第149話 見様見真似:柳舞
翌日、89期学生会と風紀クラブそれぞれの選抜メンバー、キマイラ中隊が軍学校のグラウンドに集まった。
既にシルバとアル、ジョセフの3人がウォーレス率いる風紀クラブの精鋭と向かい合っている。
審判の位置に立っているのは見学をするだけのはずだったフランだった。
「これより、89期学生会と風紀クラブの模擬戦を始める。審判は学生会とも風紀クラブともかかわりの薄い私、キマイラ中隊第三小隊長のフランが務める。方式は勝ち抜き方式とする。双方、礼」
「「「「「「よろしくお願いします」」」」」」
「キュイ?」
レイではなくて礼なのだが、音で聞いたらどちらも同じなのでレイは自分を呼んだかと反応した。
「レイ、今のはお互いに挨拶しなさいという意味だったんですよ」
「キュウ」
「そうです。良い子ですね」
エイルはなるほどと頷くレイの頭を撫でる。
レイが一緒に戦うと風紀クラブに万が一にも勝ち目がないから、今回はレイもエイルと一緒に見学している。
「そろそろ俺にも触らせてくれるぐらい許してもらいたいんだけどなぁ」
「キュイキュイ」
まだ早いと言わんばかりにレイに首を横に振られ、ロウはやれやれと苦笑いした。
「両チーム、先鋒は前へ出て下さい」
「「はい」」
キマイラ中隊が見守る中、フランの指示に従ってジョセフと風紀クラブからは刃引きされた訓練用の槍を持った男子学生が現れた。
「学生会庶務のジョセフです。よろしくお願いします」
「風紀クラブのトルクだ。よろしく頼む」
ジョセフは戦闘コースの1年生だがトルクは5年生だ。
軍の階級を口にしなかったのは階級によるマウントの取り合いを防ぐため、予め決められていたからである。
どちらも名乗って戦う準備は万端というところでフランがぴしっと手を挙げる。
「第一試合、始め!」
「先手必勝! オラオラオラオラァ!」
「無駄です」
トルクが槍を次々に前に突き出すが、ジョセフはそれが遅いと言わんばかりに冷静にフットワークだけで躱す。
(俺が手加減した肆式:疾風怒濤で鍛えたんだ。その程度じゃ当たらんよ)
シルバはトルクの連続突きが遅かったので、ジョセフにはまず当たらないだろうと思った。
手加減したシルバの肆式:疾風怒濤ですらこの攻撃よりも速く、この技を躱すことだけに専念させる特訓をさせたから、ジョセフにシルバよりも遅い者の攻撃が当たる訳ない。
彼が無駄とそう言ったのはこの程度の攻撃が当たるはずないという自信の表れだろう。
トルクはどうして自分の攻撃が当たらないのかと焦った。
また、この攻撃を止めたら不味いとも思った。
もしもこの攻撃を止めてしまえば、間違いなくジョセフの反撃が待っている。
そうであるならば、自分が攻撃を続けられなくなるまで攻撃し続けるしかないと判断して連続突きを止めなかった。
「スピード、落ちてますよ」
「クソッ」
トルクは余裕そうな表情のジョセフを見て苛立つが、まるで当たる気配のしない自分の攻撃に危機感を覚えた。
連続突きは瞬間的な無酸素運動だから長くは続かない。
スピードが落ちて来たということは、自分の息が続かなくなっていることを示している。
ジョセフはトルクの連続突きに綻びが見えた瞬間を狙い、トルクの懐に潜り込んでから背負い投げをしてトルクを地面に打ち付けた。
「がはっ!?」
「降参してくれますよね?」
「・・・クソッ、降参だ」
背中から地面に倒されたトルクの手から槍は離れ、それをジョセフが蹴飛ばしてからトルクの重心を踏みつければトルクに勝ち目はない。
トルクは降参するしか選択肢がなくて降参した。
「そこまで。第一試合、勝者はジョセフ」
フランがジョセフの勝利を告げるとウォーレスは舌打ちする。
「畜生、あいつは1年生じゃなかったのか?」
「ウォーレスさん、1年生で間違いありません。ですが、
「そんなものは見ればわかる! ウェイン、お前が倒して風紀クラブの力を見せつけて来い!」
「わかりました」
ウェインと呼ばれた副将がジョセフの前に移動した。
その時には既にジョセフもトルクを解放してウェインと向かい合っていた。
「風紀クラブ副クラブ長のウェインです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ウェインはジョセフと同じく徒手空拳で戦うらしく、武器は何も持っていなかった。
両者の準備が整ったのを確認してフランが合図を出す。
「第二試合、始め!」
「今度は俺から行きます!」
全て躱していたものの、トルクにずっと攻撃され続けていたのがストレスだったのかジョセフが攻める。
距離を詰めたジョセフが右ストレートを放つと、ウェインはそれを左腕で弾いて反撃を仕掛ける。
その反撃は速く、ジョセフの体に命中しそうだったが体を捻って回避した。
捻った動作を活かしてジョセフが裏拳を仕掛けるが、ウェインは回し蹴りで避けながら反撃した。
「見様見真似:柳舞」
(まだまだ粗いがそれっぽくなってきたな)
シルバはジョセフが參式:柳舞擬きを使ってウェインの回し蹴りを受け流したことに感心した。
ジョセフはシルバに学生会活動の隙間時間で指導してもらい、どうにか【村雨流格闘術】を習得しようとしていた。
シルバの場合、戦いのたの字も知らずに異界に迷い込んだため、【村雨流格闘術】の基礎の型を使いこなせるまで3年以上かかった。
しかし、ジョセフの場合は既に徒手空拳での戦い方を知っていたので、1年鍛えれば基礎の型を身に着けられるだろうとシルバは見ていた。
それゆえ、粗さはあってもかなり參式:柳舞に近い動きをジョセフができていたのはジョセフに素質があるということである。
これもシルバに基礎の型を見せてもらい、シルバが帝国軍のミッションで不在にしている時も時間があればその型を真似していた努力が実ってのことだろう。
見様見真似:柳舞で回し蹴りを受け流されてバランスを崩したウェインに対し、ジョセフはシルバの見慣れた構えを取った。
「見様見真似:拳砲!」
壱式:拳砲は衝撃波を生む程速く拳を突き出して初めて成功する。
ジョセフは筋肉をしっかり鍛えていたことにより、壱式:拳砲と呼ぶにはまだ威力不足だが衝撃波を拳から飛ばすことに成功したのだ。
「ぐっ!?」
体の側面に衝撃波をぶつけられてウェインは1mぐらい吹き飛ばされた。
威力が本家には届かなくとも、至近距離で受ければそれなりのダメージになるようでウェインの顔は痛みに歪んだ。
「ウェイン、何をやってる! 1年生に遅れを取るんじゃない!」
「わかってます、よ!」
ウォーレスから叱咤され、ウェインは語尾に合わせて力強く踏み込んでジョセフと距離を詰めた。
そして、この距離なら躱せないだろうという確信を持ってジョセフに乱打を仕掛ける。
「見様見真似:柳舞」
ジョセフはまだ肆式:疾風怒濤を擬きのレベルでも放てるように放っていなかったため、見様見真似:柳舞で応じた。
ただし、まだまだ粗い部分があるのでウェインの攻撃全てを完全に受け流すことはできず、何発か受けてしまった。
(ウェイン先輩の乱打を全て防ぐにはまだ経験が足りないか)
シルバが見守っている中、守勢に回っていたジョセフが守りを捨てる決断をする。
「ガストコンビネーション!」
見様見真似:柳舞から自分の使い慣れた
受け流しでは捌き切れないならば、攻撃を攻撃で打ち破るという選択をしたらしい。
息が続かなくなって来たウェインの乱打はスピードも威力も落ちて来たため、ジョセフの攻撃によって打ち破られてしまい、ウェインはバランスを崩した。
「見様見真似:拳砲!」
ガラ空きになったウェインの鳩尾にジョセフの見様見真似:拳砲が決まり、ウェインは息を吐き出して膝から崩れ落ちた。
気絶こそしていないが、俯せに倒れたウェインが立ち上がれないようにジョセフが踏みつければ勝負は決まったと言えよう。
「そこまで。第二試合、勝者はジョセフ」
フランがジョセフの勝利を告げるとウォーレスは舌打ちする。
「チッ、どいつもこいつも! こうなったら俺が3タテしてやる!」
トルクとウェインを倒したジョセフだが、連戦で疲労しているのは間違いない。
その状態のジョセフをきっちり潰そうとするウォーレスを見てアリエルがジョセフを手招きした。
「ジョセフ君、お疲れ。後は僕に任せてよ」
「わかりました。後はお願いします」
(ウォーレス先輩終了のお知らせだな)
アリエルがジョセフからバトンを受け継いだため、シルバはそんな風に心の中で思った。
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