべき情報はもうなくなったので、マリアはアンフィスバエナに悪魔の提案をする。


「お前達に生き残れる唯一の提案をしてあげるわ。私の弟子とその従魔と戦いなさい。勝てば私の指定する国に逃がしてあげるけど、負ければそれまでよ」


『おい羽・・・、小僧と小娘! 妾達が相手をしてやるえ!』


『そうだえ! ありがたく思うえ!』


 残された道はシルバ&レイと戦うことだけだったため、アンフィスバエナは戦う覚悟を決めた。


「じゃあ、戦おうか。レイ、右側の頭を頼む。俺は左側だ」


『わかった』


 シルバはレイの背中に乗って戦うのではなく、レイと別々にアンフィスバエナの頭と戦うことにした。


 その方がアンフィスバエナに<二重詠唱デュアルキャスト>で連係するのを阻止できると考えてのことだ。


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュを既に装備しているから、シルバは万全の態勢でアンフィスバエナの左の頭に駆け寄る。


『容易く近寄れると思わないことだえ!』


 アンフィスバエナの両方の頭が<属性吐息エレメントブレス>で火のブレスを吐き出した。


「伍式火の型:合炎」


 火のブレスはシルバが両手の親指と人差し指で形成した三角形に吸収され、それがシルバをパワーアップさせる。


 その一方、レイは自分に向かって放たれたブレスを反射領域リフレクトフィールドで跳ね返した。


 結果として、シルバもレイも無傷であり、シルバはパワーアップしてアンフィスバエナがダメージを負った。


 今度はこちらの番だとシルバがマリアの足運びを真似し、一瞬でアンフィスバエナの左の頭との距離を詰める。


 これは<音速移動ソニックムーブ>というスキルであり、文字通り音速で移動する効果がある。


 気づいた時には目の前にいるのだから、アンフィスバエナの左の頭の反応が遅れるのは当然だ。


 無防備な状態をシルバに晒すことになる。


「陸式火の型:一輝火征」


 シルバはアンフィスバエナの左の頭から少し下の首に向かって白い炎の槍を放った。


 この部位はドラゴンにとっての弱点で逆鱗と呼ばれる。


 逆鱗を攻撃すれば、頑丈なドラゴンでも泣く程痛がるとマリアから聞いたことがあったので、シルバはその部位を容赦なく攻撃した訳だ。


 しかも、熱尖拳タルウィの効果で火傷の追撃まであるものだから、その痛みの度合いは激痛どころでは済まされない。


「ぎぃああああああああああ!」


 アンフィスバエナの左の頭が吠え、闇弾乱射ダークガトリングで無差別攻撃を行う。


 それに連動するように右の頭も闇弾乱射ダークガトリングを発動している。


 この事実から頭は2つあるけれど、痛覚は共有しているらしいことがわかった。


 闇弾乱射ダークガトリングは放置栽培陣も攻撃したけれど、それはマリアが守ってくれているのでシルバとレイは気にしなくても良かった。


 自分の攻撃が当たらず、シルバとレイの攻撃だけが当たることに苛立ち、アンフィスバエナが戦闘スタイルを変更する。


 驚くべきことに、逆鱗を貫かれた方の頭を尻尾扱いし、それを鞭のように振るい始めたのだ。


『おんどりゃぁぁぁぁぁ!』


「肆式雷の型:雷塵求!」


 アンフィスバエナの膂力から繰り出される薙ぎ払いならば、シルバも全力で対応しなければ吹き飛ばされてしまう。


 それゆえ、シルバは息が切れるまで鞭のように振るわれたアンフィスバエナの左の頭を殴り続けた。


 雷を纏ったラッシュに火傷と乾燥の追撃まで加われば、アンフィスバエナの左の頭はボロボロの干物のようになり、その目から光は既に消えていた。


「ぎぃああああああああああ!」


 悲痛な叫び声を上げる右の頭に対し、ノーマークになっていたレイが攻撃を仕掛ける。


『レイのことを忘れちゃ駄目だよ!』


 レイは右の頭に向けて<属性吐息エレメントブレス>で光のブレスを放った。


 シルバをどうにかせねばという考えで頭がいっぱいになっていたせいで、レイからも攻撃されることを忘れていたのはいただけない。


 光のブレスで大ダメージを受けて動きが鈍っているところに、レイはすかさず追撃する。


『凍っちゃえ!』


 レイが天墜碧風ダウンバーストを発動すれば、アンフィスバエナは冷たい気流によって地面に抑え付けられる。


 それに加え、その冷たさによって体がどんどん凍えていき、左半身は火傷と乾燥による痛みに悩まされ、右半身は凍傷に悩まされるという滅多にない状況がアンフィスバエナを苦しめた。


『お、の、れぇ・・・』


 最後まで戦う意思を見せるアンフィスバエナに対し、シルバは敬意を表す。


「せめてこれ以上苦しまぬように一撃で仕留めよう。壱式雷の型:紫電拳」


 アンフィスバエナの逆鱗をシルバの左ストレートが貫けば、アンフィスバエナは許容範囲を超えたダメージによって力尽きた。


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュにお礼を言って送還すると、シルバはレイの頭を撫でる。


「レイ、お疲れ様。レインボー級モンスターを倒せたな」


『エヘヘ♪ ご主人もお疲れ様だね』


 レイはアンフィスバエナを倒した達成感からシルバにいっぱい甘えた。


 その後、シルバはアンフィスバエナをてきぱきと解体してから虹魔石をレイに与える。


『ご主人、祈祷プライを会得したよ! 発動してる間は動けないけど、動かないでいる間はMPが回復するの!』


「すごいじゃないか。よしよし」


 レイは物理攻撃をほとんど行わず、MPを使う攻撃ばかり会得しているから、MPの回復手段があるのはありがたい話だ。


 戦闘からレイのパワーアップまで終わったところで、一部始終を見守っていたマリアが近寄り、シルバとレイの頭を撫でる。


「よくやったわね。シルバもレイもその歳でレインボー級モンスターを倒すだなんて立派だわ。早く帰ってアリエルとエイルにも自慢しましょう」


 弟子達の成長が嬉しくない師匠はいないので、マリアもシルバとレイがアンフィスバエナを無事に倒せたことを喜んでいた。


 この後シルバ達がムラマサ城に戻り、今日の成果を発表することでアリエルとエイルが絶句したのはまた別の話である。

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