第150話 俺がシルバさんに戦ってもらったのは本当に幸運だったんだな


 トルクとウェインが庶務のジョセフに負けるという想定外の事態にウォーレスは苛立っていた。


 それをわかっていながらアリエルは笑顔でウォーレスに挨拶する。


「学生会会計のアリエルです。よろしくお願いしますね、


「・・・風紀クラブのクラブ長、ウォーレスだ」


 (挨拶で軽く煽ってるんだよなぁ)


 挨拶をするだけにもかかわらず、ウォーレスがアリエルを見る目は親の仇でも見ているようなものだった。


 手に持った剣で斬っても罪に問われないならば、何度でも斬ってやろうとするに違いない。


 そもそも、先輩呼びしているがアリエルにウォーレスを敬う気なんてない。


 帝国軍の階級的にはアリエルが能天使級パワーでウォーレスが大天使級アークエンジェルだから、アリエルはウォーレスが勝手に自分に嫉妬して来る愚かな人としか思っていないのだ。


 挨拶が済んで両者の準備が整ったのを確認してフランが合図を出す。


「第三試合、始め!」


「喰らえやゴラァアァァァ!?」


 冷静さを欠いていたウォーレスが訓練用の剣を上から振り下ろしながら接近しようとしたが、アリエルはウォーレスが踏み込むはずだった地面を凹ませて転ばせた。


 無詠唱の<土魔法アースマジック>で小さな落とし穴を作ったのである。


 騒乱剣サルワを抜く訳にはいかないから、アリエルは<土魔法アースマジック>でグラウンドの土を使って腕を作り出してウォーレスを拘束した。


 その腕を操ってウォーレスを強制的に起き上がらせた後、土の腕を十字架に変形させながらウォーレスの手足を動けなくさせた。


 剣も転んだ拍子に手放してしまったため、ウォーレスにはアリエルに反撃する手段はない。


 これだけでもう勝負は決まっている。


「つまらないですね。もう終わりですか?」


「おい、卑怯だぞ! 正々堂々戦え!」


「頭腐ってるんですか? あぁ、失礼しました。その頭の中には木屑しか入ってないんですよね?」


「ああ゛ん!?」


「モンスターや盗賊、サタンティヌス王国の兵士に正々堂々戦ってもらえると思ってるんですか? だとしたら、は軍人には向いてないからこの学校を止めろ」


 アリエルが最後の一言だけ丁寧な口調を止めて殺気を纏わせたため、ウォーレスは急激に静かになった。


 騒乱剣サルワを従える実力があり、シルバが背中を預けて戦えると思っているアリエルの言葉には迫力があった。


 ウォーレスだって戦闘コースの5年生だから、モンスターとは学外で何度も戦ったことがある。


 それでも本当に危険なモンスターと1対1で戦ったことはないから、モンスターの脅威を正しく認識できていないのだろう。


 アリエルが指をパチンと鳴らせば、十字架は地中に少しずつ埋められていく。


 十字架の刺さった地面もアリエルが掌握しているので、どんどん十字架ごとウォーレスの体が地中に向かって進む。


「盗賊は自身が女でもない限り男は容赦なく殺す。サタンティヌス王国軍なんて軍服を着てるなら男女構わず殺すだろうね。それに比べて僕はまだ優しい方さ。お前の体にわからせてあげるだけで済ませようとしてるんだから」


「わ、わからせるって何をする気だ!?」


「そりゃ実際にやられてみてからのお楽しみだよ」


 十字架が地中に埋まる速度が一気に上がり、あっという間にウォーレスは生首状態でグラウンドに埋められてしまった。


 アリエルが<火魔法ファイアマジック>で火の矢を創り出し、その照準を自分の顔に定めたと察してウォーレスの顔色が真っ青になる。


「や、止めろ!」


「止めろ?」


「止めて下さい! 俺が悪かったです!」


「何が悪かったのかな?」


 火の矢が少しずつ迫ってきたことでその熱が伝わって来たため、絶望的な状況に追い詰められたウォーレスの目には涙が浮かび上がっている。


「数々の身の程知らずの発言をお詫び申し上げます! これからは学生会の指示に従って動きますので何卒ご容赦下さい!」


「わかれば良いんだよ」


 ウォーレスの心が完全に折れたと悟り、アリエルは火の矢を消してウォーレスの体をグラウンドの上に移動させた。


「そこまで。第三試合、勝者はアリエル」


 フランがアリエルの勝利を告げると、キマイラ中隊第三小隊のメンバーはドン引きしていた。


「俺が望んでた展開はこんな感じではなかったのだが・・・」


「俺がシルバさんに戦ってもらったのは本当に幸運だったんだな」


「えげつない」


 第一小隊と第二小隊のメンバーはアリエルのやり方に慣れているため、苦笑するだけに留まった。


 味方のジョセフはといえば、シルバの方を見て口をパクパクさせていた。


「ジョセフ、深呼吸して落ち着け。敵対しない限りアリエルはあんなことしないから」


 シルバに言われてジョセフは深呼吸して落ち着きを取り戻した。


「なんですかあれ? 学生と軍人ってあんなに違うもんなんですか?」


「アリエルはとりわけ敵に容赦しないから差が激しいけど、詰めが甘いとやられるのは自分達だからまともな軍人なら徹底的にやるね」


「俺、まだまだ甘ちゃんでした。精神も鍛えます」


「それが良いと思うぞ」


 ジョセフを変に甘やかした結果、ジョセフが将来配属された場所であっさり死んでしまうなんてことは避けたいのでシルバは頷いた。


 そこにソッドがやって来てシルバに声をかける。


「おーいシルバ君、模擬戦やろうか」


「そうですね。ルールは今日もいつも通りですか?」


「勿論。なんでもありでやろう」


「わかりました」


 チラッと横を見れば、ヤクモが後輩達を安全な所に移動させており、ロウがアリエルから逃げ回っていてシルバもソッドと自由に模擬戦ができる状況になっていた。


「フラン、悪いけどもう一戦だけ審判をやってもらえないか?」


「わかりました。折角なので間近で勉強させてもらいます」


 ソッドとシルバはフランにとって格上だから、2人の模擬戦を見られるのならば審判を引き受けるのに異存はない。


 両者の準備が整ったのを確認してフランが合図を出す。


「試合開始!」


「まずはウォーミングアップだよ」


 そう言ってソッドは<雷魔法サンダーマジック>を発動し、シルバに向かって数本の雷の槍を無詠唱で射出する。


「伍式雷の型:雷呑大矛らいどんたいむ!」


 シルバが技名を唱えて全身にオーラを展開すると、ソッドの放った雷の槍がシルバのオーラに吸収されてからシルバの右手に大きな雷の矛として出力された。


 伍式雷の型:雷呑大矛は魔法系スキルによる攻撃を自身のオーラで吸収した後、大きな雷の矛に変換して自身の武器にする技だ。


 変換の際にロスが少ないから、特に雷系統の魔法系スキルを防ぐのにシルバは重宝している。


 その矛をシルバがソッドに投げ返せば、ソッドは雷付与サンダーエンチャントを発動した剣で矛の軌道を逸らした。


「良いね! 実に良い!」


「次はこちらから行きます。壱式光の型:光線拳!」


 発生の速い技でシルバが反撃するが、ソッドは雷を付与した剣で自分に向かって飛んで来た光線を真っ二つにしてみせた。


 しかし、それはシルバの想定内であり、ソッドが光線を斬るのに注意を向けていた隙にシルバは自身の体に雷付与サンダーエンチャントをかけて一気に距離を詰めていた。


「參式光の型:仏光陣!」


「しまった!」


 懐に入られた状態で目潰しをされてしまえば、流石のソッドも周囲に無差別攻撃をする回転斬りで対処するしかなかった。


「參式雷の型:雷反射!」


 シルバは雷を強く放出しながらソッドの回転斬りの軌道を見切って受け流し、ソッドのバランスを崩したところで反撃を仕掛ける。


「壱式:拳砲!」


「ぐっ!?」


 至近距離から無属性とはいえ攻撃を喰らえば、ソッドの体も後ろに吹き飛ばされてしまった。


 シルバの攻撃がぶつかる直前に後ろに大きく飛んでいたため、ダメージを幾分か受け流すことはできたが無傷ではいられなかった。


 これにはソッドも苦笑するしかない。


「はぁ、参ったね。遂に制限ありのシルバ君に一撃貰っちゃうとは」


「それでも手応えがいまいちでしたから、まだまだソッドさんも余裕があるじゃないですか」


「そりゃこれで負けたら先輩としての沽券に係わるからね」


 シルバとソッドの会話を聞いているフランは、2人と自分の差を思い知らされて口をパクパクしていた。


 この後もシルバとソッドはしばらく体を動かしてから模擬戦を終えた。


 89期学生会の合宿の延長線としてジョセフに風紀クラブとの模擬戦を用意したのだが、最終的にはソッドとの模擬戦で自分もちゃっかり鍛えるシルバだった。

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