第197話 あーあ。なんで余計なことを言っちゃうかね

 カヘーテ渓谷の鎮圧を終えてディオスに戻って来たシルバ達だったが、基地に入ると内部が慌ただしかった。


「何事だ?」


 シルバが首を傾げる隣でアリエルが近くにいた軍人に声をかける。


「何があったの? カヘーテ渓谷帰りで状況がわからないから簡潔に教えて」


「トフェレで割災が発生しました。ブラック級モンスターが多数出現し、外周部で甚大な被害が発生し、壁も一部破壊されたそうです。輸送準備があるので失礼いたします」


「呼び止めて悪かったね。ありがとう」


 アリエルは軍人の時間をこれ以上貰う訳にはいかなかったから、お礼を言って仕事に戻らせた。


 トフェレとはシルバが母親を殺された後、実行犯がこっそりそこにある孤児院に逃がされた街だ。


 ディオスの南西でニュクスの森よりずっと南に位置するトフェレは弱肉強食な街で、金のある者が頑丈な壁に守られた内地で過ごし、金のない者は外周部で過ごさざるを得ない場所だ。


 外周部も比較的治安の良い所はあるが、スラムのように治安が悪い場所もある。


 意外に思う者の方が多いと思うが、外周部にはジェロスのように裏社会の者達はいない。


 トフェレの外周部では大して儲けられないから、悪行で稼ぎたい場合はジェロスに行ってしまうのだ。


 それゆえ、ジェロスではその日を生きるために悪事を働く者ぐらいしかいない。


「トフェレについて俺達が勝手に動く訳にはいくまい。一度兄さんの所に行こう」


「「「了解」」」


 シルバの言う通りなのでアリエル達はシルバに付き従った。


 アルケイデスの部屋に到着してその中に入ると、彼は執務に追われていた。


「ん? 帰って来たか。ご苦労様。掲示板で報告は受けてたが、その卵がどのモンスターのものかわからない卵なんだな?」


「はい。アリエルが孵化させてテイムすると言うので、今回は研究部門に提出しません」


「それで構わない。俺としてはワイバーン特別小隊が強くなってくれることに異論はないのでな」


 アルケイデスはアリエルがカヘーテ渓谷で手に入れた卵を孵してテイムすることに賛成した。


 帝国の従魔が増えることに変わりなく、危険なミッションを受けてもらうことの多いシルバ達の戦力が増えるならアルケイデス的に問題はないのである。


「そう言ってもらえると助かります。ちなみに、カヘーテ渓谷で見つけたその卵はヘルハウンドによって守られておりました」


「胎生のヘルハウンドが守る卵か。何が孵るかさっぱりわからんな」


「ですよね。それで、トフェレで割災が起きたんですよね? かなりこの基地も慌ただしいようですが」


「そっちは一応手を打ってある。ポールにキマイラ中隊を向かわせるよう伝えたから、シルバ達は次のミッションを伝えるまで待機してもらう」


「わかりました」


 シルバがあっさり自分の指示に従うので、アルケイデスは何か言いたそうにしているが黙っていた。


『ご主人、トフェレって故郷なんじゃないの?』


 レイはアルケイデスの代わりに質問した。


 それはアリエル達も気にしていたことだった。


「厳密には俺が生まれたのはディオスだ。その後、攫われた先がトフェレだった。毎日が生きていくのに必死だったトフェレに良い思い出なんてない。なんなら異界の方が住み心地は良かったとまで言える。ミッションでもないならわざわざ行きたいとは思わないな」


『そっかぁ。じゃあ、レイがご主人の帰る所になってあげるね』


「ちょっと待った! その役目は僕が担うよ!」


「私も担います!」


 しれっと出し抜かれてアリエルとエイルが慌ててシルバに抱き着いた。


 従魔だからと言って油断しているとシルバの心がレイに持って行かれると危機感を抱いたようだ。


 目の前で弟の家族のやり取りを見させられ、アルケイデスは寂しそうに笑った。


 もしもシルバが攫われていなければ、自分の故郷についてドライな発言をしなかっただろうにと思うと申し訳ない気持ちになったのだろう。


 それでも、これから多くの者の上に立つアルケイデスが弱いところを見せる訳にはいかないから、すぐに気持ちを切り替えた。


「キマイラ中隊にも手柄を与え、ワイバーン特別小隊と同様に複数の部門の業務を担える軍人を増やす必要性を示さねばならない。これは俺が描く軍隊の構造変革に必要な試練でもある。さて、今日は帰ってゆっくり休むと良い。何かあったら掲示板で連絡しよう」


「わかりました。失礼します」


 シルバ達はアルケイデスの部屋から出て解散した。


 基地を出たところでシルバ達を待っていた者がいた。


「見つけました!」


「シルバ、アリエル、あれは誰ですか?」


「シルバ君に媚びる雌。自称、トフェレの孤児院出身の新入生」


 シルバが答えるよりも先にアリエルがエイルの質問に答えた。


 その回答には棘しかないのでシルバは苦笑している。


 アリエルの声が聞こえていたらしく、新入生は眉間に皺を寄せた。


「その言い方は酷いじゃないですか。私はあくまで同じ孤児院を出て出世したシルバさんの大ファンなんです」


「そう言えばシルバ君に近づけると思ったんだよね。浅はかだ」


「むぅ、やけに私のことを敵視するじゃないですか。だから弟子になりたいって学生がいないんですよ」


 (あーあ。なんで余計なことを言っちゃうかね)


 シルバが不味いんじゃないかとアリエルの表情を伺えば、アリエルは目の笑っていない笑みを浮かべていた。


「おい、セフィリア。ディオスにいられないようにしてやろうか?」


「ひぇっ」


 アリエルから放たれたプレッシャーを感じ取り、新入生セフィリアは怯えた。


 今まで名前を名乗った記憶はなく、基本的に愛称のセフィーと呼ばせることが多いにもかかわらず、アリエルが自分の本名を正確に言ってのけたことに恐怖を感じたのだ。


「僕の情報網を舐めないでよね。君程度の小者の情報ぐらい簡単に手に入るんだからさ」


 (セフィリア。セフィリアねぇ・・・。あっ、思い出した)


 シルバは今まで忘れていた孤児院での出来事を思い出した。


「孤児院で自分は働かずに周りの子供を使って楽をしてたセフィリアか」


「あぁ!? そんな覚え方されてたなんて嘘ですよね!?」


「いつも群れてる連中の中心にいた自分では動かなかった奴だろ? 髪型とか服が変わったから思い出すまでに時間がかかった」


「作業分担って言って下さい! 私は全体の指揮で忙しかっただけです!」


 心外ですとセフィリアはシルバに抗議した。


「こういうのが戦術コースで頭でっかちになって合同キャンプで迷惑をかけるんだよね」


「わかる」


「確かに。あり得ますね」


 アリエルがヨーキと同じチームだった戦術コースの男子学生を思い浮かべて言うと、シルバも同じ人物を思い出し、エイルも似たような同級生がいたことを思い出したのか納得した。


「ちょっと! 勝手に嫌な印象を持たないで下さいよ!」


「でも、僕達がどう言おうともセフィリアは複数人でサバイバルすることになった場合、動く作業を全て他人任せにするでしょ?」


「で、ですから、それは作業分担だって言ってるじゃないですか!」


「OK。決めた。僕が君を頭でっかちで生意気な新入生から使える軍人候補にしてあげよう。<土魔法アースマジック>が使えることも、入試の順位が3番だったことも調べがついてるし」


 アリエルがそう言った瞬間、セフィリアは何も言わずに逃げようとした。


 しかし、それが実現することはなかった。


 何故ならアリエルがセフィリアの踏み込んだ地面を窪ませて転ばせたからである。


「どこへ行くつもりだい?」


「ひぃぃぃっ。許してぇぇぇ!」


「許すも何も光栄に思いなよ。3年生で能天使級パワーなんて軍学校には僕だけなんだから」


 起き上がって逃げようとした時には正面にアリエルが回り込み、迫力のある笑みを浮かべ続けていた。


 これにはセフィリアも冷や汗をかきながら首を横に振る。


「い、嫌です。わ、私はシルバさんに弟子入りするんです」


「えっ、ジョセフがいるからもう要らない」


「ということなんだ。諦めて僕のげぼ、オホン、弟子になりなよ」


 (アリエル、下僕って言おうとしただろ)


 シルバはアリエルがなんと言いたいのかわかってジト目を向けた。


 エイルもすぐにわかったらしく、シルバと同様にアリエルにジト目を向けていた。


「おこと」


「答えはYesかはいか喜んでだよ」


「はい」


 セフィリアは心が折れてアリエルの弟子になった。


 こうなったらアリエルからは逃れられないと思ったのだろう。


 ちなみに、アリエルがセフィリアを半ば脅して弟子にする過程で周囲にいた野次馬が何も言わなかったのはアリエルの脅迫手帳があってのことだ。


 セフィリアは野次馬から見捨てられた時点でアリエルの弟子になるしかなかったのである。


 とりあえず、アリエルはテイムするモンスターの卵と弟子下僕を見つけて今日は枕を高くして眠れそうだとご機嫌だった。

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