第155話 さあ、尋問のお時間っすね。アリエル先生、いつものようにおねしゃす

 翌日、キマイラ中隊第一小隊から第三小隊が全員集められてカヘーテ渓谷に向かった。


 ポールはディオスに残り、いざとなった時に帝国軍本部の関係各所と連絡が取れるようにしている。


 したがって、現地で指揮を執るのは中隊長兼第一小隊長のソッドである。


 今回のカヘーテ渓谷への突撃作戦では、第二小隊が非常時に備えた抜け道を潰せるだけ潰した後、第一小隊と第三小隊が盗賊達の普段使う道を封鎖するようにして突撃して挟み撃ちする予定だ。


 抜け道を潰す方法はアリエルの<土魔法アースマジック>である。


 普段使う道を潰せば、当然のことながらカヘーテ渓谷に巣食う盗賊達は抜け道を使おうとするだろう。


 しかし、そこで抜け道がなくなれば盗賊達は慌てて正常な判断ができなくなるだろうから、精神的に追い込んだところでシルバ達が新しい穴を開けて突撃する訳だ。


 茶髭はカヘーテ渓谷内では底辺なので、知っている抜け道は少ない。


 それゆえ、シルバ達の察知能力を駆使して事前に把握できていない穴を見つけなければ作戦の効果は薄い。


 そもそもの話になるが、12人と1体でカヘーテ渓谷にいる盗賊団全てを討伐できるとはポールを含めキマイラ中隊全員考えていない。


 本来ならばもっと帝国軍本部の戦力を動員したいところだけれど、大掛かりな作戦では準備に時間がかかって動きをカヘーテ渓谷に知られる可能性があるからそれもできない。


 結果として、現状でできることを最大限行う今回の作戦が決まった。


「シルバ君、ここの穴も塞いだよ」


「OK。これで茶髭から聞いた抜け道は全部塞げたな」


「シルバ君、掲示板でわかってる穴を全部塞いだって打ち込んでおきました」


「ありがとうございます、エイルさん」


 第二小隊は着実に自分達の仕事を進め、その旨を掲示板経由でエレンとクランに伝えている。


 作戦中は掲示板を確認する人員は各小隊で決められており、第一小隊がエレンで第二小隊がエイル、第三小隊がクランだ。


 第二小隊以外は小隊長補佐を務める者がチェックするようにしている。


 第二小隊はロウが小隊長補佐だが、ロウは掲示板のチェックよりも大事な斥候の役割を果たすためにエイルが代行することになったのである。


 そこにロウが戻って来た。


「シルバ、ここから少し進んだ所に抜け穴を見つけた」


「潰しに行きましょう」


「だな」


 ロウが見つけた事前情報になかった抜け穴に到着すると、運悪く盗賊と遭遇してしまった。


「だ」


「言わせない」


 誰だと叫ぼうとした盗賊に対し、シルバが無詠唱の壱式:拳砲で吹き飛ばして気絶させた。


「キュウ」


 レイがすごいと言わんばかりに鳴いた。


 シルバはレイの頭を撫でながら騒いじゃ駄目だぞと言い聞かせる。


 その間にロウが気絶した盗賊を穴の外に連れ出し、アリエルが<土魔法アースマジック>で抜け穴を閉じた。


「さあ、尋問のお時間っすね。アリエル先生、いつものようにおねしゃす」


「なんですかその口調? ロウ先輩、三下感が増すので普通に喋って下さい」


「了解」


 アリエルに三下扱いされるとなれば、絶対にこき使われると判断してロウはすぐさまいつも通りの口調に戻した。


 アリエルは落とし穴を掘って捕えた盗賊を首だけ残して埋め、エイルが気付け薬を嗅がせたことで盗賊の目が覚める。


 盗賊が目を開けて最初に見たのはアリエルの騒乱剣サルワだった。


「叫べば殺す。わかったら一度だけ首を縦に振れ」


 シルバにそう言われて盗賊は指示に従った。


 遭遇して早々に無力化されて捕まった今、自分の命が目の前のシルバ達に握られているのは明らかなのだ。


 少しでも生き延びられる可能性があるならばと盗賊は従順に従ったのである。


「訊かれたことだけに答えろ。お前は誰だ? どの盗賊団に所属してる?」


「マギー盗賊団のバット」


「裏切者バットだね」


「へぇ、こいつがそうか。手配書には顔のスケッチがなかったからなぁ」


 バットと聞いてアリエルとロウは目の前の盗賊が賞金首であることを理解した。


 裏切者バットとはバットがいくつもの盗賊団を渡り歩いているからその通り名になったのだ。


 バットは小心者で何かあった時にすぐ逃げ、逃げて残された盗賊団は全て討伐されている。


 逃げた先で他の盗賊団に加入できるように所属する盗賊団の情報をしっかり入手しておくのはバットの常套手段だ。


 いくつもの盗賊団の情報を持っているバットならば、盗賊団としてのノウハウもあるから盗賊団を立ち上げてから浅い者達にとっては欲しい人材である。


 そんなバットが今回も危険を察知して逃げたのだが、シルバ達に捕まってしまったのだから年貢の納め時なのだろう。


「なんでも話す。だから、命だけは」


「おい、シルバ君が勝手に喋るなって言ったよね?」


 自分のネームバリューがあればなんとかなるかもと思って喋ったバットだったけれど、アリエルが余計なことは喋るなと騒乱剣サルワを首筋に当てられてすぐに黙った。


 アリエルの目を見て直感的にこの4人と1体の中で一番ヤバいのはアリエルだとわかったらしい。


 バットが黙ったところでシルバが口を開く。


「質問を続ける。お前は何故逃げ出そうとした?」


「直感だ。ヤバい予感がしたから逃げ出した。こういう時の俺の直感が外れたことは一度もないんだ」


「他に逃げ出した奴はいないのか?」


「いないはずだ。少なくとも、俺は仲間に無断で逃亡した」


 バットが裏切者と呼ばれても生き残り続けられたのはその直感のおかげだろう。


 真っ当な職業ではなく討伐されて当然な賞金首になってなお、生き残り続けられるのは才能と呼んでも過言ではない。


 もっとも、その才能もシルバ達に出会うのを回避させてはくれなかったのだが。


 シルバは自作の地図をバットに見せて質問を続ける。


「バット、ここに記された抜け道以外にいくつ抜け道がある?」


「俺が知ってるのはあと3つだ。まだあるかもしれんが、俺も情報収集できない連中がいるんでな」


「その抜け道はどこだ? 俺がペンで書くから位置を知らせろ」


「わかった」


 バットはシルバの指示に従って地図のどの位置に自分の知る抜け道の場所を伝えた。


 それをメモしてシルバはカヘーテ渓谷が抜け道だらけだと心の中で苦笑した。


 バットも手を出せない盗賊団がいるならば、軽く見積もっても現在明らかになっている分よりも抜け道の数は多いはずだからだ。


「お前が情報収集できなかった盗賊団の数と詳細を教えろ」


「数は2つ。アルベリ盗賊団とウェハヤ盗賊団。どちらも元々帝国由来じゃない。トップが軍人崩れか帝国に潜入してる軍人に違いない」


 アルベリ盗賊団とウェハヤ盗賊団はシルバも知る有名な盗賊団だ。


 帝国を本拠地とする盗賊団であることは知られているが、どこが本拠地なのかは知られていなかった。


 それが帝国軍もミッションでもなければわざわざ足を踏み入れないカヘーテ渓谷にいるとわかれば頷ける。


「アルベリ盗賊団とウェハヤ盗賊団の団長に会ったことはあるか? 見かけたでも構わない」


「会って喋ったことはない。見かけたことはある。だが、もう二度と会いたくない。命がいくつあっても足りない」


「アルベリもウェハヤもそれだけの強者だってことか?」


「その通りだ。そもそも俺はある程度護身できるぐらいで戦うことも極力避けてるんだよ」


 これもまたバットが盗賊なのに生き残ってこれた理由である。


 不用意な戦闘を避ければ死ぬ危険性は減るのだから、わざわざ戦う必要はないだろう。


「アルベリとウェハヤが他国の軍人もしくは軍人崩れだと判断した理由はなんだ?」


「アルベリは帝国では見ないサタンティヌス王国軍が使う槍を使ってるのを見かけた。我流特有の隙がないから元々はちゃんとした修練を積んでたはずだ」


「ウェハヤについてはどうだ?」


「1人でトスハリ教国の聖句を唱えてるのを偶然遠くから見つけたことがある。あの国出身の盗賊と何度か仕事をしたが、いずれも神への信仰なんて捨ててた。それなのにウェハヤは捨てずにいる。その時点でちゃんとした身分があるか、そうあろうとしてる軍人崩れの可能性が高い」


 バットの語る根拠に不自然な点はなかった。


 アリエルはシルバにそっと耳打ちする。


「シルバ君、バットは生きて連れ帰って牢屋に繋げよう。帝国軍が知らない有用な情報を知る限りは生かすって条件にすれば、今みたいにぺらぺら喋ってくれると思う」


「そうだな。生け捕りにできる数は限られてるが、こいつは生け捕りにした方が良さそうだ」


 シルバはアリエルの意見に賛成してバットを生きたままディオスに連れ帰ることに決めた。

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