第112話 武器なんて腕の延長線みたいなものだって師匠が言ってた

 マジフォンの写真フォルダの話を終えて今日やるべきことを終えた後、シルバとアルは訓練室に移動した。


 学生会としての活動が早めに終わったため、夕食までの時間は鍛錬に充てられる。


 特にアルは騒乱剣サルワに選ばれたので、剣も使えるようにならなくては勿体ない。


 だからこそ、シルバは時間がある時にアルに剣の使い方をレクチャーすることになったのだ。


 シルバは訓練用の大剣を構え、その隣でアルは騒乱剣サルワを構える。


「まずはいつも通り素振りからだ。俺の動きを真似してくれ」


「うん」


 基礎固めをしておかなければ、十全に使いこなすことができず宝の持ち腐れとなる。


 そう考えたシルバは素振りで剣の型を学ばせている。


 今はステップ2に入ったからアルがシルバの真似をして剣を振るっているが、ステップ1の時はシルバがアルの後ろ側から手を添えて肩を覚えさせた。


 アル的にはずっとこの時間が続けば良いのになんて乙女チックなことを最初は思っていたけれど、やがて素振りがそんな気持ちを抱いたままできるような生易しいものではないと身をもって知った。


 それゆえ、今のアルは余計なことを考えずに素振りに集中している。


 唐竹、袈裟斬り、右薙、右斬上、逆風、左斬上、左薙、逆袈裟、刺突。


 繰り返し順番に放つことにより、アルも剣の使い方を習い始めた時よりもかなり剣士らしく放てるようになった。


「よし。今日の素振りは終了。少し休憩しようか」


「わかった」


 いくら後衛と言えどもアルは学年次席になる実力の持ち主だ。


 素振りだけでバテることはなかったけれど、鍛錬の効率を少しでも上げるために休める時は休むようにしている。


 休憩時間が過ぎたらシルバとアルは剣を構えて向かい合う。


「さあ、かかって来い」


「行くよ。やぁっ」


 アルは唐竹を放つ際に掛け声をするのだが、どこか恥ずかしいと思っているのか声に気力が入っていない。


 それに気づいたシルバはアルの剣を弾きながら喝を入れる。


「恥じらうな! やるならヨーキみたいにやり切れ!」


「やぁぁぁ!」


「声が小さい!」


「やぁぁぁぁぁ!」


 流石にシルバもアルが猿叫に至るレベルで声を張れるとは思っていない。


 それでも、気迫で相手を竦ませたいならばその程度で足りるものかと厳しめに言う。


 アルも恥じらいを捨てて気力の入った発声と同時に唐竹を放った。


 シルバは騒乱剣サルワの腹を大剣で叩いてアルの体勢を崩した。


 元々前衛のシルバの方が体幹はしっかりしているから、バランスを崩したアルの肩に大剣の切っ先が触れるか触れないかギリギリの位置で止める。


「もう一度だ」


「うん」


 今の立ち合いはシルバの勝ちが確定したので、シルバとアルが向かい合って2本目の立ち合いを始める。


「やぁぁぁぁぁ!」


「甘い」


 今度は唐竹ではなく刺突で攻めるアルだったが、シルバは刺突をくるりと回って躱すだけでなく、その遠心力を利用してアルの首の裏にぴったりと大剣を止めた。


「攻め方を変えたのは悪くないけど単調過ぎ」


「ま、参りました」


 シルバにもうちょっと勢いがあったら怪我では済まなかったため、アルは冷や汗をかいてその場に座り込んだ。


「立てるか?」


「うん」


 シルバに手を差し伸べてもらったアルはその手を握って立ち上がった。


 その後も何度か立ち合いを続けたが、アルは一度もシルバに勝てる可能性を感じられなかった。


「シルバ君ってば強過ぎ。これで<剣術ソードアーツ>を会得してないって詐欺でしょ」


「それが会得してないんだよなぁ」


 アルが頬を膨らませて抗議するが、事実はシルバの言う通りなのだ。


 シルバはマリアに使い方を教わったおかげで大抵の武器は扱えるが、それらの武器攻撃スキルを会得してはいない。


「こんなに強いのに素手の方が強いってどゆこと?」


「武器なんて腕の延長線みたいなものだって師匠が言ってた」


「ごめん、シルバ君の師匠の言ってる意味がわからない」


「俺もコツが掴めるまでは何言ってるのかよくわからなかった」


 マリアの教えを思い出してシルバは懐かしいと感じていた。


 その表情が少し寂し気だったから、アルはシルバの気分を変えられるように話を振る。


「シルバはどうして拳や脚で戦うことにしたの? 師匠が色んな武器を使えるなら武器を使う戦い方をメインにすることもできたよね?」


「やっぱり師匠に見せてもらった【村雨流格闘術】に一目惚れしたからかな。アル、武器攻撃をメインにすることで生じる共通の弱点ってなんだと思う?」


「弱点? そりゃ武器それぞれにあるんだろうけど共通の弱点は思い浮かばないや」


「正解は武器が壊れた時に戦力が激減することだ」


「あぁ、確かに」


 シルバの言い分を聞いてアルは納得した。


 武器は人類がモンスターに対抗するために必要な手段だが、体さえ鍛えれば武器がなくても戦える。


 仮に武器に頼った戦い方をした場合、その武器が奪われたり壊されたした時に戦力が減ってしまう。


 アルのように攻撃できる魔法系スキルを会得しているなら別だが、基本的に前衛は魔法系スキルを会得できていても<付与術エンチャント>ぐらいが限度だ。


 その状況下で武器を失ってしまえば攻撃手段が殴るか蹴るしか選択肢が残らない。


 武器攻撃をメインにする者達と違ってシルバは素手でも戦えるから、彼等と違って継戦能力が高いと言えよう。


「俺の場合、武器を使ってる時よりも素手で戦ってる時の方が強いと思うぞ。スキルの補正もあるから」


「そうだろうね。普通の人だと武器を持ってた方が強いはずなんだけど、シルバ君はその逆なんだね」


「まあな。さて、最後になんでもありの模擬戦をやるか。実戦じゃこの形式な訳だし」


「わかった」


 喋っている間に体は十分休められたので、シルバとアルは今日の鍛錬の仕上げに移る。


 今までは剣技だけで戦って来たけれど、お互いにそれは本来の戦闘スタイルではないから実戦に近い形式で模擬戦を行う訳だ。


 シルバは大剣を片付けて拳を構え、それに対するアルは騒乱剣サルワを構える。


「先手はアルに譲る。どこからでもかかって来い」


「やぁぁぁぁぁ!」


 声を張り上げて唐竹を放つ素振りを見せるアルだが、シルバはそれを無視してアルとの距離を詰めた。


 シルバの読みは正しく、つい先程までシルバがいた場所に落とし穴ができた。


 剣で攻撃すると見せかけて足元が留守になったところを落とし穴に落とす。


 なんでもありの時点でアルが魔法系スキルを使って来るのは当然のことだ。


 アルの性格をよく理解しているからこそ、シルバはアルの騙し討ちを回避できた。


 それでもアルは唐竹の最中だから騒乱剣サルワを振り下ろす。


「參式水の型:流水掌」


「わわっ」


 アルはシルバに攻撃を受け流されてバランスを崩したように見せかける。


 そして、後ろに振り返りながら火の球をシルバに向かって発射した。


「甘いぞ。壱式水の型:散水拳」


 火の球はシルバが水を纏わせた拳から水滴を散弾にして放ったことで鎮火してしまい、それでも勢いの止まらない残りの散弾をアルはどうにか騒乱剣サルワで防いだ。


 しかし、アルは剣で視界を塞ぐようにガードしてしまったせいでシルバを見失ってしまった。


 その隙を見逃すシルバではなく、アルの死角から手をアルの首筋にピタッと押し当てる。


 こうなればもう自分に勝ち目はないのでアルは両手を挙げた。


「参りました。また負けちゃったか」


「俺の勝ち。アルの戦い方を俺が見切ったからこうなっただけで、野良のモンスターとか初見の相手なら良い感じに引っかかるんじゃないか?」


「僕はシルバ君から一本取りたいのさ」


「それはまだまだ先の話だな。精進したまえ」


「ぐぬぬ、悔しい」


 いつかシルバに参ったと言わせてやるとアルは心の中で思いつつ、今は素直に自分の負けを受け入れた。


 今日の鍛錬はこれで終了なので、シルバとアルは訓練室の後片付けをしてから外に出た。


 そのタイミングで2人のマジフォンの通知音が鳴った。


「エイル先輩からキマイラ中隊第二小隊はいますぐ中隊の部屋に集合だってさ」


「学生寮にいなくて良かったね。部屋にいたらシャワーを浴びてて気づくのが遅れたかもしれないし」


「そうだな。早速行こうか」


 エイルを会長と呼ばずにエイル先輩と呼ぶようになったのは学生会長選挙が終わったからだ。


 メアリーが新会長になった今、エイルを会長と呼ぶとややこしいので名前プラス先輩呼びすることにしたのである。


 エイルの呼び方はさておき、シルバとアルは集合場所へと向かった。

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