第25章 拳聖、割災対策を進める

第261話 相手にとって不足なしなんだからねっ

 1週間後、シルバ達はムラサメ公国の主要な街全てにシティバリアを設置し終え、経過を見守っていた。


 どの街も北西と北東、南西、南東5kmの地点にモンスターが溜まるようになり、配備されていた各騎士団が順番に討伐を行った。


 ブラック級モンスターならどうにか倒せるが、シルバー級モンスター以上となると手に余るので、各騎士団長はシルバー級モンスターを見つけるとシルバ達に救援を要請した。


 ゆくゆくは自力で倒せるようになってほしいものだけれど、現時点で倒す実力がないのに無理をさせる訳にもいかない。


 したがって、シルバ達は各騎士団長の要請に応じて順番にシルバー級モンスターを倒していった。


「シルバ、魔法道具マジックアイテムの改良ばかりで飽きたわ。気分転換に模擬戦しましょう」


 (遂にこの時が来てしまったか・・・)


 マリアがエリュシカに戻ってから、今まで一度も模擬戦を行っていなかった。


 それはモンスターの溜まり場と割災によって生じる穴が重なる対策が優先され、模擬戦が後回しになっていたからだ。


 割災予報機はマリアの経験則を魔法道具マジックアイテムに落とし込むことで完成したが、今のところ割災が起きておらず割災予報機の試験運用ができていない。


 試験が上手くいけば、割災の時だけ危ないモンスターの溜まり場を潰すようにして、元々エリュシカに居ついてしまったモンスターと異界から来たモンスターが合流せずに済む。


 割災予報機は割災の前兆を察知し、警報と共にいつどの地点で割災が発生するかモニターに表示される。


 今はそこに何も表示されないから、マリアはムラマサ城に保管される魔法道具マジックアイテムを見て適宜改良して時間を潰していた。


 しかし、その暇潰しも飽きて来たので、シルバに模擬戦しようと言い出したのだ。


 シルバもマリアと再会して一度も模擬戦をしないとは思っていなかったから、底の知れないマリアとの模擬戦に恐怖を抱いたが、格上相手との戦いは貴重なので頷いた。


「わかった。じゃあ、闘技場でやろうか」


「そう来なくっちゃ♪」


 マリアはシルバが模擬戦に応じてくれたから、とても良い笑みを浮かべた。


 2人が模擬戦を行う闘技場とは、旧サタンティヌス王国の国王が道楽で建てたものであり、現在は第一騎士団が街の見回りやモンスターの溜まり場に出動しない時に鍛錬に使っている。


 アリエル達もシルバとマリアの模擬戦に興味があったため、2人と一緒に闘技場に同行した。


 今日は第一騎士団が見回りに出ているので、闘技場を使う予定の者は誰もいない。


 そのため、シルバとマリアがこの場を貸し切って模擬戦できる。


「私は最初だけスキルなしで戦うけど、シルバの実力次第で徐々に解禁するわ。全力でかかって来なさい。まさか、私にスキルを使わせない程度の実力のままじゃないわよね?」


「お望み通り、一撃ぶち込んでやる」


「上等。先手は譲るわ。どこからでもかかって来なさい」


 マリアは指をクイクイと動かし、シルバを挑発した。


 シルバは異界で最後に模擬戦をした時と同じ技で戦闘を始める。


「壱式水の型:散水拳」


「ふーん。以前よりも速度も威力も増してるじゃん」


 マリアはシルバの攻撃を足運びだけで躱しつつ、確実にシルバと距離を詰めて正拳突きを放つ。


「參式光の型:仏光陣」


「へぇ」


 シルバの目潰しに対し、マリアは完全に技が発動する前に目を閉じたが、シルバに対して攻撃を止めなかった。


 それでも、マリアが目を閉じる時にできた一瞬の隙を見逃さず、シルバは彼女の腕を掴んで背負い投げに移行する。


 背負い投げされたマリアだが、この程度であっさりやられるはずがない。


 背中から地面に落ちることもなく、両足で着地して投げられた反動を利用し、逆にシルバを投げてみせる。


 シルバは投げられた瞬間にマリアから離れ、宙を蹴って危なげなく着地した。


 その時にはマリアも目を開けてにっこりと笑っていた。


「私と別れてからもしっかりと修練を積んだのがわかるわ。花丸あげちゃう」


「そりゃどうも」


「頑張ったシルバに敬意を表して、私もスキルを解禁させてもらうわ」


 (ここからが本番だ。前はここに到達できなかったからな)


 マリアがスキルを解禁するということは、【村雨流格闘術】を戦闘に用いるということだ。


 以前のシルバなら、マリアとの模擬戦で彼女にそれを使わせることができなかったのだから、確かにシルバは成長しているのだろう。


「壱式:拳砲」


「參式:柳舞!」


 マリアの壱式:拳砲はモーションが見えず、気が付いた時にはシルバの目の前に拳の形をした空気の塊が迫っていた。


 どうにか參式:柳舞を発動できたので、シルバはマリアの攻撃を受け流すことに成功した。


 だが、攻撃を受け流した先では闘技場の観客席が派手に壊れていた。


 普通に考えれば修繕に頭を悩まさなければいけないけれど、闘技場の観客席は岩でできているから、アリエルが<土魔法アースマジック>で直ちに修繕してみせた。


 アリエルは自分の実力をマリアにアピールできるし、シルバとマリアは周囲を気にせずに戦えるから一石二鳥である。


「ふーん、シルバもアリエルちゃんもやるわね」


「弐式雷の型:雷剃」


 シルバはマリアの雑談に応じず、淡々とマリアの顔を狙って雷を纏った斬撃を飛ばした。


「シルバ、乙女の顔に容赦なく斬撃飛ばすってどういうことよ! 前に駄目って言ったでしょ!」


「乙女じゃないだろ」


「馬鹿弟子には肉体言語O・HA・NA・SHIが必要なようね」


「やべっ」


 シルバはマリアの発言にうっかりツッコんでしまったが、それがマリアを怒らせてしまった。


 怒ったマリアからオーラが膨れ上がり、シルバは自分の失態に気づいたがもう遅い。


「肆式:疾風怒濤」


「參式:雷反射!」


 少しでも自身の動きを良くする選択をしたシルバだったが、マリアのラッシュは一撃が重かった。


 受け流すことに集中したことでどうにか直撃はせずにいるけれど、最後の一撃の衝撃は受け流し切れず、シルバは後方に吹き飛ばされた。


 その一方、マリアはシルバが纏っていた雷に触れていたはずなのに、少しもダメージを受けた様子がない。


 幸い、シルバは後ろに跳んで衝撃を逃がすことができたから、闘技場の壁に激突することにはならなかった。


 そうだとしても、マリアがまだ基本の型しか使っていないのにこのざまではシルバが苦しい展開だと思うのは当然である。


 これには観客席で見ていたアリエル達も戦慄せざるを得ない。


「シルバ君がここまでペースを握られるなんて・・・」


「流石は拳者様ということなのでしょうね」


『ご主人、頑張って!』


 レイに応援してもらったことで、シルバはここでマリアにやられっぱなしなのは恥ずかしいと思った。


 だからこそ、シルバは熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュを顕現させた。


『相手にとって不足なしなんだからねっ』


『強敵、ワクワク。戦闘、機会、感謝』


 どちらもマリアと戦えることに前向きな反応を示している。


「ほぅ、シルバったら呪われた剣と魂約してたのね。しかも2つも」


「当たり前のように知ってるのか。驚かせ甲斐がないな」


「魂約はしてないけれど、私も持ってるもの。ほら」


 そう言ってマリアは<無限収納インベントリ>を発動し、亜空間の中から七支刀を取り出した。


 その七支刀の柄には虹色に輝く魔石が填め込まれており、見る者全てを惹き付ける。


『あばばっ、あれはヤバいのよっ』


『存在、異常。実力、不明。恐ろしい』


 つい先程まで戦う気満々だった熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが、七支刀を見て警戒心MAXになった。


 (タルウィとザリチュが怯える剣ってなんだよ)


 シルバも警戒しながらマリアに訊ねる。


「その剣は何? 見るからにヤバい剣なのはわかるけど」


「魅了剣ジャヒー。異界を探索中に拾ったの。ヤバい剣だったから亜空間にぶち込んどいたんだけど、シルバが面白いジャマダハルを見せてくれたからお礼に見せてあげたの」


「タルウィとザリチュが怯えるなんてよっぽどのことがなきゃあり得ない。どんな効果があるんだ? それとその代償も知りたい」


「今は私が呪いを抑え込んでるし普段使いしないけど、使用者は使用者以外を問答無用で魅了してしまうわ。魅了を解除するには魅了された者を殺すか、この剣を壊すしかないんだけどとにかく硬いのよね。しかも、多少の破損なら勝手に修復するし」


「うわぁ・・・」


 シルバは魅了剣ジャヒーの効果を知ってドン引きした。


 マリアもこれ以上危険物を披露するつもりはないらしく、すぐにそれを亜空間にしまった。


「さあ、模擬戦を続けましょう」


 魅了剣ジャヒーを使わないでくれることはホッとしたが、それでもまだまだ手加減されているのだとシルバはマリアの態度から理解した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る