第330話 お前はここで終わりだ

 トスハリが体勢を整えた時、シルバは既に<音速移動ソニックムーブ>で距離を詰めていた。


 それだけでなく、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュも召喚して装備することも忘れていない。


「肆式火の型:祭花火」


「「「フンフンフンふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」


 最初は6本の腕で捌けていたトスハリだが、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュによる火傷と乾燥の追加効果で怯んだことでラッシュが当たるようになり、追撃の爆発が上乗せされて腕がボロボロになった。


「どうした? 図体だけ大きくなったところで体は十全に動かせないのか?」


「舐めるな!」


「驕るな!」


「侮るな!」


 驚異的なスピードで体を再生たトスハリは、両腕に雷を纏わせてラッシュし始める。


「全然駄目。肆式雷の型:雷塵求」


 腰の入っていないパンチなんていくらラッシュされても無駄だから、シルバは本物を見せてやるつもりで肆式雷の型:雷塵求を放った。


 トスハリは6本も腕があるはずなのに、腕が2本しかないシルバに自身の攻撃を攻撃で破られている。


 拳と拳がぶつかる時、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの刃が刺さるから、攻撃すればするだけトスハリにダメージが溜まっていく。


 トスハリが息切れしそうな頃合いを見計らい、シルバは強めの一撃を繰り出した。


 それがトスハリの体を後ろに吹き飛ばしたが、背中から地面に倒れた時にはトスハリの全ての腕が真っ黒で干しっぱなしにしていたかのように乾燥していた。


『ご主人、援護するよ!』


 レイはシルバだけには戦わせないんだと言い、倒れているトスハリを窒息領域サファケイトフィールドに閉じ込めた。


 酸素のない空間に閉じ込められたことにより、トスハリの体が青白くなってビクンビクンと跳ね始める。


「今度はなんだ? 弐式雷の型:雷剃・舞」


 トスハリの状態がよくわからないから、シルバはとりあえずトスハリの体をバラバラにするつもりで6つの雷を帯びた斬撃を放った。


 それらがトスハリの6本の腕を切断し、その切り口から火傷と乾燥の追加ダメージがトスハリを苦しめる。


 ところが、トスハリの体は急に全身が水膨れするように膨れ上がり、そのままパァンと音を立てて弾けた。


 (倒せたのか? いや、まだだな)


 トスハリの体が破裂したから倒せたのではと一瞬思ったシルバだったが、窒息領域サファケイトフィールド内に黒い靄が球体を形成するように集まり始めた。


「おいおい、今度はなんだ?」


『気持ち悪いから消し飛ばすね』


 レイは黒い靄を不気味に思ったらしく、窒息領域サファケイトフィールドを解除して<属性吐息エレメントブレス>の光のブレスでそれ目掛けて発射した。


 その時、黒い靄はレイのブレスを避けるべく地中に溶け込んだ。


 (そんなことできるのかよ? 隠し玉多過ぎじゃね?)


『シルバ、気を引き締めるのよっ』


『集中、乱す。良くない』


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュに注意されてシルバは気を引き締める。


 想定外の事態が起きていたとしても、ただポカンとしているより何が起きようが問題ないと気合を入れていた方が良いに決まっている。


 やがて、シルバ達が立っている場所が激しく揺れ始め、地面の中から岩の巨兵が飛び出して来た。


 一般的な兵士の像と違い、その姿は黒い靄になる前の三面六臂の阿修羅像と言えた。


『旧人類、滅ぶべし』


『愚民死すべし慈悲はない』


『我は偉大なり』


 その声は今までに聞いていたトスハリの声とは違い、生者に対する怨恨が込められたもののようにシルバは感じた。


 最も似ているものを例えてみるならば、ディオニシウス帝国で倒したザナドゥだろう。


「レイ、あいつに屍者昇天ターンアンデッドだ」


『任せて!』


 シルバがそう言うならばとすぐに行動に移り、レイは阿修羅像に屍者昇天ターンアンデッドを発動した。


『『『ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』』』


 阿修羅像が絶叫するのと同時に、阿修羅像から天に向かって光の柱が発生する。


 それに黒い靄が吸い込まれていくが、黒い靄はトスハリの頭を形成し、天に昇らないように悪足搔きして地上に降りようとする。


『まだだ! まだ逝けぬ!』


「お前はここで終わりだ。弐式雷の型:雷・舞」


 6連続で舞うように放たれた雷の刃が、トスハリの頭をバラバラに切断した。


 修復しようにも光の柱の吸引力が強く、遂にトスハリは再生できずにそのまま天に召された。


 光の柱が消え、周囲にトスハリや後続の敵の気配もしないことから、シルバは熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュに感謝する。


 (タルウィもザリチュも助かった。おかげで助かったよ)


『アタシ達がいる限り、シルバは最強なんだからねっ』


『ただし、拳者、除く』


『ザリチュ、それは言わないお約束なのよっ』


『失敬』


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが口論を始めたので、シルバは彼女達にお礼を言ってから送還した。


 そして、小さくなったレイがシルバにダイブした。


『ご主人、お疲れ様! トスハリに完全勝利だね!』


「レイの力があってのことだ。ありがとな」


『ドヤァ』


 シルバに頭を撫でられてレイは嬉しそうに甘えた。


 そこにアリエル達がやって来て、シルバ達は勝利を喜び合った。


◆◆◆◆◆


「・・・こうして、シルバはレイちゃんと一緒にトスハリを無傷で倒しましたとさ」


「お父さんたちすごい!」


「そうですね。それにしても、エルザは本当にこの話が好きですね」


「うん! お父さんたちのはなしっていつきいてもワクワクするもん!」


 トスハリとの決戦から5年後、エイルは娘のエルザにせがまれてシルバ達がトスハリを倒した話をムラマサ城の談話室でしていた。


 エルザは長女であり、シルバ達の武勇伝を聞くのが大好きな女の子だ。


 エイルはエルザを膝の上に乗せて話を聞かせていたが、別の椅子に座っているティファーナは次女のルミリアをベッドに寝かせて本を書いていた。


 ティファーナはエイルの話をBGMにしつつ、シルバ達の戦いを本にまとめているのだ。


「エイルさんは本当に話すのが上手ですね」


「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」


 エイルは少し恥ずかしそうだったが、ティファーナに褒められて喜んでいた。


 そこにアリエルとマリアが自分の息子を連れてやって来た。


「ニコラス、もっと工夫するんだ。そうすれば、普通なら攻撃を当てられない相手にも攻撃が当たるから」


「はい、お母様」


「ユウキはまず体作りよ。シルバもいつもやってるでしょ? 基礎が大事なの」


「きそ、がんばる」


 長男のニコラスはアリエルにフェイントや不意打ちの英才教育を受けており、次男のユウキは【村雨流格闘術】を会得するためにマリアに扱かれている。


 アリエルもマリアも教育ママの気があるようだが、方向性は正反対だ。


 それでも衝突せずにお互いを尊重できているのだから、シルバは2人の教育方針に賛成している。


「ただいま」


『ただいま~』


 シルバとレイが最後に談話室にやって来た。


「「お帰り~」」


「「お帰りなさい」」


「「「おかえり!」」」


 子供達から笑顔で迎え得られてシルバは疲れが吹き飛んだような気分になった。


 シルバとレイは今日、ヘイズルーンの蜜酒をファフニール達に届けに行ったのだ。


 毎月一度は届ける約束になっており、今日はその配達日だったからファフニール達のいる山に行った訳である。


 最初はただ配達して終わりだったのだが、いつも貰ってばかりでは悪いからとファフニールがシルバとレイに稽古をつけてやると言い出して状況が変わった。


 それ以来、ヘイズルーンの蜜酒を届ける代わりにファフニール達と模擬戦をするようになり、ムラマサ城に帰って来る時にはシルバもレイもクタクタになっているのだ。


 そうだとしても、ニコラス達に笑顔でお帰りと言われれば父親として嬉しくないはずがない。


 ルミリアはすやすや寝ているけれど、ニコラスとエルザ、ユウキは元気いっぱいでシルバに抱き着く。


 実の両親との間では親子らしいことはできなかったけれど、シルバは自分の子供達をしっかりと愛することができている。


 レイもちゃっかりニコラス達と一緒にシルバに抱き着いているが、それはいつものことである。


「お父さん、今日はお母さんに格上にも当てられる攻撃を教わったよ」


「わたしね、おべんきょうしたごほうびにお父さん達の戦いの話を聞いてたの!」


「ぼくはおかあさんときそがためしてたよ」


「ニコラスもエルザもユウキも偉いじゃないか。良い子にしてたみたいだから、お義父さんが貰って来たドラゴンの鱗をあげよう」


「「「ドラゴンのうろこ!」」」


 模擬戦の後にファフニール達から古くなって抜けた鱗をやると言われたため、シルバはそれを持って帰って来たのだ。


 上位のドラゴンの鱗はアクセサリーにもなれば、上質な薬品の材料にもなる。


 ニコラス達はただ綺麗な鱗だから喜んでいるのだが、商人がいたら喉から手が出る程欲しがるのは間違いない。


 余談だが、ティファーナの記したこれまでのシルバ達の戦いは拳聖戦記という名前で売り出されてベストセラーになっている。


 拳聖戦記はトスハリとの戦いで最終巻を迎えたが、シルバ達の人生はまだまだこれからである。

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拳聖戦記 モノクロ @dolphin26

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