第282話 マリアのような賢い師匠は嫌いだよ

 3日後、シルバはロザリー経由でアルケス共和国の異変について知った。


 ロザリーの密偵はアルケス共和国にも潜んでおり、この国で指名手配されたオロチ=フジの話は指名手配されてすぐに共有された。


 それは旧トスハリ教国領のモンスターファームに彼が逃げ込む可能性を考慮してのことだ。


 壁で国境が遮られているとはいえ、アルケス共和国で指名手配される人物ならば、なんとしてでも国境を越えようとするのではと思ってのことだ。


 ちなみに、通常の指名手配だと生死不問デッドオアアライブなのだが、オロチの場合は生け捕り限定での指名手配だった。


 この時点で重罪人ではなく、アルケス共和国における重要人物ということがわかるから、ロザリーもこっそりと密偵にオロチを捜索させている。


 シルバが掲示板のチャットでオロチの話を見ていると、背後にマリアがやって来て抱き着きながらマジフォンを覗き込む。


「シルバ、何見てるの?」


「アルケス共和国で指名手配された奴の話だ。ロザリーお姉ちゃんから回って来たんでね」


「ふーん。名前と特徴は?」


「名前はオロチ=フジ。スキンヘッドの偉丈夫で、赤い道着を着てるんだとさ。徒手空拳がメインらしいけど、武器は基本的になんでも使ってるらしい。追手との戦いでは身近な物を武器にして戦ってるってよ」


 シルバからオロチに関する説明を受け、マリアはシルバに抱き着いたまま考え込んでしまった。


 何か心当たりがあるのかもしれないと思い、マリアの中で考えが整理されるまでシルバは黙っていることにした。


 それから数分後、マリアはシルバから離れた。


「考えはまとまった?」


「ええ。この男、私と出身地が同じかもしれない」


「マリアと同じ?」


「そうよ。私の【村雨流格闘術】の源流にあたる村雨流と並ぶ不二流って流派があるの。オロチ=フジはその使い手だと思うわ」


 シルバがマリアの方を振り返れば、彼女はとても真剣な表情になっていた。


 マリアがそんな表情になることなんて滅多にないものだから、シルバは不二流に興味が湧いた。


「不二流ってどんなスタイル?」


「シルバには【村雨流格闘術】があるでしょ? 浮気は駄目よ」


「えぇ・・・」


 声のボリュームは普通だが、マリアの目から教えないという意思が固いことは見て取れる。


 シルバは守破離が大切だと言ったマリアが不二流を教えないのはどうなのかと思ったが、ひとまずこれ以上訊くのは止めた。


「シルバ、この後暇よね? 模擬戦やるわよ」


「いきなりだな」


「奥さんのお願いにノータイムでOKする甲斐性を見せなさい」


「はいはい」


「はいは1回」


「はい」


 1ヶ月前に第三公妃になったマリアだが、アリエルやエイルと同じように二つ名が付いた。


 その二つ名とは賢才の第三皇妃である。


 知識面ではアリエルやエイルを突き放すことから、賢才の二文字が付けられた。


 もっとも、マリアは賢才の前に拳者なのだが、マリアの正体は一部の者にしか知られていないので、拳者の二つ名は使えないのだ。


 とりあえず、シルバはマリアのリクエストで模擬戦を行うべく闘技場に向かう。


 アリエルとエイル、レイ達も模擬戦を見たいと言うので一緒に移動した。


 闘技場では雑談をすることなく、すぐに模擬戦を始める。


「いつも通り先手は譲るわ。どこからでもかかって来なさい」


 マリアは指をクイクイと動かしてシルバを挑発した。


「壱式光の型;光線拳」


 シルバは<音速移動ソニックムーブ>を事前に使うことで至近距離まで接近し、技の発動から命中までが速い壱式光の型;光線拳を発動した。


「參式水の型:流水掌」


 マリアはシルバの攻撃が予想よりも速かったため、同じ技をぶつけて相殺するのではなく受け流した。


「どうしたマリア? いつもと対処が違うじゃん」


「生意気言うんじゃないわよ。ちょっと弟子の成長に驚いて反応が遅れただけなんだからねっ」


 マリアのコメントを聞いて熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが反応する。


『真似っこなのよっ。アタシのアイデンティティが侵略されてるのよっ』


『タルウィ、キャラ、負けてる。シルバ、師匠、強い』


『やられっぱなしは主義じゃないんだからねっ。シルバ、アタシ達を使いなさいっ』


『出番、期待?』


 (まだだ。俺だってお前達の力を借りずにどこまでやれるか知りたいんだ)


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュは自分達を装備しろとシルバに訴えるが、シルバはまだ自分だけで戦うとそれを断った。


 マリアに自分の【村雨流格闘術】をより強い形に昇華させろと言われ、シルバはシルバなりに1ヶ月間どうすれば新技ができるか考えて試して来た。


 それを実践で披露するのだから、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュを使うのはそれが終わってからだろう。


「弐式雷の型:雷剃・まい


 シルバは両手に雷を付与した後、舞いながら両手で交互に3回ずつ雷の斬撃を放った。


 単発だった弐式雷の型:雷剃は舞う動作が不要なので使い勝手が良かったけれど、避けられた後に追撃ができないと避けた敵の隙を突けない。


 そこで両手を使って6連続で斬撃を放つ弐式雷の型:雷剃・舞を編み出した訳だ。


 これにはマリアも目を丸くしたが、すぐに立ち直って対応してみせる。


「伍式:雷の型:雷呑大矛」


「うわっ、全部吸収しやがった」


「シルバの発想に感心して反応が遅れちゃったけど、それでも全部吸収するぐらいは余裕よ」


 自分とマリアとの間に広がる差を突き付けられ、シルバは溜息をついた。


「やれやれ、そこはおとなしく喰らっといてくれよ」


「お こ と わ り。陸式雷の型:鳴神」


「伍式:雷の型:雷呑大矛! うわっ!?」


 マリアの攻撃を吸収していたシルバだが、その攻撃の威力が強かったせいで吸収しきれずに後ろに吹き飛ばされた。


 自分の編み出した技を全て吸収して上乗せされたため、シルバが一度に吸収できる限界を超えてしまったのである。


 ダメージを受けたシルバは次なる新技を試す。


「肆式光の型:過癒壊戒・たん


 マリアはシルバが自分の体に光付与ライトエンチャントを施した状態で素早くツボ押しして傷を癒したため、隙を突いて攻撃することを忘れてじっくりと観察していた。


「面白い発想ね。過剰に治して壊す技を治した余剰分で強化する技にするなんて」


「今から3分以内にマリアに一撃を決める」


「へぇ、それはまた大きく出たわね。いや、3のね。しかも、3分過ぎたら弱体化すると見たわ」


 あっさりと新しい技の弱点を見抜かれてシルバはむくれる。


「マリアのような賢い師匠は嫌いだよ」


「えっ、嘘よね?」


 自分に嫌いと言われてショックを受けるマリアに対し、シルバは早速攻撃を仕掛ける。


「壱式火の型:蒼炎拳」


「參式火の型:忌炎」


 シルバの身体能力が想像以上に上がっており、マリアは伍式火の型:合炎でシルバの攻撃を吸収する余裕がないと判断して受け流すことにしたようだ。


「肆式雷の型:雷塵求」


「肆式火の型:祭花火」


 (嘘だろ? もう俺の速度に慣れたのか)


 マリアが自分の攻撃に合わせて攻撃を繰り出して来るものだから、シルバは流石マリアだと心の中で感心した。


 それと同時に、制限時間のあるドーピングをもってしてもマリアに一撃入れられないのはキツいとも思った。


 残り時間もあと僅かであることから、シルバは次の攻撃に賭けることにした。


 身体能力が上がった状態で<音速移動ソニックムーブ>を使えば、マリアの感覚を上回った状態で懐に潜り込める。


 マリアもこれには余裕を持って対処することはできないと思ったため、せめてもの手加減に派生の型を使わずに対応する。


「壱式:拳砲!」


「參式光の型:仏光陣・しょう


 その瞬間、シルバの体を守るように光の仏像の掌が現れ、マリアの攻撃を反射して吹き飛ばした。


 肆式光の型:過癒壊戒・丹の制限時間が0になり、シルバは立っているのがやっとだった。


 しかし、シルバの攻防一体の技が決まり、マリアが吹き飛ばされたのは事実だ。


 ダメージは大して負わなかったけれど、精神攻撃で隙を作ってデコピンを決めた時とは違って正々堂々と一撃を決めたのだから、マリアは拍手しながらシルバに近づいた。


「おめでとう、シルバ。よくやったわね。ここ最近全然模擬戦に付き合ってくれなかったけど、3つも新しい技を編み出すなんて流石私の弟子だわ」


「そう言ってもらえると嬉しいね。頑張った甲斐があったよ」


「これぐらいの実力があれば、オロチ=フジがどんな奴でも十分戦えるはず。でも、油断するんじゃないわよ」


「やっぱりそういう意図があっての模擬戦だったか」


「強い敵と遭遇するかもしれないんだから、シルバを鈍らせないようにするのは師匠として当然よ」


 シルバとマリアが話していると、模擬戦は終わったと判断してレイが飛んで来て、回復ヒールでシルバのことを治療した。


 エイルもシルバを治療したかったようだが、レイに移動速度では勝てないのだから仕方あるまい。


 なんにせよ、シルバはマリアのおかげで強者と戦う感覚を鈍らせずに済んだので良しとしよう。

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