第125話 それってライスバーガーのことですか?

 数日後、シルバとレイはポールと一緒に第二皇子アルケイデスから呼び出しを受けていた。


「アルケイデス先輩、今日はどんな用事ですか?」


「そう身構えるなよポール」


「そんなこと言ったって笑顔のアルケイデス先輩から呼び出しとか9割9分9厘面倒事じゃないですか」


「ポールの俺に対する認識はわかった。よし、それじゃあ期待に応えるとしようかな」


「ほらー、やっぱりそうじゃないですかー」


 ポールは学生時代にアルケイデスから面倒事を任されていた経験があった。


 それゆえ、呼び出した時のアルケイデスの表情からポールは厄介事を頼まれると判断した訳である。


「冗談だ。ただちょっと、皇帝陛下がシルバとレイに会いたいって言うから呼んだだけだ」


「はぁぁぁ・・・。それはちょっとじゃないと思うんですけどねぇ」


 ポールはアルケイデスの話を聞いて深く溜息をついた。


 どう考えれば皇帝陛下への謁見をちょっとと済ませられるのだと思うのは当然だろう。


「アルケイデスさん、俺はいつ皇帝陛下に謁見することになってますか?」


「1時間後だな。突発的に時間が空きそうだから、シルバとレイと会ってみたいって俺もさっき言われたんだ」


「アルケイデス先輩、俺も呼んだのはシルバに宮廷マナーをそれまでに詰め込めってことですか?」


「そーいうことだ。大丈夫だろ。皇帝陛下もちょっとマナーができない程度じゃ不敬罪に問わないだろうし、そもそも謁見の間じゃなくて皇帝陛下の書斎で会うからプライベートみたいなものだ」


 (ちょっとの線引きがわからないです)


 シルバは流石にポールのようにツッコめなかったため、心の中で苦笑した。


「キュイ?」


「あはは、大丈夫じゃないかも」


 大丈夫かとレイがシルバを気にかけるように鳴くので、シルバは正直な気持ちを伝えた。


「キュイ!」


「レイは怖いもの知らずだなぁ」


 だったら自分に任せておけと言わんばかりに左翼で胸をポンと叩くレイは確かに怖いもの知らずと言えよう。


 ディオニシウス帝国のトップが会いたいと言って断れることはほとんどない。


 断れるのは体調が悪くて動けないだとか、そもそも出かけていて伝令役が会いたい者を捕まえられない時ぐらいだ。


 ポールはシルバが皇帝と会うのは避けられないとわかっているため、シルバに必要最低限のマナーを叩き込んだ。


 幸いにもシルバは物覚えが良く、ポールが一度やってみせたことはすぐに真似してみせたからどうにか制限時間内に指導が済んだ。


「ふぅ。まあ、謁見の間で仰々しく会わないならこれでなんとかなるはずだ」


「そうだな。俺も一緒に行くから安心しろ。何かあったら助けてやるから」


「ありがとうございます」


 レイと一緒だとはいえ、今まで直接話すことがなかった皇帝とアルケイデスを抜いて話すのは厳しい。


 だからこそ、アルケイデスが一緒にいてくれると聞いてシルバはホッとした。


 時間が来てシルバとレイはアルケイデスに連れられて皇帝の書斎に連れて行かれた。


 ポールはシルバとレイが無事に戻ってくるまで胃痛と戦うことになるが、それは仕方のないことである。


 アルケイデスは書斎の扉をノックする。


「皇帝陛下、シルバとその従魔のレイを連れて参りました」


「入ってくれ」


 書斎の中から聞こえた声は低いものだった。


 アルケイデスが書斎の中に入り、それに続いてシルバとレイが入る。


「「失礼します」」


「キュキュイ」


 レイも喋れないなりに失礼しますとシルバの真似をしているようだ。


 書斎の椅子には短い銀髪にカイゼル髭の偉丈夫が座っていた。


「ふむ。書斎ゆえ謁見の間での面倒なやり取りは省かせてもらおう。其方がシルバとその従魔のレイか」


「はっ。キマイラ中隊第二小隊長、シルバであります」


「キュ!」


 シルバが敬礼して自己紹介するのに続き、レイも翼で敬礼しながら元気に鳴いた。


「つい最近まで1年生だったとは思えぬ利発そうな軍人だな。そして、その従魔はとても愛らしく禁書に記された存在と同一とは思えん」


「陛下、シルバは軍学校に入って1年で能天使級パワーに昇格した期待の星ですし、レイは<光魔法ライトマジック>と<付与術エンチャント>でシルバをサポートするワイバーンです。馬鹿共に潰されるようなことがないようにご配慮いただきたく存じます」


 アルケイデスはシルバを帝国軍に巣食う害虫から守るべきだと皇帝に進言した。


 それにはシルバも驚いたけれど、ここで表情を崩す訳にはいかないからポーカーフェイスを続行する。


「・・・そうか。アルケイデスがそこまで言うとは珍しいな。覚えておこう。それと自己紹介が遅れたな。余が皇帝フリードリヒ=ディオニシウスだ」


 皇帝フリードリヒはアルケイデスとシルバを見比べた後、アルケイデスの言葉に頷いてから名乗った。


「キュイ~」


 レイは皇帝の顔をじっと見た後、シルバと何度か見比べていた。


「シルバ、レイは余と其方の顔を見比べてどうしたのかね?」


「恐れながら、陛下には立派な髭がございますが私にはないから不思議に思っているのでしょう」


「キュイ!」


 その通りと言わんばかりにレイが鳴けば、皇帝は笑い出してしまった。


「ハッハッハ! そうか! ワイバーンにもこの髭の良さがわかるか!」


「キュイ!」


 レイはその髭すごいですねと相槌を打つように鳴いて応じた。


 最早レイの中に誰か入っているのではないかと錯覚しそうになるぐらい賢い。


「皇帝陛下、シルバと話したいことがあったのではありませんか?」


「おほん、そうだった。アルケイデスの言った通り、余は其方に直接訊きたいことがあってここに呼んだのだ。其方、ブラック以上の色付きモンスターについて師匠から聞いたそうだな」


「はい」


「禁書庫にもその記述はあるが、それらの情報は長らくブラック以上が現れなかったことから民には知られないように秘密にしておったものだ。其方の師匠は何者だ? 何故、ブラック以上のモンスターの存在を知っておる?」


 皇帝がシルバを呼び出そうとした理由は、モンスター学の教科書に差し込みページが追加されることになったきっかけだったからだ。


 城の王族にしか開示されない禁書庫の内容を一介の帝国民が知っていたとは考えにくいから、無理に時間を空けてシルバに直接訊ねる気だったらしい。


 無論、シルバが帝国のために幼いながらも成果を出していることから、シルバが帝国に弓を引くとは思っていない。


 ただ単に気になるから皇帝は訊ねている訳である。


 (アルケイデスさんにも話してる以上、ここで隠すのは得策じゃないか)


 仮に自分が黙っていたとしても、アルケイデスが真実を話してしまうかもしれないなら自分から話した方が皇帝からの心象は良いだろう。


 そのように判断してシルバは口を開く。


「私が今から申し上げることは誓って嘘偽りではございません。それを前提として答えさせていただきますが、私の師匠はマリア=ムラサメです」


「マリア=ムラサメ? まさか、人魔大戦を終結に導いたマリア様だとでも言うのか?」


「その通りでございます。私は異界にいる師匠の元で【村雨流格闘術】の他、現在のエリュシカでは失われた知識を学んでおりました」


「皇帝陛下、シルバの言うことは本当です。以前、シルバと食べ物談義をした際に作り方が虫食いになってた禁書庫にあるレシピを完全に覚えておりました」


 (それってライスバーガーのことですか?)


 アルケイデスの言う食べ物談義とはハンバーガー談義のことだ。


 シルバはアルケイデスから変わったハンバーガーを知らないかと質問され、マリアから聞いたことのあるライスバーガーの話をしたことがあった。


 その話がこんな所で飛び出すとは思っていなかったため、シルバは心の中でびっくりしていた。


「キュイキュイ」


 レイが私、その食べ物のことが気になりますとシルバにアピールするから、シルバはレイの頭を優しく撫でる。


 流石に皇帝の前でレイといつも通りに話す訳にはいかないから、後でその話をすると念じながら例の頭を撫でたのだ。


 それだけでレイはおとなしくなり、その間に皇帝はアルケイデスの言い分に頷いていた。


「そうか。まさか、マリア様が生きておられるとは思わなんだ」


「師匠は<完全体パーフェクトボディ>というスキルのおかげで今でも全盛期の容姿と実力を維持しております」


「数々の伝説を打ち立てたマリア様ならそれぐらいできてもおかしくはないか。シルバよ、其方にはアルケイデスと一緒であることを条件として城の禁書庫の立ち入りを許可する。可能な限り、虫食いになった知識を補完してくれぬか?」


「かしこまりました」


 シルバは運が良いことに禁書庫に入るチャンスを手に入れた。


 その後、皇帝は仕事を再開しなければならない時間が来たのでシルバ達は書斎を辞して悶々と待っていたポールに結果を報告しに行った。


 シルバが禁書庫に入れることになったと聞いてポールが羨ましがったのは今は置いておこう。

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