第267話 よっ、久し振りだな。みんな俺に会えて嬉しいだろ?

 5日後、ムラマサ城にディオニシウス帝国の馬車が到着した。


 シルバとアリエル、エイルへの謁見を希望したのはマチルダとヴァネッサであり、応接室で待機していた。


 その護衛としてロウとジェットが立ったまま待機しており、そこにシルバ達がやって来た。


 マチルダとヴァネッサは立ち上がって深く頭を下げたが、ロウは軽い感じで挨拶した。


「よっ、久し振りだな。みんな俺に会えて嬉しいだろ?」


「シルバ君、立場を弁えてない虫は不敬罪でも良いよね?」


「ちょっ、待ってくれよアリエル!?」


「敬意が足りないから、僕的には首を刎ねても一向に構わない」


「そんなぁ・・・」


 ロウは久し振りにワイバーン特殊小隊のメンバーが揃って嬉しくなったせいで、非公式な場とはいえ挨拶が軽かった。


 いや、軽いどころか軽過ぎると言えよう。


 そんなロウに対し、アリエルが厳しく対応するのはお約束である。


 流石にこの程度でロウを不敬罪にして首を刎ねるつもりはないから、シルバが苦笑しながらロウに注意する。


「ロウ先輩、そろそろ学習しましょうよ。そんなことしてたら、エイル経由でクレアさんに今のやり取りが伝わるに決まってるじゃないですか」


「エイル、話せばわかる! そうだよな?」


「ロウ、もう遅いです。クレアに送っちゃいました」


「終わった」


 アリエルに虫扱いされて冷たくあしらわれることよりも、帰った後にクレアから何をされるかわからない状況の方がロウにとっては恐怖だ。


 ロウが終わったと告げた次の瞬間、彼のマジフォンにクレアから掲示板経由で帰ったら覚悟しなさいとチャットが来た。


「いやぁ、惜しい先輩を失ったね」


「俺が死ぬ前提で話さないで。それと、満面の笑みで言うセリフじゃないぜ?」


「さて、そろそろ本題に入りましょうか。マチルダさんとヴァネッサさんがお待ちかねのようですし」


 アリエルの言い分はもっともだったので、ロウは黙る以外に選択できなかった。


 マチルダがヴァネッサと目を合わせ、頷いてから口を開く。


「貴重なお時間をいただきありがとうございます。本日お邪魔しましたのは、シティバリアと割災予報機の件です」


「アルケイデス兄さんからちゃんと聞いてますよ。どちらも設計図を身内価格で譲る約束になってます」


「ありがとうございます」


 シルバが身内価格でシティバリアと割災予報機の設計図を売ると言ってくれたため、マチルダはホッとした。


 これでもしもシルバ達が急に値上げをしたり、売るのを渋り出したらどうしようかと思っていたからである。


 シルバ達はそういった意地悪をするような性格ではないが、シティバリアも割災予報機もムラサメ公国が発明した魔法道具マジックアイテムだ。


 国の機密にしてもおかしくないものだから、最初から交渉し直す展開にならなくて安心するのは当然だろう。


 実際のところ、この場にいないマリアが数日前から割災予報機をマジフォンに組み込む研究をしており、もう少しでその研究が完成する見込みなのだ。


 それゆえ、プロトタイプの割災予報機の設計図を売ったとしても、ムラサメ公国に割災予報機についてはアドバンテージがある。


 シティバリアについては、現時点において改良できそうな取っ掛かりがないからアドバンテージを保つことはできない。


 しかし、シティバリアをシルバ達自ら設置しに行く訳にはいかないため、こちらは設計図を渡すので自前で組み立ててくれと対応を丸投げしたのだ。


 ムラサメ公国は旧サタンティヌス王国がやらかした負の遺産が多く、まとまったお金が必要なこともあり、シティバリアの設計図を売って大金が転がり込んでくるなら悪くない取引と言えよう。


 早速、シルバは代金を受け取ってシティバリアの方から設計図をマチルダに渡す。


「こ、これがシティバリアですか。ある程度予想はしてましたが、街全体を魔法道具マジックアイテムにするのは大変そうですね」


「幸いなことにこの国は7つしか街がないですし、帝国と比べて街のサイズも小さいですから設置する時間はそこまでかかりませんでした。マチルダさんが陣頭指揮を執るんですかね? 頑張って下さい」


「大変でもやるしかありません。シティバリアの設置が済めば、街中の安全が確保できるんですから」


 シティバリアには街の外にいるモンスターの侵入を防ぐ機能があるが、懸念事項もあるのでシルバはそれを伝える。


「注意しておきますと、シティバリアが割災まで防げるかは未知数です。今はまだ設置後に街中に割災で異界に繋がる穴は開いていませんが、開かないと断言できるものでもありません。あまり過信しないようにしないと足元を掬われますよ」


「忠告痛み入ります。では、割災予報機の設計図も見せていただけますか?」


「わかりました。こちらをどうぞ」


 シティバリアの設計図確認は終わったため、シルバは割災予報機の設計図をマチルダに渡す。


 マチルダはシティバリアの設計図をヴァネッサに預けた後、シルバから割災予報機の設計図を受け取った。


 設計図をじっくりと読んでマチルダは衝撃を受けた。


「1時間も前から割災の位置がわかるなんて常識が変わりますね」


「これのおかげで国民を死なせずに済んでます。完成してから今日までの間に3ヶ所で割災が起こりましたが、いずれも軽微な被害で済みました」


「それは素晴らしいですね。ちなみに、その3ヶ所での割災はどのようなモンスターが現れたのでしょう?」


 割災予報機が割災を教えてくれるのはありがたいが、警報にて知らされた場所にどんなモンスターが出て来たのかも重要な要素だ。


 だからこそ、マチルダはムラサメ公国の割災でどんなモンスターが現れたのか気にしている。


 シルバが順番に割災で出現したモンスターを説明すると、マチルダの顔が引き攣った。


「最低でもサイクロプスってどういうことですか? ブラック級モンスターが最低レベルだなんてレッド級以下のモンスター達は何処へ行ったのでしょう?」


「こちらに言われても困ります。ただ、異界からエリュシカに来るモンスターは日に日に強くなってますから、軍の増強は必要でしょうね」


 シルバはマチルダに言いつつ、ムラサメ公国こそなんとかしなければこの先大変だと心の中で苦笑した。


 ゴールド級モンスターは無理だとしても、各騎士団がシルバー級モンスターを倒せないとシルバ達がいつになっても戦場に出なければならない。


 そうならないようにするためにも、今は公国軍の武装開発部門がこれまでに倒したシルバー級以上のモンスター素材を使って武装を作っている。


 これまでの武器が通らなくて戦えなかった側面もあったので、上手くいけば格騎士団はシルバー級モンスターを危なげなく倒せるようになるかもしれない。


 ムラサメ公国の未来は決して悲観すべきものではないのだ。


「間違いありませんね。シルバー級モンスターばかり出て来るのは困りますが、銀魔石がたくさん手に入るのならば従魔達を強化できると前向きに捉えるべきなのでしょうね」


「ロウ先輩、ジェットは銀魔石を欲しがりますか?」


 マチルダの言葉を受け、シルバは思い出したようにロウに訊ねた。


「最近じゃジェットは銀魔石を欲しがるぞ。レイやマリナが進化したって聞いてから、ジェットも進化したいって気持ちが強くなったみたいだ」


「キィ」


 ジェットはロウの言う通りだと鳴きながら頷いた。


「銀魔石を食べるようになってどれぐらいですか?」


「そうだなぁ、30個ぐらいは食べさせたと思う」


「キィ」


「リトはその倍食べさせてますよ」


「なんだって!?」


 アリエルが勝ち誇るドヤ顔を披露したので、ロウは悔しさを滲ませながら驚いた。


 リトがアリエルの従魔になった時期は、ジェットがロウの従魔になったのよりも遅い。


 それにもかかわらず、リトの方が強化は進んでいると知ればロウが悔しがるのは当然だ。


 シルバはロウがアリエルの玩具にされるのはかわいそうだと思い、別の話を振ることにした。


「ロウ先輩、キマイラ中隊の皆さんは従魔を手に入れましたか?」


「ん? あぁ、兄貴はこの前鳥型モンスターの卵を手に入れたって聞いたな。まだ孵してる最中らしいから、孵ってテイムできたら連絡するわ。他のメンバーはまだだって聞いてる」


「そうでしたか。てっきり、従魔を増やす路線になるかと思ったのですが」


「有象無象に興味はないみたいだぞ。これもシルバ達の影響だな」


 シルバとアリエル、エイルはいずれも珍しいモンスターの卵を手に入れた。


 ロウも珍しい卵を手に入れて孵化させたから、それを知っているキマイラ中隊のメンバーが珍しいモンスターの卵を欲しがるのも無理もない。


 この後、時間は夕食に丁度良い頃合いになったため、ロウ達はシルバ達と晩餐を楽しんだ。


 明日には馬車でディオニシウス帝国に帰るので、今日は広いベッドで眠れるとロウ達が喜んだのは別の話である。

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