第114話 もぉ、私の若旦那を虐めちゃ嫌なんだからね?

 数日後、シルバ達は行商用の特殊な馬車に乗ってディオニシウス帝国からサタンティヌス王国に入国するところだった。


「止まれ。身分を証明する物を提示しろ」


「わかりました」


 サタンティヌス王国の門番に対し、馬車に乗っていたシルバは帝国軍で推奨されている商業ギルドの会員証を提示した。


「ふむ、アンジェロ商会の行商人か。君は随分と若いようだがいくつなんだい?」


 シルバは今、行商人らしい衣装を着ており、お金持ちの坊ちゃんよりはワンランク下がるがそこそこお金は持っていそうな外見である。


 門番に捕まったシルバをフォローすべく、エイルがシルバの後ろから抱き着く。


「若旦那~、まだかかるの~?」


「あぁ、すまないね。この門番さんが熱心なもので」


「もぉ、私の若旦那を虐めちゃ嫌なんだからね?」


「あっ、はい。通って良いぞ」


 エイルにムッとした表情をされたため、門番は自分の好奇心で可愛い子に嫌われるのは困るからシルバ達を通した。


 門番達から離れたところで御者をしているロウがニヤニヤしながら振り返る。


「やだー、ノリノリじゃないですかエイルさん」


「ロウ! あれは仕方なくです! いざとなったらああするのが良いってアリアさんが言ってたんです!」


「私、あそこまではっちゃけると思ってなかったよ~」


「アリアさん!?」


 シルバ達はアンジェロ商会を名乗っており、エイルが言った通りシルバは若旦那役だ。


 エイルとアリア、ついでにエレンは売り子に扮しており、アルはシルバの付き人、ロウは御者、ソッドとマルクスは雇った護衛という役割になっている。


 シルバが若旦那役に決まったのは男性陣で唯一武器を持っていないのが彼だけだったからだ。


 若旦那役が武装していると不自然だということでシルバが若旦那役に決まり、アルはシルバの補佐役に立候補したから付き人になった。


 ロウは目が良いし斥候の役割があるから御者になり、キマイラ中隊で成人かつ武装しているソッドとマルクスは雇った護衛と言えば誤魔化せそうと作戦会議で決まった。


 ちなみに、売り子役にノリノリなのはアリアだけでエイルとエレンは普段着ない服装に恥ずかしがっている。


 それでもシルバが門番に捕まっては困るとエイルが事前にアリアから習った手法を実践し、どうにか門番を突破した。


 恥ずかしい気持ちを我慢してやったことを褒められるならまだしも、揶揄われるなんてあんまりだとエイルが思うのも仕方あるまい。


「ロウ先輩もアリアさんもエイル先輩を揶揄わないで下さい。エイル先輩、先程は助かりました。見事な演技でしたよ」


「シルバ君・・・」


 フォローしてくれたことは嬉しかったが、シルバに演技と言われたことにエイルは少しだけモヤモヤした気持ちになった。


 自分の好意は普段表に出さないだけで演技ではないからである。


 その一方、アルは自分が男装しているせいで堂々とシルバにアピールできないことを歯がゆく思っていた。


 フラストレーションを溜めるのは良くないので、アルは細やかな八つ当たりをすることにした。


「ところでロウ先輩、この前ヴァーチスさんから色々訊かれてましたけど一体どんな話をしてたんですか?」


「アル、お前!?」


 ロウはエレンから向けられた視線で寒気を感じてブルッと震えた。


「ロウ君、私も気になりますね。参謀部門のマチルダ先輩とどんな話をしてたんですか?」


「ひぇっ」


 エレンから圧の込められた質問を受けたせいでロウの震えは止まらない。


 エレンとマチルダの2人がソッドを巡って静かに争っているのはキマイラ中隊でもソッド以外にとっては常識だ。


 それゆえ、ソッドだけ純粋にどんな議論をしていたんだと首を傾げているが、ソッド以外はロウがマチルダの恋愛に力を貸しているのだと察した訳だ。


「ロウ君、黙ってるだけではわかりませんよ? どんな話をしてたんですか?」


「マジフォンの機能改善や使い心地についてレポートしてただけです!」


「そうですか。ロウ君、今思い出しましたが私も相談したいことがあったんです。後で時間をもらっても構いませんね?」


「はい!」


 ロウに拒否権なんてなかった。


 ソッドは弟とエレンという小隊のNo.2同士が活発な意見交換をしていることにうんうんと満足そうに頷いていた。


 恋愛感情に疎いシルバも流石にソッドよりは自分の方がまだマシだと思う程だった。


 余談だが、マジフォンはキマイラ中隊第一小隊にも配られている。


 今ではキマイラ中隊全員がマジフォンを使ってやり取りをするようになっているから、連絡を取り合うのにかかっていた時間が短縮されて業務効率が改善された。


 少し騒がしくなったシルバ達の馬車だが、ロウがピクッと反応して右斜め前の方を向けば静まり返る。


「ロウ、何か聞こえたのかい?」


「兄貴、何かの叫ぶ声が聞こえた。多分モンスターだ」


「国境を越えればブリード村までそう遠くない。いきなり当たりかもしれないな。総員、戦闘準備」


 ソッドの指示を聞いて中隊全員の表情が引き締まる。


 いつでも戦える状態で周囲を警戒し、どのタイミングでモンスターが出て来ても構わないような態勢になった。


「モォォォォォ!」


「右斜め前よりレッドブル! 数は1体!」


「僕が止めます!」


 ロウが右斜め前から突撃して来るレッドブルについて報告すると、アルが<土魔法アースマジック>でレッドブルの前方に段差ができるように調整する。


 それにより、段差でカクッとバランスを崩したレッドブルが転んだ。


「とどめは俺がやります。弐式:無刀刃!」


 レッドブルは食料という考えなので、シルバが転んだレッドブルに無駄な傷をつけずにスパッと首を刎ねた。


 シルバは馬車を飛び降り、食べられる部位と売れる部位を素早く回収するべく解体を始める。


「あれ? なんだこれ?」


「シルバ君、何か見つけたのかい?」


「ソッドさん、レッドブルの角にタグが付けられてます」


「当たりかな?」


「その可能性がありますね」


 ロウが馬車を停めてすぐにソッドも飛び降りて解体するシルバの隣に移動した。


 ソッドはシルバが持っているレッドブルの角に認識番号が記されたタグを見て間違いないと判断した。


「ブリード村で管理されてたんだろう。レッドブルも管理するとは大した管理体制じゃないか」


「他にどんなモンスターがいるか気になりますね。制御できてたとしたら厄介です」


「確かにその通りだ。モンスターを操る術を王国が得てるのだとしたら、その技術で帝国に仕掛けて来ないとも限らない。シルバ君、急いで解体してくれ」


「了解しました」


 傷の少ないレッドブルの死体を放置するのは惜しいから、ソッドはこのまま捨てて行くとは言わなかった。


 シルバがてきぱきと解体作業を進めていたら、血の臭いを嗅ぎ取ってパープルウルフ率いるブルーウルフの集団が現れた。


「首輪発見! いずれもシルバの見つけたタグ付き!」


「今度は私が戦うとしよう」


「俺も座りっぱなしに飽きたから戦う」


「援護します」


 後続の敵に立ち向かうのはソッドとマルクス、エレンだ。


 ソッドとマルクスがパープルウルフ達を近づけないように戦い、エレンが<水魔法ウォーターマジック>で2人を援護した。


 5分もしない内に戦闘は終わり、ソッドもマルクスも無傷だった。


 今度はブリード村でモンスターを管理している証拠集めと解体に人数をかけ、これ以上血の臭いで他のモンスターが集まって来る前にシルバ達は馬車を走らせた。


 馬車を操縦しながらロウがあることを思いついて中隊全員に訊ねてみる。


「ブリード村で今倒したモンスターの毛皮を売ったら村人がキレますかね?」


「一種の踏み絵みたいなものですね。敵の反応を探るには良い手かもしれません」


 ロウの提案に真っ先に反応したのはエレンだった。


 使える物は容赦なく使うというスタンスは小隊長補佐として求められる行動なのだろう。


 そこにアルが加わる。


「流石に襲って来たモンスターの毛皮だけ売ったら怪しまれます。他の商売道具と一緒に売りましょう。それでも気づいて敵意を向けて来た者がいれば捕縛して尋問すれば良いと思います」


「それだ」


「賛成です」


 (この3人が組むと怖いこと考えるよな)


 シルバはアルとロウ、エレンの話し合いを聞いてまだ見ぬ敵に少しだけ同情した。


 それから、シルバ達の乗る馬車がブリード村に到着したのは15分後のことだった。

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