第195話 品がないね。罰を与えよう

 シルバは緩急をつけながらキマイラスライムに近づく。


 キマイラスライムはシルバに接近されたくないらしく、口から火を吐いて近づけさせまいとする。


火炎吐息フレイムブレスも使えるって本当にスライムかよ? 壱式光の型:光線拳!」


 キマイラスライムの動きを鈍らせるべく、シルバはキマイラスライムの右前脚と右後ろ脚を射線に入れてから壱式光の型:光線拳を放った。


 攻撃の前にシルバが視線でフェイントを入れたため、キマイラスライムは予想していた部位と違う部位を撃ち抜かれて驚いた。


 ところが、驚いたのはキマイラスライムだけでなくシルバもだった。


「再生するのかって、スライムだったわ」


 見た目のせいでうっかり忘れていたが、キマイラスライムは文字通りスライムだ。


 体に風穴を開けられてもすぐに埋まるし、再生不可能な核を攻撃されなければ致命傷にならないのは通常のスライムと変わらない。


『ご主人、レイも加勢する!』


 そう言ってレイは風付与ウインドエンチャントをシルバの四肢にかけた。


 これで一時的にシルバは【村雨流格闘術】で風の型も扱えるようになり、攻撃の選択肢が増えた。


「ありがとう。壱式風の型:竜巻拳!」


 シルバはレイに感謝してからキマイラスライムの懐に潜り込み、風を纏った正拳突きを放った。


 その拳が触れた直後、キマイラスライムの体は錐揉み回転しながら後方に吹き飛んだ。


「アシストは任せて」


 そう言ってアリエルはキマイラスライムが吹き飛ばされた方向に岩壁を用意した。


 それもただの岩壁ではなく、表面が岩の棘でびっしりな岩壁である。


 キマイラスライムの体はその壁のせいで串刺しになった。


 普通の肉体を持つモンスターならこれだけでも勝負がついたようなものだが、キマイラスライムの体は棘を避けるようにするすると串刺し状態から抜け出す。


「壱式水の型:散水拳」


 もたついているキマイラスライムを見てチャンスと思ったらしく、シルバは壱式水の型:散水拳でキマイラスライムの体を水滴で傷つけながら濡らしていく。


 他にもっとダメージを与えられる攻撃があったのに壱式水の型:散水拳を使ったのは、チャフになる鱗粉を無効化するためだった。


 モスの翅についていた鱗粉は水のせいで洗い流されてしまい、これでキマイラスライムが遠距離攻撃を敵に無駄撃ちさせることは困難になった。


「どんどん行くぞ。弐式風の型:鎌鼬」


 シルバが手刀を飛ばしてすぐにキマイラスライムの全ての足がスパッと切断された。


 その切り口は見事なもので、キマイラスライムは足が斬られたことに一瞬気づけなかった。


 気づけたのはシルバが目の前に来てからであり、咄嗟に逃げようとした時に逃げられなかったことで気づけたのだ。


「遅い。肆式風の型:嵐濫乱世らんらんらんせ!」


 風付与ウインドエンチャントで強化された拳が打ち込まれる度に切り傷のおまけが付き、最後の一撃を受けて錐揉み回転しながら飛ばされた時には攻撃された箇所全ての傷口が派手に開いた。


 スライムボディだったからあまり迫力はなかったかもしれないが、血の通った人やモンスターの身で受けたら大惨事間違いなしの技である。


 アリエルの追撃でキマイラスライムを岩壁に串刺しにした時には、傷口が多過ぎてキマイラスライムの変身が解けて元の黒いスライムに戻っていた。


 殴った感触から核の位置を割り出せたため、シルバはとどめを刺すべくキマイラスライムと距離を詰める。


「弐式光の型:光之太刀!」


 右腕から伸びた光の刃がキマイラスライムの体を真っ二つにすれば、その体は修復せずに真っ二つになったキマイラスライムの死骸と魔石だけがその場に残った。


「レイ、こっちおいで。魔石だよ」


『は~い!』


 シルバはキマイラスライムの魔石をレイに与え、レイはそれを嬉しそうに飲み込んだ。


 そんなレイの頭を良い子だなとシルバが撫でていると、アリエル達がそこに合流した。


「アリエル、アシストしてくれてありがとう」


「どういたしまして。レイがご機嫌だね」


「うん。キマイラスライムの魔石を取り込めたおかげだ」


『ご主人、竜巻トルネードが使えるようになったよ~』


「よしよし。すごいじゃないか」


 褒めてくれと目で訴えるレイに対し、シルバはこれでもかとその頭や顎の下を撫でて甘やかした。


「チュル・・・」


「マリナにはマリナの成長速度がありますから、焦ってはいけませんよ」


「チュル」


 レイばかり強くなっていると思って焦るマリナだったが、主人エイルに頭を撫でられたことで落ち着きを取り戻した。


 キマイラスライムの死体を回収した後、シルバ達はカヘーテ渓谷の奥に向かっていく。


 少し進んだ所で、レッドコング率いるパープルコングの群れが待ち伏せていて岩を投げて来た。


「猿風情が」


 アリエルは岩壁を前方に創り出してレッドコング達の攻撃を防いだ。


 それと入れ替わるようにレイとマリナ、ジェットが反撃を開始し、容赦なく敵を倒していった。


 敵を倒した時というのはうっかり油断しがちになる。


 そのタイミングを狙ってレッドヴァーチャー率いるパープルヴァーチャーの群れが急降下してパープルコングの死体を掻っ攫う。


 価値の高いレッドコングの奪取は捨て、優先度が低いだろうパープルコングを狙うあたり、強奪するタイミングをずっと待っていたのだろう。


「やらせない。壱式氷の型:砕氷拳」


 パープルコングを運ぶ都合上、強奪する時程のスピードを出せないレッドヴァーチャー達はあっさりとシルバの攻撃で撃ち落された。


 戦闘が終わるとレイがニコニコしながらシルバに向かって飛んで来た。


『ご主人、上手くあいつらを騙せてた?』


「ばっちりだったぞ。ちょっと考えればレイ達があいつらに気づかないはずないのにな」


『エヘヘ』


 実はレイ達がパープルコングの死体を奪われたのはわざとだった。


 レッドコング達が現れた時、その後方にレッドヴァーチャー達の存在を感知していたから油断しているふりをしてみせたのだ。


 狙い通りにレッドヴァーチャー達はパープルコングの死体を強奪しに来て、機動力が落ちたところを撃墜された。


 異界での戦闘経験があるシルバやワイバーン希少種のレイを出し抜こうだなんて百年早い。


 二度あることは三度あるため、レッドコングとレッドヴァーチャーの魔石を優先した時だった。


 パープルヴァーチャーとパープルコングを積んでいた山を丸呑みしてワームが現れた。


「カヘーテ渓谷はいつから強奪と奇襲がデフォルトになったのかねぇ」


「ロウ先輩、盗賊達のアジトになった時点じゃないですか?」


「そうだった」


 そのワームだが、一気にパープルヴァーチャーとパープルコングを食べたことで体が大きくなり、ぶよぶよしていた体が焦げ茶色の鱗で覆われた。


『ご主人、あのワーム、これ以上食べたら多分進化する』


「レイもそう思うか。進化させたら不味そうだな」


「ゲェェェェェップ」


「品がないね。罰を与えよう」


 アリエルは盛大にゲップをかましたワームに苛立ち、火弾乱射ファイアガトリングを放った。


 しかし、ワームに生えた鱗がアリエルの攻撃を弾いてしまい、ワームは今何かしたかと首を傾げる始末である。


「シルバ君、ちょっと不味くない?」


「魔法が効かないなら肉弾戦だ」


 シルバは熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュを装備して構えた。


『出番なのよっ』


『待ってた』


 シルバが自分達を使ってくれる機会は少ないからどちらも嬉しそうである。


 シルバが武装すればワームも危険だと思ったらしく、一旦地中に潜って身を潜めた。


 下手に逃げれば空を飛べないアリエル達が狙われると思い、シルバは自分だけが狙われる状況を作ろうと動く。


「壱式:拳砲!」


 地面を渇尖拳ザリチュで殴り、その効果で周囲の地面から水分を奪って砂に変えた。


 この攻撃でワームはシルバを放置してはいけないと判断したらしく、地面が揺れた場所から一気に飛び出した。


 しかしながら、ワームが飛び出した先にいたシルバの姿が突然消えた。


 どういうことだと首を傾げて隙だらけなワームの体に急接近したシルバが反撃する。


「肆式:疾風怒濤!」


 属性付与をしなかったのはワームの鱗を考えてのことだ。


 それでも熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュを装備していたため、シルバの攻撃によってワームは火傷と脱水症状が上乗せされてあっという間に力尽きた。


「レイ、ありがとう。幻影ファントムはばっちり効いたな」


『上手くいって良かったね!』


 シルバが消えたからくりはレイの幻影ファントムだった。


 ワームはシルバが攻撃した場所にいると思って飛び出し、シルバを捕食しようとしたらその姿が見えなくなって困惑したが、消えたのはレイが創り出したシルバの幻影だったのだ。


 隙ができたワームに気配を殺していたシルバが接近し、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュを用いた攻撃をすれば進化前のワームだろうと耐え切れずに力尽きた訳である。


 レイはシルバからワームの魔石を貰い、頭を撫でてもらってとてもご機嫌だったと言っておこう。

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