第126話 マジかよ。ワイバーンって食えるのか

 皇帝フリードリヒとの私的謁見から1週間後、アルケイデスの都合がついたのでシルバとレイは城の禁書庫に連れて来てもらった。


 軍学校の座学や実技の授業は城の禁書庫に行くので公欠扱いとなり、今日は丸一日の時間が取れている。


 アルとポールは事前にシルバからその話を聞いていたため、彼とレイを羨ましそうに見送ったがそれは置いておこう。


「アルケイデスさん、お時間を取ってくれてありがとうございます」


「良いってことよ。俺もシルバが虫食いになった知識を補完してくれるところを見たいし」


 アルケイデスはニカッと笑みを浮かべてシルバに応じた。


 禁書庫は宝物庫と同じく頑丈な扉で守られており、その入口には24時間見張りの軍人が交代制で配置されている。


「アルケイデス殿下、お疲れ様です!」


「お疲れ様。通達を受けてるとは思うが、陛下の指示で今後はシルバとレイが俺と一緒の時に限って禁書庫の中に入れることになった」


「伺っております。どうぞこちらへ」


 ここで聞いた聞いていないのトラブルになれば、アルケイデスは恥をかくことになる。


 そうならないように禁書庫の見張りを任されている者達は事前にその通達を確認していた。


 禁書庫の扉は基本的に皇族と皇族に許された者しか入れず、禁書庫を開けられるのは皇族のみだ。


 アルケイデスが開錠することにより、シルバとレイは禁書庫に足を踏み入れることができた。


 禁書庫の中には格子付きの本棚が壁に沿って並べられており、中央には本を読むためのスペースが用意されていた。


 軍学校の図書室には司書がいるけれど、禁書庫に入れる者が少ない上に蔵書の量も図書室に比べて少ないことから禁書庫に司書は配置されていなかった。


「さて、それじゃ簡単に説明するぞ。右側の壁が拳者様の先進的な知識が詰められた棚、奥の壁がその時治めてた為政者の都合で禁書にされた本の棚、左が広く開示できない会議等の議事録の棚だ」


「虫食いになった知識というのは右側の壁の本棚のことですか?」


「概ねその通りだ。ただ、取り扱うものによっては奥の本棚と左側の本棚にも不完全なものもあるから補完してもらうかもしれん」


「わかりました。レイ、ここでは大人しくしようね」


「キュイ」


 シルバに声をかけられたレイはわかっているよと素直に頷いた。


「お利口さんだな」


「キュ♪」


 レイはシルバの肩の上に乗ってシルバに頬擦りした。


 シルバはレイの頭を軽く撫でた後、早速右側の本棚に向かった。


 アルケイデスに格子の錠を開けてもらうと、シルバは気になるタイトルの本を3冊取り出した。


「食文化とモンスター学、それと魔法工学か」


「はい。軍学校でどうにもクラスメイトや学生会の先輩方と知識に乖離があるものをピックアップしました」


「食文化は気になるな」


 (帝国のことを考えるならばモンスター学や魔法工学では?)


 禁書庫にあった食文化の本は急いで虫食いの知識を埋めずとも問題にはならない。


 その一方でモンスター学は誤った情報が出回るとディオニシウス帝国が危機に陥るし、魔法工学は周辺国家に後れを取らないように発展させねばなるまい。


 アルケイデスが食文化を気にしているのは純粋にアルケイデスが食べることに興味津々なだけである。


「アルケイデスさん、まずは陛下と謁見することになった原因であるモンスター学から読ませていただきますが構いませんか?」


「むっ、そうだな。そちらを優先せねばならんな」


 食文化を優先したいところだが、国防的観点からモンスター学を優先するべきだと判断してアルケイデスは頷いた。


 割災が齎す被害はピンからキリまである。


 弱いモンスターがエリュシカに紛れ込むならばどうとでも対処できるかもしれないが、強いモンスターがエリュシカに侵攻して来ることに備えておかねば後手に回る。


 シルバはモンスター学の本を開いてその内容に目を通していく。


 (あっ、ワイバーンだ。マリアはこっちではワイバーンに遭遇してなかったのか)


 ワイバーンに関する記述を見つけて読み込んでみたところ、マリアは過去に帝国を襲ったワイバーンの情報を基に自分が伝承として知る情報を追記していた。


 帝国のある地域を焼け野原にして異界へ戻って行ったというところまでが事実であり、そこから先の情報がマリアによる補足だ。


 曰く、尻尾に毒のある棘がある可能性がある。


 曰く、ドラゴンの中では下っ端の扱いの可能性がある。


 これらの情報はシルバがマリアから聞いた話だと修正する必要があった。


「アルケイデスさん、ワイバーンについての表記は修正が必要です」


「レイが存在する時点でそうなるよな。修正分についてはこっちのメモに書いてくれ。それで、どこがどう違うんだ?」


「まず、ワイバーンの尻尾に毒のある棘はないそうです。これは師匠が異界で直接遭遇した時に見て確かめたと聞いてます。それに、レイの尻尾にも棘はありません」


「キュイキュイ」


 棘なんてあったらシルバに抱っこしてもらうのに危ないよねとレイは頷いている。


「直接遭遇して生きてるとは流石は拳者様だ」


「師匠の家がワイバーンに襲われたことがあったらしくて、返り討ちにして食べたって言ってました」


「マジかよ。ワイバーンって食えるのか」


「キュア!?」


 自分が食べられてしまう種族だったなんてとレイがショックを受けたけれど、シルバはレイを抱っこしてその背中を優しく撫でて落ち着かせる。


「大丈夫だよ、レイ。そのワイバーンは師匠を食べようとする悪いワイバーンだったんだ。レイは俺を食べようとは思わないでしょ?」


「キュ」


「だったら大丈夫。レイのことは俺が守る。ずっと一緒だよ」


「キュ~♡」


 そう言ってくれると信じてたよと言わんばかりにレイはシルバに甘えた。


「それともう片方は可能性ではなく事実だったと聞いてます」


「ドラゴンとはどのようなモンスターなんだ? 残念ながら、ドラゴンという存在を俺は知らんのだ。その本にも載ってないはずだから、皇帝陛下も知らないはずだぞ」


「師匠もドラゴンは遠くから見たことしかないそうですが、2種類のタイプがあるようです。四本の脚と翼が生えた西洋型と大蛇のような東洋型だと聞いております。どちらもワイバーンとは比べ物にならない強さを感じたそうです」


「そんなモンスターが異界には存在するのか。恐ろしいな」


 シルバが修正メモを書きながら説明すると、ドラゴンが割災で帝国に来てしまった時のことを想定して顔が青くなった。


「以上が師匠の記述に対する修正ですが、俺が加筆したいのはレイのことです」


「体表の色が違うもんな。それと扱う属性も。レイはブレスを撃てるのか?」


「キュ・・・、キュイキュイ」


 レイはアルケイデスから質問され、少し考えてから困ったように頷いた。


「どうやら撃てるようになるのはもう少し大きくなってからのようです。今撃てって言われたら困るみたいですね」


「キュ」


 その通りだとレイは頷いた。


「なるほど。ブレスの属性は光なんだろうか? それとも火なのか?」


「光だと思いますよ。ブレスも魔法攻撃ですから、適性がない属性は撃てないでしょう。そう考えると、レイは光と風のブレスを撃てるかもしれませんね」


「キュア~」


 レイはシルバの説明を聞いてドヤ顔になった。


 2種類もブレスが撃てるようになるだろう将来に対して自信満々らしい。


 シルバはレイの頭を撫でつつ話を続ける。


「それとワイバーンに限った話ではないかもしれませんが、卵の状態で付与術エンチャントを施すことで通常種とは異なるモンスターが孵化する可能性は追記しても良いと思います」


「可能性? レイはまさにそれで光属性に適性が出たんだろう?」


「繰り返しその結果が出るまでは偶然ということも考えられます。そうであるならば、現時点では可能性という言葉に留めておくべきでしょう」


 アルケイデスはシルバの言い分を聞いて今まで言葉にできていなかった感覚の正体に気が付いた。


「シルバはあれだな。ポールみたいだ」


「ハワード先生みたいですか?」


「おう。あいつは面倒臭がりだがその反面、やると決まればきっちりこなすタイプだ。もうちょっと大雑把でも良いんじゃないかと思うところもあるが、そんなところがポールとシルバは似てる」


「褒め言葉として受け取らせてもらいます。ハワード先生は師匠の次に良い先生ですので」


「ポールよりも上か。俺も拳者様と修行してみたいな」


 その言葉を聞いた瞬間、シルバは真顔になった。


「師匠は普段優しいですが、修行になると滅茶苦茶厳しいです。耐える覚悟はありますか?」


「・・・すまん。軽い気持ちで言ってたわ」


「いえ。こちらこそ失礼しました」


 シルバの真顔に警戒すべき何かを感じ、アルケイデスは前言を撤回した。

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