第329話 俺の家族に手を出すな

 シルバ達が階段を降りた先には分厚い石の扉があった。


「肆式土の型:粉化鋼羅」


 分厚い扉もシルバのラッシュを受けて粉砕され、その中は床に魔法陣の描かれた薄暗い部屋だった。


 壁際には松明が等間隔に設置されており、夜目が効かなくとも室内の様子をしっかりと見られるようになっている。


 魔法陣は既に光を失っていて、五芒星の頂点にはそれぞれドヴェルグが立っていたのかローブだけが落ちていた。


 肝心の魔法陣の中心には、赤銅色の肌を持つ筋肉質な男性の姿があった。


 その男性は以前シルバ達が見た教皇の服を身に着けている。


 しかし、シルバ達は彼の顔を見たことがなかったので困惑した。


 疑問を疑問のままにしてはおけないから、代表でシルバが訊ねる。


「お前は誰だ?」


「「我が名はトスハリ。生命の探究者だ」」


 (声がブレた? 別の声も一緒に聞こえたぞ?)


 トスハリ教が崇めるトスハリ自身が現れたことにびっくりしたのもそうだが、シルバは自分の耳に届いた声が目の前の男性の他にも聞こえたので、この部屋に誰か隠れているのではないかと急いで周囲を見渡した。


 その様子がおかしくてトスハリは笑う。


「「この部屋には我と其方等しかおらぬよ。我はこの体を乗っ取ったが、其方等が暴れた影響で魔法陣に不具合が生じて体の主の声が二重に聞こえるようになったのだよ」」


「体を乗っ取っただと? そもそも、お前は過去に実在してた人間なのか?」


「「トスハリ教が崇めるトスハリとは我のことだ。我を現人神として祀ることを後世に伝えること、我が遺した研究の通りに事を運ぶように遺言書を用意したのだ。どちらも熱心な協力者達のおかげで及第点と言える結果になったよ」」


 久し振りに人と話せるからなのか、トスハリは機嫌良く解説する。


「そこに5人分の服があるのはなんでだ?」


「「これは身体錬成陣と言ってね。我が蘇るための器を錬成する魔法陣さ。まあ、起動させれば五芒星の頂点に立つ者の生命力を根こそぎ奪うから、その辺はぼかして我が復活するために必要とだけ記しておいたがね。追い詰められた時に機動させよとも記したから、まさに今の状況は我を復活させるべき時だと思ったのだろう」」


 トスハリの話を聞いてエイルはムッとした表情になる。


「自分を信仰する者達を裏切ってまで復活するなんて酷くありませんか? そこまでして復活したいのですか?」


「「ああ、復活したいね。というか、現に我は復活してるではないか。それが答えさ」」


 何を当たり前なことを言うんだとトスハリはエイルを馬鹿にするような笑みを浮かべた。


 言葉を失うエイルに変わり、アリエルも自分の疑問を解決するべく訊ねる。


「もしかして、殉教昇天陣って身体錬成陣の前段階の魔法陣なの?」


「「その通りだ。教皇が死ぬ時、トスハリ教国の人と街を生贄に捧げ、我の復活に相応しい素材に転生させる魔法陣さ。きっと素材達も神の血肉になれたことを光栄に思ってるに違いない」」


 自分を復活させるためなら信者を素材扱いするトスハリを見て、シルバ達はドン引きした。


 アリエルだけが顔色を変えずに質問を続ける。


「次の質問。英雄召喚陣はどうして開発できたの?」


「「そんなものは簡単だ。そもそも我が異世界人だからに決まってる。我が異世界からエリュシカに来るために使った魔法陣を改良し、私の素材を少しでも質の高いものにしようと考えてできたのが英雄召喚陣だ。残念ながら、我の器にはその因子が感じ取れないから、素材共が我の遺言通りに動かなかったようだがな」」


 この回答にはマリアが不快感を隠さない。


「お前みたいな下種の素材になるなんてごめんだわ」


「「ほう、其方は異世界の英雄だったか。よろしい、ならばまぐわお」」


「肆式光の型:過癒壊戒」


 マリアはトスハリが言い終わる前に距離を詰め、トスハリの体に光る拳のラッシュを撃ち込んだ。


 トスハリは反応できずに向こう側の壁まで吹き飛ばされ、壁にぶつかった時には肉片と血で壁にシミを作っていた。


「私の体は安くないのよ」


 マリアがそのように言った途端、肉片と血が集まって空中で団子のようになった。


「「キヒヒヒヒ」」


「「行儀の悪い女だ」」


「「躾け甲斐がありそうじゃないか」」


 肉団子のあちこちに口が生じ、ブレた声が立て続けに聞こえる。


「何あれ気持ち悪い」


 アリエルは生理的に無理だったらしく、宙に浮かぶ肉団子を爆発エクスプロージョンで攻撃した。


 再び肉片と血が飛び散ったものの、時間をかけて先程と同じように喋る肉団子になっていく。


 それどころか、今度は眼球まで形成されてトスハリは完全に化け物になった。


「「「・・・「「URYYYYYYYYYY!」」・・・」」」


『そうはさせないよ!』


 トスハリの叫び声は地下室を激しく揺らし、室内の空気が急激に濁り始めた。


 嫌な予感がしたからか、レイは聖域サンクチュアリで自分達を守った。


 そのおかげで、天井が割れて瓦礫が降って来てもシルバ達は無傷だったし、濁った空気もすぐに浄化された。


 結果として、地下室は大きな穴に変わり、上を見上げれば赤い空が視界に映る状態になった。


 先程まで肉団子の化け物だったトスハリは体の形を変え、蛇のようになった。


 そのまま穴の外に飛び出して行き、外で待機していたファフニール達が怪しげな存在に<属性吐息エレメントブレス>を放って迎撃した。


 レイが聖域サンクチュアリを解除してからシルバ達は急いで地上に戻った。


 その時にはトスハリがファフニール達の攻撃から逃げ切り、火の海に飛び込んでいくところだった。


『おいシルバ、あれは一体なんだ!?』


「ドヴェルグ達の黒幕のトスハリだ! よくわからんがマリアが肉片に変えた後からおかしくなった!」


『マリア、お前の仕業かよ!?』


「しょうがないでしょ! あんな下種野郎に体を求められて不快だったから、過回復させて体組織をぶっ壊そうとしたの! それがやり過ぎちゃって、トスハリの細胞が暴走してるのよ!」


 (化け物状態はトスハリの能力じゃなくてマリアのせいだったのか)


 マリアに使う技は考えろとジト目を向けるのは簡単だが、それでもマリアが自分の身を守ろうと全力で攻撃したことを否定する訳にはいかなかったから、シルバ達は何も言わないし言えなかった。


 蛇のようになったトスハリは火の海の中からドヴェルグの死体を漁り、それを喰らってどんどん成長していく。


 ファフニール達が包囲して<属性吐息エレメントブレス>を放つのだが、ひょいひょいと躱しつつドヴェルグの死体を確実喰らって己の血肉にしているのだ。


 10分もしない内にトスハリはシルバ達の前に戻って来た。


 もっとも、その姿は元の姿とは全く異なり、三面六臂の大男になっていたのだが。


「感謝しよう、異世界の英雄」


「これで我は完全体になった」


「究極の恐怖を教えてやろう」


 声はブレることがなく、どの頭から聞こえるのもトスハリのものだけだ。


「恐怖を味わうのはお前だ」


 最初に仕掛けたのはアリエルとレイで、重力隕石グラビティメテオがトスハリ目掛けて墜落した。


『やったか?』


 ファフニールの配下のドラゴンの1体がそう言った直後、隕石が割れて無傷のトスハリが姿を見せた。


「準備運動にはなったぞ」


「礼をしなくてはな」


「そうだな、礼としてお前の首を貰おう」


 トスハリの中央の頭が言い終わった時、既にトスハリはアリエルと距離を詰めながら攻撃するモーションに移っていた。


「駄目です」


『甘いよ』


『やらせません』


 エイルとレイ、マリナが同時に反射領域リフレクトフィールドを発動したことにより、三重の結界がシルバ達を覆い、トスハリはそこに全力で衝突してしまった。


 ところが、3つある内の2つの結界が破られてしまい、トスハリの突進を反射したのは最後の結界だった。


 吹き飛ばされて背中から転んだトスハリだったが、すぐに跳ね起きてニヤリと笑った。


「面白い」


「これぐらいやってもらえなくては」


「張り合いがないからね」


 余裕ぶって歩き始めたその瞬間、トスハリが落とし穴に落ちた。


 それを見てニコニコするのは勿論アリエルである。


「強者面して反撃しようとしたのに落とし穴に落ちるってどんな気持ち?」


 その声が聞こえたのかはわからないが、落とし穴の壁を蹴って地上まで戻って来たトスハリはブチギレ状態だった。


「「「良いだろう。お前からぶち殺してやる!」」」


 更にスピードを上げて接近するトスハリに対し、シルバがアリエルの前に割って入って迎撃する。


「參式光の型:仏光陣・掌」


 光の大仏がシルバの上に現れ、その掌底打ちでトスハリを吹き飛ばした。


「俺の家族に手を出すな」


 シルバはそれだけ言ってトスハリと距離を詰めるべく駆け出した。

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