第15章 拳者の弟子、盗賊狩りに勤しむ

第151話 そんなお前達にアタックチャンス

 夏休みが開けた9月後半、B2-1ではアリエルの周りにクラスメイト達が集まっていた。


「アルって女だったのかよ!」


「偽装、完璧」


「騙された」


「ごめんね、実は男装してたんだ。もう男装する必要がなくなったから、女子用の制服にしたんだよ」


 ヨーキとソラ、リクは全く気付いていなかったらしく、女子用の制服を着たアリエルを見てびっくりしていた。


 ヨーキ達のように声に出すまでではないが、それ以外のクラスメイト達もアリエルが男子じゃなくて女子だったと知って驚いていた。


 その中で唯一タオはしてやられたという表情だった。


「まさかアル君にも先を越されるとは・・・」


 去年、文化祭でタオはシルバとエイルが仲良く歩いて回っているのを見たから、エイルがシルバを気に入っていることには気づいていた。


 ところが、シルバが力天使級ヴァーチャーになって重婚が認められたタイミングでアリエルが男装するのを止めてシルバと婚約したと聞けばタオの心中は穏やかではいられない。


 エイルとアリエルが協定を組み、これ以上シルバに婚約者は追加させないと言い出したらタオにはどうにもできないからだ。


 タオは入学当初、B1-1で成績に置いて下から数えた方が早い位置にいたが、天使級エンジェルに昇格したことで一目置かれるようになった。


 独自の薬品調合で更なる昇進を目指し、シルバに少しでも追いついてからアタックしようとしていたけれど、今年の夏休みで他のクラスメイト全員が天使級エンジェルに昇進したことで自分のアドバンテージがなくなってしまった。


 その事実に加えてアルが本当の性別をカミングアウトすれば、状況はタオにとって芳しくなかった。


「ねえ、アリエル」


「何かなサテラ?」


「アリエルってこの前の夏休みまでシルバと一緒の部屋だったでしょ。何もなかったの?」


 サテラの質問でB2-1の時間が止まった。


 軍学校の学生寮で戦闘コースの首席と次席が部屋で何かしていたのではないかという疑問は遅かれ早かれ出て来るだろうものだった。


 それが偶然サテラの口から出て来ただけで、この場にいる誰しもが気になっていた質問である。


「何もなかったよ。だって、シルバ君と僕は護衛してもらう人と護衛する人って関係だったから。それに、シルバ君って恋愛関係の話題に疎いし」


「あぁ、確かに」


 護衛する護衛されるという関係よりもシルバが恋愛関係の話題に疎い方でサテラは納得し、その周りの女子学生達も納得したように頷いた。


 次に質問したのはメイだった。


「ねえ、なんで男装は止めたのに一人称は僕なの?」


「それは慣れの問題というか癖というか・・・」


 メイの素朴な疑問にアリエルは言い淀んだ。


 サタンティヌス王家から姿を隠すことになって以来、一人称はずっと僕だったせいで自分のことを私と言おうとすると恥ずかしくなってしまうのである。


 加えて言うならば、エイルの一人称が私なので差別化しないと個性でアピールできない思っており、わざわざ直さなくても良いんじゃないかと考えている。


 シルバから変だから一人称を変えたらどうかと言われたこともないので、今のところよっぽどの事情がなければ今まで通りに僕を一人称にするつもりだ。


 B2-1の教室が盛り上がっている中、ポールが今日も気怠そうに教室に入って来た。


「お前等ー、早く席に着けー。アルはアリエルだった。それ以上でもそれ以下でもないから早く慣れろー」


「ハワード先生、説明が雑だと思います」


「ロック、軍人になれば詳細も知らされずにミッションに向かわされることだってあるんだぞー」


「えっ、軍でそんなことがあるんですか?」


 そんな馬鹿なと言いたげな顔のロックに対し、ポールが世知辛い現実をうなずくことで伝えた。


「シルバ達も夏休みに入る前のミッションがまさにそんな感じだったじゃないか。具体的な脅威の情報もなくサバーニャ廃坑を探索させられたんだから」


「そうなの?」


 ポールの言葉が真実なのかとロックがシルバの方を向いて訊ねれば、シルバがその通りだと頷く。


「複数種類のモンスターが住み着いてるって情報は教えてもらえたけど、ブラック級モンスターが3体もいるなんて聞いてなかったよ」


「うわぁ」


「そんな遠征から帰って来て休むことなくブラック級モンスターを倒したんんだから、力天使級ヴァーチャーになれるのも当然だろ。俺も戦わされて嫌になっちまったし」


「これから先、レッドモンスターが雑魚モブ扱いされる世の中になって来てしまたんですね・・・」

 

 ポールの発言にショックを受けたのはロックだけではないようだ。


 シルバとアリエル以外のクラスメイト全員は、ようやくレッド級モンスターと1対1で使えるようになったばかりである。


 そんなレッドモンスターが雑魚モブ扱いされると思えば、教室内がどんよりした空気になってしまうのも仕方あるまい。


「そんなお前達にアタックチャンス」


「キュイ?」


 急にポールがポールらしからぬ言動を取り始めたため、シルバの隣でおとなしくしていたレイがどうしたんだと首を傾げた。


 レイの純粋な眼差しに向けられてしまえば、ポールは余計なことをするんじゃなかったと言わんばかりに咳払いをして空気をリセットした。


「まあ、その、なんだ。2学期からは今までよりも実戦的なカリキュラムになる。状況によっては遠征も想定したミッションが舞い込んで来る可能性があることを伝えておこう」


「ハワード先生、質問良いですか?」


「シルバか。何が訊きたい?」


「俺とレイ、アリエルはキマイラ中隊のミッションを優先することになりますよね。そうなると、今までのように他のクラスメイトとミッションを受けられなくなるんでしょうか?」


「近場ですぐに帰って来れる場合のみ、シルバ達は他のクラスメイトと一緒にミッションを受けられる。だが、遠征になるようなミッションはシルバ達には受けさせてやれない。いくらマジフォンがあるとはいえ、キマイラ中隊として合流できない可能性があるのは不味いのでな」


 ポールの説明を聞いてヨーキ達ががっかりした。


 ニュクスの森とへメラ草原、アイテル湖は軍学校の学生が精力的にミッションを受けたため、かなり安全な場所になりつつある。


 割災でエリュシカに紛れ込んだモンスターの中でも弱いモンスターはどんどん数が減っており、学生では倒し切れないモンスターは軍人が討伐して回っている。


 盗賊も治安の良いディオス近辺では現れなくなり、現在のディオス近辺はモンスターと盗賊の被害が過去10年を振り返って最も少ない状態にあるのだ。


 それではミッションに張り合いがないので、折角シルバやアリエルと一緒になれても自分の成長を見てもらえる機会はやって来そうにない。


 だからこそ、ヨーキ達はがっかりした訳である。


「今の説明でがっかりしたかもしれんが、逆に言えばシルバやアリエルが同行できない以上、達成すれば功績はお前達のものだ。勿論危険も増すけれど、ハイリスクハイリターンなのは当然だろう。2年生の内に大天使級アークエンジェルを目指してみろ。それだけでも張り合いがあるはずだ」


 シルバやアルという例外のせいで忘れられがちだが、普通は2年生の1クラスが全て天使級エンジェル以上というだけで優秀なのだ。


 5年生でも大天使級アークエンジェル権天使級プリンシパリティなのだから、2年生の内に大天使級アークエンジェルを目指すというのはハードルの高い目標と言えよう。


大天使級アークエンジェル・・・」


力天使級ヴァーチャー能天使級パワーがいるクラスなんだから、天使級エンジェルで満足しちゃいけねえなぁ。いけねえよ」


大天使級アークエンジェルに私はなる!」


 天使級エンジェルに昇進したばかりの者もいるが、ポールの話を聞いてすっかりやる気になったらしい。


 昇進という希望でワクワクするクラスメイト達を放置してアルもポールに質問する。


「ハワード先生、実技の授業で上級生との模擬戦はできないんですか?」


「・・・調整しても良いがシルバとアリエルとは誰も戦いたがらないと思うぞ?」


「なんでですか?」


「そりゃお前達が風紀クラブの上位3人をやっつけたからだろ。あの一件は学校で知らない者はいないから、ウォーレスと同じ目に遭いたくないって相手をしてくれないだろうさ」


「軟弱ですね。その程度で軍人になれると思ってるんでしょうか?」


 (軟弱だとは思うけど、アリエルがやり過ぎなのもまた否めないんだよな)


 アリエルがウォーレスを一方的にやり込めて心を折ったことを思い出し、シルバは苦笑するしかなかった。


 ホームルームは以上で終わり、ポールは午前が実技の授業なのでグラウンドに学生達を連れて移動した。

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