第262話 師匠に敵う弟子はいないのよ!

 マリアは熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュを装備したシルバを見て、これならもう少し真面目にやって良さそうだと判断する。


「壱式氷の型:砕氷拳」


 技名が聞こえた時には既に、氷の礫がシルバに迫っていた。


「肆式火の型:祭花火!」


 炎を纏った両手で氷の礫を殴り、シルバはマリアの攻撃を防いだ。


 肆式火の型:祭花火は殴った後に花火のように弾けるから、マリアの放った氷の礫は勢いが相殺されるだけではなく、マリアの方に轟音と共に弾き飛ばされる。


「出力が上がってるわね。悪くないわ」


「こっちが必死に跳ね返したってのに、全く息を乱さずにそれを防ぐか。相変わらずだな」


「シルバ、ここで師匠である私から良いことを教えてあげるわ」


「なんだよ?」


「師匠に敵う弟子はいないのよ!」


「うわぁ・・・」


 ドヤ顔がすごく腹立つのだけれど、シルバは言い返すことができなかった。


 事実だけど認めたくないことはある。


 これがまさしくそうだと言えよう。


「今度はこちらから行くわね。肆式水の型:驟雨」


「參式水の型:流水掌」


 まともに拳と拳をぶつけたならば、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュがあっても自分は競り負けると判断し、シルバはマリアの攻撃を受け流す。


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュは火の型を使う時が一番威力が上がる。


 それに対し、水の型と氷の型では威力が落ち、光の型を使えば熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの耐久力に影響が出てしまう。


 マリアはそれを理解しているからこそ、肆式水の型:驟雨でシルバを攻撃したのだ。


 參式水の型:流水掌と熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュは相性こそ良くないけれど、肆式水の型:驟雨を受け流すにはうってつけだ。


 どうにかシルバはマリアの攻撃を受け流したが、マリアは属性を切り替えて攻撃する手を止めない。


「陸式火の型:一輝火征」


「伍式火の型:合炎!」


 一瞬でシルバとの距離を詰めたマリアから、白い炎の槍が放たれる。


 ぎりぎりのところでそれを吸収することはできたが、技の勢いを吸収しきれずにシルバの体は後方に吹き飛ばされた。


 今度は後ろに跳んで衝撃を逃がす余裕もなく、必死に宙を蹴り続けたことでなんとか観客席の壁に激突する展開にはならなかった。


「ふーん、私の攻撃を受け止められるなんて成長したわね。偉いわ」


「吹き飛ばされてるんじゃ受け止められたとは言えない」


「細かいことは良いのよ。私が言わなくても貴方がわかってるんだから」


「さいですか。弐式雷の型:雷剃」


 シルバは会話しながら反撃した。


 その反撃をマリアはあっさり躱したけれど、彼女は目を見開いていた。


「へぇ。技のモーションが短くなったわね」


「恥ずかしい話、ここ最近俺は自分より強い相手と戦えてなくてね。ようやく調子が上がって来たんだ」


「それはまた育て甲斐があるわね」


 シルバの発言を受け、マリアはにっこりと笑みを浮かべた。


 彼女の笑みを見たシルバは顔が引き攣っている。


 マリアの指導を受ければ確かに強くなれる。


 なれるのだが、それだけスパルタなのを思い出したのだ。


「「陸式火の型:一輝火征」」


 シルバが技を発動するのに合わせてマリアも同じ技を発動した。


 伍式火の型:合炎で力を溜めているのだから、シルバならこのタイミングで高火力な一撃を放ってくるに違いないと見切ったのだ。


 師匠ゆえに弟子シルバの思考を読んだのである。


 ぶつかった白い炎の槍同士は、衝突してすぐに消滅した。


 それはつまり、マリアの陸式火の型:一輝火征はシルバが熱尖拳タルウィを装着して放った時と同じ威力を出せることに他ならない。


 しかも、マリアは<完全体パーフェクトボディー>のせいで熱尖拳タルウィによる火傷を受け付けない。


 無論、それが渇尖拳ザリチュによる攻撃だったとしても、乾燥の効果を受け付けない。


 マリアの<完全体パーフェクトボディー>は熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュ泣かせだった。


『シルバ、緊急事態だわっ。あの女、人間じゃないのよっ』


『人間、違う。化け物、正解』


 (誰だってそー思う。俺だってそー思う)


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが怯えた声で訴えると、シルバも全面的に同意した。


 そのやり取りを察知してマリアが眉間に皺を寄せる。


「シルバ、また私のことを化け物扱いしたわね?」


「ねえ、なんで当たり前のように俺の心を読むの?」


「師匠特権よ」


「そんな特権があって堪るか!」


 シルバがマリアにそんなものは横暴だと訴える。


 プライバシーなる概念はエリュシカにないかもしれないが、それでも師匠特権を振りかざしていつでもどこでも好きに心を読むのは止めてくれと訴えるのは当然だ。


「そんなことより私を化け物扱いしたことよ」


「チッ、覚えてたか」


「あっ、舌打ちした。シルバ、私はそんな不良みたいな子に育てた覚えはないわ!」


「肆式雷の型:雷塵求」


「肆式雷の型:雷塵求」


 今のは完全にシルバの方が技の出だしが速かった。


 それにもかかわらず、マリアの攻撃がシルバの攻撃を全て弾いてみせた。


 ということは、マリアの攻撃の方がシルバよりモーションが速いことを意味する。


 わかってはいたことだけれど、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュがあってもマリアに一撃も入れられないのはシルバも悔しかった。


 ここでシルバは熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュを送還した。


 とある作戦を思いついたのだが、それには熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが顕現していると不都合だからだ。


「どういうつもり? 私相手なら熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュを使わない手はないでしょ?」


「どういうつもりなのか、お得意の師匠特権とやらで当ててみれば?」


 シルバはそれだけ言ってゆっくりと歩き始め、マリアへと近づいていく。


 マリアはシルバの心を読もうとするが、シルバらしからぬ行動のせいで彼の心が上手く読めなかった。


 ちなみに、マリアが困惑していたのはシルバの心を読めないからだけではない。


 シルバから闘気も殺気も感じられないのだ。


 どうするべきか考えている内に、シルバはマリアの正面まで来てしまった。


 そして、シルバがマリアに抱き着いたまま耳元で囁く。


「マリアお姉ちゃん大好き」


「ぬぁんですってって、痛っ。しまった!」


 シルバの口からとんでもない言葉が聞こえたと思った次の瞬間、シルバはマリアの額にデコピンをかましていた。


 マリアは聞き間違いじゃないかと思って訊き返そうとしたが、その時にはデコピンされてしまったことに気づいて悔しがる。


 デコピンだろうと一撃は一撃だと気が付いたのだ。


 シルバが一撃入れてやると宣言し、マリアは実力差を見せつけながらもシルバに一撃入れられてしまった。


 これは悔しいに決まっている。


「やったぜ! 一撃入れた!」


『やったねご主人!』


 レイはいつの間にか自分だけ観客席から駆け付けており、マリアに一撃入れて喜んでいるシルバにダイブしていた。


 マリアはレイの頭を撫でているシルバに対し、訊いておかねばならないことを訊ねる。


「シルバ、さっきのは完全に一本取られたわ。でも、あんなやり方シルバに教えた覚えはないの。誰があんなダーティーなやり方をシルバに吹き込んだの?」


 シルバはマリアに詰め寄られ、スッと視線を逸らした。


 その先にはアリエルがいて、マリアはシルバの心を読んで裏も取れたことからアリエルに訊ねる。


「アリエルちゃん、シルバに入れ知恵したのは貴女ね?」


「入れ知恵だなんてとんでもないです。僕はシルバ君との模擬戦で同じ手を使いましたが、シルバ君にその手は通用しませんでした。警戒されちゃってて不発に終わっちゃったんです」


「うん、シルバにダーティーなやり方を教えたのは貴女で間違いないわね」


「世の中には勝てば官軍という言葉があるんです」


「負けたら官軍じゃないでしょうが」


 悪びれもしないアリエルに対し、マリアは戦慄した表情で突っ込んでからシルバを手招きする。


「なんだよマリア?」


「あの子が第一公妃で大丈夫なの? 寝首掻かれたりしない?」


「大丈夫だから。俺が嫌がるアリエルと無理矢理結婚した訳じゃないからね? 逆も然り」


「実は黒幕でしたって言われてもおかしくないわ。というか、デーモンよりもデーモンらしいわ」


 (アリエル、マリアにも言われちゃったぞ)


 シルバはマリアが先程の模擬戦を通じ、アリエルを警戒するようになった。


 歴史に名が刻まれた拳者に警戒されるあたり、他所から見てアリエルの腹黒さがどれだけなのか思い知ったシルバだった。

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