第46話 違うから! 僕はシルバ君のお尻なんて狙ってないからね!?

 シルバとサリーが拠点から出発した後、アルはすぐに拠点の防衛作業を始める。


 テントの半径10mの地面だけを残してそれから先を堀にする。


 シルバであればサリーを背負ったままでもギリギリ届く位置まで堀にした後、うっかり自分達が転落しないように堀に近い部分に落下防止の意味も込めた手すりを岩で用意した。


「<土魔法アースマジック>って便利だねー」


「すごいです」


「これぐらいできないと旅はできないからね」


 アルがそう言うとジーナがふと思ったことを訊ねる。


「アルってどの辺り出身なの?」


「内緒」


「ケチ。どうせシルバには言ってるんでしょ?」


 シルバ大好きなアルのことだからどうせそうなんだろうと決めつけて質問してみれば、結果は案の定だった。


「そりゃまあ」


「私とシルバの違いは何?」


「信用できるかどうか」


「私、行行人の娘だよ? 信用第一だよ?」


「ということはまだ信用できてないってことだね」


「ガーン!」


 面と向かって信用していないと言われればジーナがショックを受けるのも無理もない。


 アルがこれだけ他人を信用できない理由がわからなければ、シルバにしか心を開かないなんて酷いという者がいるかもしれない。


 しかし、アルはサタンティヌス王家の庶子であり、自分の身元がバレてはいけないのだ。


 本当はシルバにも黙っておくつもりだったけれど、自分のうっかりミスのせいでシルバに裸を見られたアルはシルバを自分の味方として引き込むことにした。


 だから、シルバ以外の人物で誰が信用できるかどうかはアルがじっくりと観察してから決めるつもりである。


 ジーナはクラスメイトと学生会メンバーの次ぐらいには信用できそうだと考えているが、まだまだ観察期間なので結論を焦るつもりはないらしい。


 ショックを受けていたジーナは正気に戻ってからムッとして言い返す。


「何よもう! 私、知ってるんだからね! アルはシルバのお尻が目当てなんでしょ!?」


「シルバ君のお尻?」


 メリルには意味が伝わらなかったため、ジーナはいきなり何を言い出すんだろうと首を傾げた。


 アルはジーナが自分とシルバでBL的な展開になるのを狙っていると誤解されているのを思い出して顔を真っ赤にする。


「違うから! 僕はシルバ君のお尻なんて狙ってないからね!?」


 男装しているのが原因であり、男装を止めればBLだとは思われないのではないかと考えたが、自分の身バレを防ぐには男装を続けておいた方が良い。


 そう考えてあくまで自分は同性愛者ではないと主張した。


 ぶっちゃけてしまえば、軍学校の1年生なんて10歳だからまだ子供だ。


 それでも15歳で成人を迎えるこの世界エリュシカとはいえ、10歳ではまだ男女の性差なんて髪型以外は表に出ないし、性的なことを考える者は少数派である。


 この歳でそんなことを考えるのは上級生に悪ふざけのつもりで中途半端に教わったものだということを補足しておこう。


「じゃあ証拠を見せてよ」


「証拠?」


「シルバのお尻を狙ってない証拠はどこ? 証拠がないのに信用してもらえると思ったら大間違いよ」


 ジーナは先程自分が信用してもらえなかったからその仕返しをしているようだ。


 確実な証拠は自分が女であることを服を脱いで証明することだが、アルの中でそれは選択肢に入っていない。


 どうしたものかと考えたアルはメリルを見て逆転の糸口を思いついた。


「逆に訊くけどなんで僕がシルバ君のお尻を狙ってるって思う訳?」


 質問を質問で返した。


 質問に質問で答えるとキレる者もいるかもしれないが、それならそれで話題を変えることができるから丁度良い。


 男装していることを白状できない今、アルにできるのは自分が質問されている状況を脱出することだけだ。


 アルの切り返しによってジーナは虚を突かれてしまった。


「うっ、それは・・・」


「言いがかりは良くないよね? まさか行商人の娘が言いがかりで僕の名誉を傷つけようとしてないよね?」


 この瞬間、アルとジーナの立場が完全に逆転した。


 ジーナは自分の発言をアルに上手く利用されてしまったのである。


 だが、ジーナだって行商人の父親に同行しているので頭も口も回るからこれでは終わらない。


「アルがシルバのお尻を狙ってると思ったのは先輩に聞いた条件とアルの行動が一致してたからだよ!」


「条件?」


「3つあるの。1つ目は男子同士なのに一方がもう一方に対して独占欲が強いこと」


 1つ目の条件からアルは心の中で不味いと思った。


 協力者であるシルバが他の女子に誑かされないようにアルは基本的にぴったり張り付いている。


 トイレの時も性別がバレないようにフォローしてもらっている都合上、本当に寝る時以外は一緒に過ごしているのだ。


 そうなると、傍から見ればアルはシルバとの距離が近く独占しているように見えるだろう。


「ふ、ふーん。2つ目は?」


「2つ目は男子同士なのに一方がもう一方に何かされると顔を赤らめること」


 アルはシルバにマッサージされるのが好きだし気持ち良く感じる。


 それを思い出してしまうとつい顔を赤らめてしまうことがある。


 また、シルバの発言や行動にドキッとさせられることもあるから、第三者にシルバを見て自分が顔を赤らめているタイミングを見られた可能性を否定できない。


 その事実がアルの心を追い詰める。


「偶然じゃないかな」


「3つ目は男子同士なのに一方がもう一方の下半身をチラ見していること」


「シルバ君の下半身なんて見てないからね!?」


 最後の条件については心当たりが全くなかったため、アルはノータイムで言い返した。


「私は見た。少なくとも学校からさっき別れるまでで3回は見てたよ」


「言いがかりだよ! 一体いつといつといつ!?」


 自分でも意識していないことを3回もしていると言われればアルも穏やかではいられない。


 すぐにいつ自分がシルバの下半身をチラ見したのかと質問した。


「朝に学校でチームで最初に集まった時でしょ? それと馬車の中でも1回あったね。最後はシルバがサリーをおんぶした時」


「覚えてないよ! 大体、その3つの条件を満たしてるとなんで僕がシルバ君のお尻を狙うことになるのさ!? シルバ君のお尻に何があるの!?」


 アルはジーナの羞恥心を攻める作戦に切り替えた。


 自分がジーナの質問に対する反論で具体的な根拠を示せないから、ジーナに質問を取り下げさせるために彼女の羞恥心を攻めることにしたのだ。


 アルの作戦は成功した。


 何故ならジーナがアルの質問に答えられなかったからだ。


「わかんない。先輩もまだそれは秘密って言ってた。でも、条件に的中する男子の8割はお尻を狙ってるって教わった」


 この回答ではアルを納得させることはできまい。


 肝心な所だけ伝え聞いたことで詳細がわからないのだから当然だ。


「それじゃ僕を納得させるだけの根拠にならないね。それとさ、気になってたんだけどジーナはシルバのことが好きなの? 僕に突っかかって来るのもシルバが好きだからなの?」


「好きだよ」


 ついでだからとアルが質問してみると、ジーナは恥ずかしがることなく自分の気持ちを正直に口にした。


「それって行商人殺しに襲われたところを助けてもらったから?」


「うん。私もおとーさんも戦えないもの。本当に死んじゃうんじゃないかって馬車の中で震えてた時、助けてくれたシルバは素敵だった」


 アルも受験生ハンターに掏られたところを助けてもらったことでシルバに興味を持った。


「確かにシルバ君はカッコ良く人助けするよね。僕も助けられたし」


「でしょ? それに常識はちょっとなかったけど生き抜くための知識はしっかり持ってた。結婚するならシルバみたいに頼れる人が良い」


 これにはアルも心の中でうんうんと頷いた。


 シルバは時々規格外過ぎて常識を置き去りにするけれど、頼りになるのは間違いない。


 アルも誰かと結婚することになるなら間違いなくシルバを真っ先に候補として挙げるだろう。


「それで、繰り返しになるけど僕に突っかかるのはシルバ君を独占したいからなの?」


「独占したいのかな? 少なくとも、シルバには男子同士じゃなくて女子を好きになってほしい。もっと言えば私のことを好きになってほしいな」


 そんなことをジーナが言って少しの間沈黙がこの場を包み込む。


 そこに静かにしていたメリルが口を開いた。


「あ、あの・・・、先程からアル君もジーナさんも私がいることを忘れてませんか?」


「「あっ」」


 メリルの存在感が薄かったせいでアルもジーナもメリルがいることを忘れていた。


 この後は気まずさからシルバの話を止めてミッションの話を3人でしたのは当然のことである。

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