第196話 そんな乙女の嗜みがあって堪るか!

 レイがワームの魔石を取り込んでパワーアップしている間、レッドヴァーチャーとレッドコングの魔石はマリナとジェットに与えられていた。


 3体のパワーアップが済んだところで、シルバ達は馬車を進めてカヘーテ渓谷の奥に向かう。


 馬車に乗って進んで行く内に周囲が霧に包まれていく。


「カヘーテ渓谷で霧? 嘘だろ?」


 御者をしているロウは晴れていたはずなのに突然発生した霧に何かあると感じた。


 シルバも異変を察してロウに声をかける。


「ロウ先輩、霧の発生源になったモンスターが近くにいるはずです」


「だな。どうにも嫌な予感がするぜ」


「リアジュウシスベシジヒハナイ」


「カネダ、カネヲヨコセェェェ」


「ヒャッハァ、サケトオンナハツカイヨウダァァァ」


 霧の中から恨みや嫉妬、クズな発言が聞こえた。


「そこか!」


 ロウは御者台からお札でグルグル巻きにしたナイフを投げた。


 ロウの手から離れた途端、ナイフが黒い靄を纏って他と比べて霧が濃い箇所を通過した。


「ヒギャァァァァァ!?」


 周囲に散っていた霧が少し薄くなり、その代わりにロウのナイフが通過した箇所に霧が集まった。


 霧は髑髏を模ったが、赤く光る目は左目だけで右目は光を失っていた。


「グラッジミストですか。物理攻撃は効かないはずなのに、ロウ先輩の投げナイフが効きましたね。さっきのはなんだったんですか?」


「クレアに作ってもらったエレメンタルリキッドが滲み込んだ札を投げナイフに巻いただけさ」


「エレメンタルリキッド・・・。クレアは完成させたんですね」


「知ってるのかエイル?」


 エレメンタルリキッドというワードに聞き覚えがあったらしく、エイルがシルバとロウの会話に加わる。


 おそらく調合クラブに入っているか、それと同程度の知識がなければわからない薬品なのだろうと察しつつ、シルバはエイルにその正体を訊ねた。


「エレメンタルリキッドは魔法系スキルが使えない人が魔法系スキルを用いた攻撃しか効かない敵と戦えるようにする薬品です。材料の調達難易度や調合難易度の高さからクレアが在学中には調合できなかったのですが、遂に上手く調合したようです」


「その通り。クレアは軍の研究部門に配属されたから、俺達が狩りまくったモンスター素材も使っていっぱい失敗したけど遂に成功させたんだ」


「クレア先輩もやりますね。ロウ先輩が投げたナイフは闇属性でしたが、闇属性のエレメンタルリキッドしかないんですか?」


「まだ試作品なんでね。俺の適性だった闇属性とクレアの適性だった水属性しかない」


 その説明を聞いてシルバはハッと気づいた。


「もしかして、エレメンタルリキッドに人の血が必要なんですか?」


「いや、人の血が絶対に必要って訳じゃないんだが、さっきみたいに俺の手から離れた時に闇付与ダークエンチャントが発動するようにするには使用者の血が丁度良いんだ。使用者から離れたと認識できるなら唾液でも構わない」


「唾液を薬品に使うのは抵抗があったから血を使ったってことですね」


「正解」


 シルバもロウも苦笑していた。


 流石に人の唾液が入った薬品を使いたいとは思えなかったからである。


 それはさておき、グラッジミストの1体はロウの投擲で仕留められたが、シルバ達の耳に届いた数からしてあと2体いるはずだ。


「レイ、やれる?」


『勿論! それっ』


 レイが竜巻トルネードを発動したことにより、シルバ達の前方に竜巻が発生した。


 霧は竜巻に吸い込まれていき、竜巻の中から悲鳴が聞こえた。


「「ヒギャァァァ!」」


 魔法攻撃の竜巻トルネードにより、グラッジミストはガリガリとダメージを受けて力尽きた。


 レイが竜巻を解除した時にはすっかり霧が晴れており、周囲にはグラッジミストのものと思われる魔石3つとロウが投げたナイフが落ちているだけだった。


 魔石はレイとマリナ、ジェットで分けてロウもナイフを回収したので、シルバ達は先へと進んだ。


 何種類ものモンスターと遭遇したが、卵を産みそうなモンスターはワームとヴァーチャー種ぐらいだ。


 今回はアリエルが望むようなモンスターの卵を見つけられると良いなと思っていたシルバだが、その願いが届いたのか割災でできたモンスターの巣の中心に卵があった。


「アリエル、卵があったぞ」


「うん。問題はあれがどのモンスターの卵かだよね」


「えっ、卵を守ってるモンスターのものじゃないんですか?」


 シルバとアリエルの会話を聞いていてエイルがてっきりそうだと思っていたと話に加わる。


 しかし、シルバはエイルの発言に首を振る。


「卵の前にいるのはヘルハウンドだから違う。あれは卵生じゃなくて胎生だよ」


「あっ、そうですね。では、なんでヘルハウンドが卵を守ってるんでしょう?」


「そこまではわからない。気になって持ち帰ったところ、割災に巻き込まれたんじゃないかな」


「グルルルル」


 ヘルハウンドはシルバ達を見て臨戦態勢に移った。


 どう見ても友好的な相手ではないし、餌と呼ぶには手強そうだと思っているようでかなり警戒している。


「とりあえず排除しようか」


「じゃあ僕から仕掛けるよ」


 次の瞬間、ヘルハウンドの足元がガクッと凹んで落とし穴になった。


 咄嗟のことだったが、ヘルハウンドは落ちる地面を蹴ってどうにか落とし穴に落ちずに済んだ。


 そう思っていたのだろう。


 着地した場所がヘルハウンドの足の触れた瞬間に凹んで落とし穴になり、今回は落とし穴落下を阻止できなかった。


「で、出たー。アリエルの初手落とし穴。いや、二番手も落とし穴だったけど」


「開幕落とし穴は乙女の嗜みですから」


「そんな乙女の嗜みがあって堪るか!」


 アリエルが当然でしょうと言わんばかりに言うものだから、ロウがそんな訳あるかとパワフルに突っ込んだ。


「喋ってないでヘルハウンドを倒せたか確認すべきでは?」


「エイルの言う通りだ。落ちたのは見えたけど、落ちた音までは聞こえなかった。もしかしたら、壁を攻撃して足場を用意したかもしれない。レイ、様子を見て来て」


『任せて!』


 シルバに頼まれてレイが上空から落とし穴に落ちたヘルハウンドの様子を見に行った。


 落とし穴上空から中の確認をした瞬間、落とし穴の中から火の球が飛び出してレイに向かって飛んで行った。


『無駄だよ!』


 レイは嵐刃ストームエッジで火の玉を切断し、その刃は落とし穴の壁を攻撃して瓦礫がヘルハウンドの上に落ちていく。


「アォン!」


 ヘルハウンドの狙いはこの瓦礫だった。


 落ちて来る瓦礫をするりと躱して自分の足場にして、地上に戻って来るのがヘルハウンドの作戦だったのだ。


「残念。想定内だよ」


 ヘルハウンドが地上に戻って来る瞬間を狙い、アリエルが鉄弾<アイアンバレット>を放ってそれをヘルハウンドに命中させた。


 突然の攻撃にヘルハウンドは体を捻ったけれど、足を射抜かれて今まで通りに動くことはできなくなった。


『次こそ当てるよ!』


 そして、自分の攻撃を利用されたことでムッとしたレイの嵐刃ストームエッジが時間差でヘルハウンドの首を刎ねた。


 ヘルハウンドはレイとアリエルのコンビネーションの前に踊らされてしまい、短い巣の長としての生活を終えた。


 巣にはシルバ達と卵以外に生物はいなくなり、レイがヘルハウンドの魔石を貰ってその死体を回収した後は静かなものだった。


 卵に近づいたシルバがじっくり観察していると、隣にロウがやって来た。


「卵ソムリエのシルバはそれがなんの卵かわかったのか?」


「なんですか卵ソムリエって。流石にわかりませんよ。大きさからして虫型や爬虫類型モンスターではなさそうです。大きめの鳥型モンスターかそれ以上のサイズのモンスターのものでしょうね」


「それだけわかるだけでも俺からしたらすごいけどな。アリエル、この卵を孵すのか?」


 ロウが振り返るとアリエルがやって来た。


「孵します。いい加減、僕だけ従魔がいないのは寂しいですからね。それに、虫型ロウ先輩が孵化しないなら細かいことは気にしないことにしました」


「ちょっと待て。今なんて言った?」


 ロウは聞き捨てならない言葉が聞こえたので訊き返した。


「え? 細かいことは気にしないって言いましたけど」


「その前だよ」


「僕だけ従魔がいないのは寂しいって言いました」


「違う、そうじゃない。アリエル、俺が孵化しないならって言っただろ。俺は虫じゃない!」


「あっ、すみません。間違えました」


「そっか。間違えたんじゃしょうがない訳ないだろ!」


 (ノリツッコミお疲れ様ですロウ先輩)


 シルバは心の中でロウに合掌した。


 その後、これ以上カヘーテ渓谷に用がなかったのでシルバ達は卵も回収してディオスに帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る