第43話 ジーナの目がお金になってる

 食堂のおばちゃんはシルバ達を視界に捉えて首を傾げた。


「あれま、どうしたんだい? ランチが足りなかったのかい?」


 シルバを大食いだと認識しているおばちゃんはシルバがおやつを買いに来たのかと思って訊ねた。


「いや、合同キャンプに向けた携帯食糧についておばちゃんと相談したくて来た」


「携帯食糧? 兵糧丸や黒パン、干し肉じゃ駄目なのかい?」


「あれだけだと飽きる。試しに作ってみたいものがあるんだけど、おばちゃんに食堂の一角を借りられないか訊きたい」


「なるほどねぇ。面白そうだから良いよ。食材については料理開発クラブの活動も考慮して大量にあるから、無駄遣いしなければ基本的に何使っても良いよ」


「ありがとう。早速チャレンジしてみる」


 シルバが何をやるのか気になったため、おばちゃんはシルバに許可を出して自分の作業に戻った。


 シルバがチャレンジするのはマリアに教わった料理だ。


 とは言っても、異界には材料がない口伝くでんの料理だから孤児院にいた頃にこっそり作り方を盗み見た手順を参考に作る。


 まず、オーブンの魔法道具マジックアイテムでマーガリンを溶かした後、薄力粉とベーキングパウダーは合わせて篩う。


 次に、紅茶の葉を磨り潰して細かくし、溶かしたマーガリンに干し葡萄を入れてよく混ぜるものに投入する。


 そこに薄力粉とベーキングパウダーを追加して、ヘラでさっくりと混ぜる。


 水気が足りずそれだけではまとまらないので、まとまるように牛乳を少しずつ加え混ぜる。


 混ぜ合わせたものを棒状にまとめたら、砂糖の入った底の浅い皿の上で転がし、まんべんなく砂糖を塗す。


 それを綺麗な布で包み、冷蔵庫の魔法道具マジックアイテムで冷やしてから5mm間隔で切る。


 後は温度を調整して予熱したオーブンで焼けば、紅茶風味の葡萄クッキーの完成だ。


 食堂の調理器具を使えたおかげで完成までかなりの手間が省けた。


 これらの調理器具はマリアがディオスにいた頃、こんな魔法道具マジックアイテムは必要と書き出した物を技術者達が実現したのだ。


 そのおかげで街並みは中世のヨーロッパに似ているのに文化水準だけ先行している。


「よし、完成」


「シルバ君、これはクッキー?」


「正解。クッキーだよ。持ち運びできる甘味も必要だろ?」


「お金がチャリンチャリンって鳴る音が聞こえる。シルバ、味見してみましょう!」


 アルも試食したい気持ちはあったけれど、ジーナのように積極的に試食したいとまでは言えなかった。


 これが行商人の娘と王家の庶子の違いである。


 早速試食してみるとシルバは上手くいったと確信した。


「うん、美味い」


「しっとりしてるね。それに丁度良い甘さだよ」


「これは売れる。携帯食糧だけじゃなくて上流階層にもウケるわ。強気な値段設定でも良いかも」


 (ジーナの目がお金になってる)


 一瞬だけシルバはジーナの目が銀貨のように見えた。


 勿論見間違いなのだが、ジーナならば銀貨を何枚も稼ぎそうと思っているからそう見えたのだろう。


「甘い物を優先しちゃったけど、他にもまだ作りたいものはある」


「何を作るの?」


「野菜を使ったお菓子とソース」


「なるほど。野宿だと野菜不足になりがちだわ。シルバの着眼点は素晴らしいわね」


 ジーナはシルバがすごいのは戦闘だけではないのだと改めて思い知った。


 それから作り出したのは野菜チップスと野菜のソースだ。


 野菜チップスの方は人参とごぼう、蓮根、いんげんを食べやすいサイズにカットして素揚げし、後から塩を振りかけたら完成である。


「良い匂いがするね」


「匂いだけでわかる。これは売れる!」


 試食をしてみるともっと作っておけば良かったと思うぐらい3人の手が野菜チップスに伸びた。


「これなら手軽に野菜を摂取できる」


「素朴な味がして僕は好きだな」


「野菜が苦手な子供にも良いわね」


 ジーナはやはり商売人目線のようだ。


 野菜チップスの試食が終わると、シルバは最後に野菜がメインのソースを作る。


 まずはトマトのへたを取り除いてくし形に切る。


 続いて玉ねぎの芯を切り落として薄切りにする。


 ミキサーの魔法道具マジックアイテムを使ってトマト、玉ねぎ、にんにくを入れて、滑らかになるまで混ぜた後に漉し器で裏漉す。


 鍋に砂糖、塩、酢、唐辛子やローリエ等の香辛料を入れて混ぜてから中火で加熱する。


 沸騰したらヘラで混ぜて鍋底が見えるまで弱めの中火で30分煮詰めた後、唐辛子とローリエだけ取り除いて粗熱を取ったら自家製ケチャップの完成だ。


 今試食しない分は清潔な瓶に詰め、試食する分は3本のスプーンで掬ってシルバ達がそれぞれ手に持った。


「ふぅ。師匠から教わったソースの完成だ。名前は確かケチャップだったかな?」


「良い匂いがするね。さっきの野菜チップスを付けても良いし、お肉にかけても美味しそう」


「ケチャップ。これもお金の匂いがするわね」


 (さっきからジーナが金のことしか考えてないぞ)


 そんなことを思いつつ、ケチャップはそれぞれスプーンで掬ったケチャップを舐めた。


「美味い!」


「これ好き! 絶対お肉にかけたら美味しい!」


「ぐぉぉ、新人戦の時にケチャップがあったらもっと美味しいハンバーガーになったのに!」


「あぁ、確かにあれとも合いそうだわ」


「そうだね」


 女子学生ジーナがぐぉぉと言っていることにシルバとアルはノータッチだった。


 ハンバーガーにケチャップが合うかどうかの方が2人にとっては優先度が高かったからである。


 シルバが作ってみようとした一通りの料理と調味料はどれも成功に終わった訳だが、ジーナはブツブツとあれこれ言ってからシルバに訊ねた。


「シルバ、クッキーと野菜チップス、ケチャップのレシピを独占させてほしい。売上の3割をシルバに払うから」


「別に良いぞ。俺も懇意にしてる商会が他にある訳でもないし」


「ありがとう! シルバ大好き!」


「あっ、コラ!」


 嬉しさのあまりシルバに抱き着くジーナを見てアルが引き剥がす。


 シルバから引き剥がされたジーナは首を傾げた。


「アル、なんで邪魔するの? 私がシルバに抱き着くのは私の勝手でしょ?」


「シルバ君は僕のものだもん!」


 (アル、それは絶対に誤解を生むから)


 シルバが苦笑いしながらそんなことを考えていると、ジーナが咄嗟にシルバを引き寄せて耳元で喋る。


「シルバ、お尻に気を付けて。アルがシルバのお尻を狙ってるわ」


「どゆこと?」


 シルバはジーナの言っている意味が分からなくて首を傾げた。


 その時には既にアルがジーナからシルバを引き離していた。


 シルバにベタベタしない代わりに報告の密度と頻度は回してきたが、どういう訳かジーナに余計なことを吹き込んだ者がいるようだ。


「先輩から教わったんだけど、男性同士のペアだとお尻が危険なんだって」


「なんで尻が危険なのかまではわからないけど、その可能性はないと思うぞ?」


「絶対?」


「絶対」


 シルバとジーナが見つめ合っているところにアルが割り込む。


「僕に内緒で何話してるのさ?」


「な、なんでもないよ!」


 下手にアルを刺激してシルバの尻が大変なことにならないようにしなければとジーナは口をつぐんだ。


 そうなればアルの質問の矛先はシルバに向く。


「シルバ君、後でお話があるからね」


「へいへい」


 どうやってアルを落ち着かせようかと悩むシルバだった。


 わちゃわちゃしている間に食堂のおばちゃんが戻って来た。


「どうだい? 上手くいったのかい?」


「おかげでどうにか成功したよ」


「そりゃ良かった。失敗しても次は成功に繋げれば良いって言おうと思ってたけど、美味くいったのならそれに越したことはないからね」


「またちょくちょく借りるかもしれないけど、ひとまず今日の所は終了だよ。ありがとう」


「「ありがとう!」」


 シルバの後に続いてアルとジーナも食堂のおばちゃんにお礼を述べた。


 試作&試食会はこれで終わったため、シルバとアルはジーナと別れて学生寮の部屋に移動した。


 部屋の中に入ったらアルがシルバに詰め寄った。


「シルバ君、僕というものがありながらジーナに抱き着かれて鼻の下を伸ばすのは良くない」


「鼻の下は伸ばしてない。というか、アルが男装してるからジーナが変なこと言ってたぞ。俺の尻が危ないとか」


「・・・僕、男装止めようかな」


「急にどうした?」


「うん、シルバ君はそのままでいてね」


 ジーナとアルはBLを理解していたが、シルバはそれを全く理解できていなかった。


 アルはシルバに純粋なままでいてほしくてそう言った後、男装を止めるべきかどうか真剣に悩んだ。

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