第124話 軍人になるなら感情のコントロールぐらいできなくてどうする

 3日後、モンスター学の教科書に差し込みのページが追加された。


 シルバ達B2-1の学生は教室でポールからその説明を受けていた。


「最近までは色付きのモンスターはグリーン<ブルー<パープル<レッドという順で強いとされていたが、サタンティヌス王国でブラック級モンスターが発見されて序列に追加された。それが差し込みページの内容だ」


 シルバがあっさりとブラック級モンスターがいると伝えたため、ジャンヌとポールが3日で軍人と軍学校の学生向けの資料を修正したのだ。


 説明するポールは心なしかいつもよりも怠そうにしている。


 差し込みページの作成を大急ぎで作るのに協力したからだろう。


「ハワード先生、質問です」


「どうしたメイ?」


「サタンティヌス王国で見つかったのはどんなブラック級モンスターなんですか?」


「ブラックスコーピオンとブラックスケルトンだ」


 密偵がサタンティヌス王国から持ち帰った情報によれば、黒いモンスターはスコーピオンとスケルトンだったらしい。


 どちらもレッドクラスのモンスターと比べても、耐久力や攻撃の威力が明らかに勝っていたらしい。


 内線中の王国にブラック級モンスターが2体も現れれば、被害は決して少なく収まらない。


 第一王子派も第一王女派も手痛い損失を出す羽目になり、これ以上争ってしまえば他国の侵略を防げなくなるまで国防力が落ちてしまったので一時休戦となった。


 サタンティヌス王国はまだ現国王が生きており、国全体に指示を出せない程弱っている訳でもない。


 もう少しで国を二分する勢いの内戦はブラック級モンスターの登場で防がれた。


 そういった意味で王国はブラック級モンスターに感謝すべきかもしれない。


「俺からも質問があります」


「なんだヨーキ? ブラックスコーピオンの味は俺にもわからんぞ?」


「ですよねーって違います! 俺はブラックじゃなかろうとスコーピオンは食べません!」


「えっ、違うの?」


「なんでそこで驚くんですか? いくら俺が食いしん坊だとしてもスコーピオンなんて食べません」


 (食べられるぞ? しかもそこそこ美味しい)


 シルバはマリアに騙されたと思って食べてみろと言われて食べたことがある。


 マリア曰く蟹に似た味らしいけれど、シルバはスコーピオンを食べるまで蟹を食べたことがなかったからその例えがよくわからなかった。


 もっとも、周りが食べたがらないスコーピオンが食べられることを知らせる必要はないのでシルバは黙っているのだが。


「知らないのかヨーキ。スコーピオンは食べられるんだぞ?」


「マジっすか!?」


「マジもマジ。大マジだ。俺が軍学校を卒業してすぐに受けたミッションでな、トラブルがあって食料が尽きたんだ。その時にレッドスコーピオンの毒を抜いて食べたことがある。あっさりした味だったぞ」


「じゅるり」


「ヨーキ、お前って奴は単純だな」


「はっ、これはハワード先生が仕掛けた罠じゃないですか!」


「軍人になるなら感情のコントロールぐらいできなくてどうする」


「ぐぬぬ・・・」


 スコーピオンを食べてみたいという感情を隠そうが隠さなかろうがどっちでも良いのではとツッコんではいけない。


「それはそれとして、ヨーキは何を訊きたかったんだ?」


「そうでした。ブラックの上もあるんでしょうか?」


「あるかもしれないがまだ見つかってないからわからん」


 ポールはシルバをチラッと見ることもなくヨーキの質問に答えた。


 それが逆に不自然に思えたらしく、アルがシルバに小声で訊ねた。


「これってシルバ君情報?」


「当たり」


 他のクラスメイトに聞こえてしまうといけないので、シルバは手短に答えた。


 もしもこれ以上知りたいとアルが思ったならば、授業が終わって誰もいない所で詳しく訊くだろう。


「さて、他に質問がなければ授業に入るが構わないか?」


 ポールが教室を見渡して誰も挙手しなかったから授業に移った。


「前回の授業の復習から始めよう。色付きモンスターと色なしモンスターの違いを教えてくれ。ロック、わかるか?」


「はい。色付きモンスターはウルフやスパイダー等の生物が元となったモンスターです。色なしモンスターはゴブリンやオークのように元となった生物がいないモンスターです」


「よーし上出来だ。次、モンスターの魔法と人間の魔法の違いをアルに訊こうか」


 B2-1で魔法と言えばアルという認識が強いから、ポールはアルに訊ねた。


「はい。モンスターの魔法は詠唱を必要としませんが、僕達の魔法は詠唱を必要とします。ただし、努力次第では詠唱を省略することもできます」


「そーだな。加えて質問するが、なんで人間とモンスターの魔法は詠唱するしないの違いが生じたと思う?」


 この質問は教科書には答えが載っていない。


 ポールがアルの意見を学生達に聞かせたくて投げかけたのだ。


「モンスターと人間が魔法に対するイメージ力で差があるからではないでしょうか」


「続けて」


「はい。例えば、レイはシルバ君に回復ヒールを頼まれた時に元気なシルバ君になるようにと願って発動します。しかし、僕達は回復ヒールを発動するにはあれこれ考えてるせいでイメージが定まらずに詠唱でそのイメージを補ってます。これが詠唱の要否の差ではないでしょうか」


 アルは詠唱を省略できるようになるまで、ひたすら魔法の技をイメージ記憶した。


 その経験を思い出して回答したのである。


「見事だ。今、アルが発表してくれたのは教科書に載っちゃいないが通説とされるものだ。つまり、モンスターや詠唱を省略できる相手と戦うならば、敵に魔法の技をイメージさせる暇を与えちゃならんということになる。生き残りたかったらよく覚えとけ」


 そう言われて頷かない者はいなかった。


 誰だって死にたくないのだから、生き残るための知恵はいくらあっても足りないぐらいだ。


「キュイ?」


 レイが今までの話を聞いき、自分が無詠唱で回復ヒールを発動できるのはすごいことではないかと気づいてシルバに訊ねた。


「勿論すごいぞ。レイは最初からできるんだもんな」


「キュイ♪」


 親代わりのシルバに褒められてレイは喜び、シルバに頬擦りして甘えた。


 このやり取りでB2-1はすっかり和んでしまう。


 レイはB2-1のアイドルだから仕方ない。


「ちなみに、アルの回答の根拠を俺から補足しよう。シルバが使ってる<付与術エンチャント>は詠唱する者がいない。これは任意の物体に自分の適性がある属性を付与するぐらいのイメージなら他の魔法と違って簡単にできるからだ」


「質問」


「ソラか。何が訊きたい?」


「シルバ、技名、名乗る」


「付与術の詠唱が要らないのにシルバが戦う時に技名を名乗ってる理由を知りたいのか?」


「はい」


「それは俺じゃなくてシルバに答えてもらおうか。俺もなんとなく理由は想像つくが、これは本人に答えてもらうべきだ」


 ソラの質問の回答をポールはシルバにバトンタッチした。


 教師として答えられなくもないが、この場に本人がいて本人に答えさせずに間違ったことを言うのは良くないからこその対応である。


「印象操作のためです。ああやって技名を唱えることで【村雨流格闘術】はここぞって時に使う切札だと勘違いしてもらえますから都合が良いんです」


「切札じゃない?」


 ソラはシルバの【村雨流格闘術】はどれも使えば戦況を好転させられる切札だと思っていたので、シルバの説明を聞いて首を傾げた。


「考えてみて下さい。俺がマナを使ってるのは<付与術エンチャント>の分だけです。後は体力さえ鍛えてたなら消耗はそれほど激しくありません。ぶっちゃけ、無詠唱でも発動できます」


「シルバ君、鬼畜だね。【村雨流格闘術】を撃ち破ればシルバ君に勝てると思ってた人達が聞いたら絶望しちゃうよ」


「戦いにおいて奇襲騙し討ちなんでもござれなアルに鬼畜って言われた・・・」


「え?」


「え?」


 アルが首を傾げたのは自分が鬼畜じゃないよねという意味合いだが、シルバが首を傾げたのはアルがそれを本気で言っているのかと戦慄しているからだ。


 クラスメイト達はどちらかというとアルの方が手段を選ばない印象を受けていたため、シルバの言い分に頷いていた。


「まあ、あれだな。シルバとアルのどっちが腹黒いかって訊かれたらアルだと思うぞ」


「キュイキュイ」


 レイは全面的にシルバの味方だからアルが助けを求める視線を向けても首を横に振った。


 満場一致で自分の方が腹黒いと言われてアルはしょんぼりした。

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