第29章 拳聖、異界に乗り込む

第301話 喰われるのはお前だ

 オロチを捕縛してから1ヶ月以上経過し、7月も中旬に差し掛かった日の午前にシルバはマリアとの修行を終えた。


「ふぅ。私の目から見ても、シルバは土属性と闇属性を自在に使えるようになったわね。おめでとう。私と同じ全属性マスターだね」


「これも双修のおかげ?」


「そうね。昼は私式の双修、夜も3日に1回は通常の双修をしたから、会得までかなり時間は短縮できたと思うわ」


 シルバはオロチとの戦いを終えてからも、割災でレインボー級モンスターがエリュシカに送られてくることに備えて修行をした。


 結果として、割災の頻度はそこまで増えなかったけれど全くないこともなかった。


 また、送られて来るモンスターも最高でゴールド級モンスターであり、シルバー級モンスターがメインに戻った。


 その原因だが、ティファーナの不在が影響している。


 カリュシエの民がレインボー級モンスターをエリュシカに送り込めたのは、ティファーナの<託宣オラクル>があってのことだ。


 彼女が異界カリュシエにいないから、レインボー級モンスターを相手に被害を最小限にしてエリュシカに送り込めなくなったため、カリュシエの民がレインボー級モンスターに手を出さなくなったのである。


 それでも割災が再び発生しているのだから、楽観できる訳ではない。


「話は変わるけど、マリアに質問がある」


「何かしら?」


「しばらく前からティファーナとコソコソしてたよな。もしかして、異界カリュシエとエリュシカを行き来する手段に目途がついてない?」


「・・・まったく、シルバのような賢い弟子は嫌いよ」


「本当に嫌い?」


「そんなことないじゃないの! 大好きに決まってるでしょ!?」


 嫌いという言葉が本心ではないだろうと思い、シルバはマリアに本当に嫌いなのかと訊ねたら、マリアは先程と真逆な発言をした。


 マリアがシルバのことを嫌いになるはずなく、ただネタに走っただけである。


 もっとも、そのネタを知っているのがマリアだけなのでシルバには通じないのだが。


「マリアは異界カリュシエに行くつもり?」


「そうね。行って帰って来れるなら、強いモンスターの間引きやカリュシエの民と肉体言語O・HA・NA・SHIできるかと思って」


 マリアの考えている手段は確かに効果的だ。


 マリアが異界カリュシエで間引きならば、エリュシカにレインボー級モンスターが誘導される可能性は限りなく減る。


 何故なら、マリアはレインボー級モンスターでも容易く狩る実力があるからだ。


 カリュシエの民の住処に乗り込み、エリュシカに<外界接続アウターコネクト>でモンスターを送り込むなと脅せば、マリアによって滅ぼされる方が先になるから、割災は起こらなくなるだろう。


「俺も行くぞ」


「シルバは駄目よ」


「なんで?」


「公王自ら異界カリュシエに行くなんて危険だわ」


「第三皇妃が異界カリュシエに行くのも危険だろ。というか、俺はマリアだけ行かせるなんて夫としてできない」


「シルバ・・・」


 シルバの真剣な表情にマリアは年甲斐もなくキュンとしてしまい、自制心が利かないままシルバに抱き着いてしまった。


 そこにレイがムラマサ城から飛んでやって来た。


 マリアがシルバを抱き締めているのを見て、レイは羨ましくなったらしい。


『ご主人のお師匠様狡い! レイも!』


 レイは<収縮シュリンク>で小さくなり、そのままシルバの背中にぴったりと貼りついた。


 マリアが満足してシルバから離れた後、レイはちゃんとシルバに抱っこされてご満悦の様子だ。


「レイ、何か用事があってここに来たんじゃないのか?」


『そうだった。ティファーナの<託宣オラクル>が発動したんだって。修行中はマジフォンを見ないだろうから、レイが知らせに来たんだよ。一旦お城に戻って来て』


「わかった」


 シルバとマリアは大きくなったレイの背中に乗り、そのままムラマサ城へと戻った。


 シルバ達が戻った時には談話室に関係者全員が集まっていた。


「ティファーナ、<託宣オラクル>が発動したらしいな」


「はい。モンスターファームの最北端の海岸に強大なモンスターが現れるそうです」


「マジフォンの割災予報機能に反応がないってことは、そのモンスターが海を自由に行き来する個体と見て良いのかな?」


「そうだと思います。割災が起きるとは教えられなかったので、過去の割災でエリュシカに紛れ込んだモンスターではないでしょうか」


 警報がマジフォンから鳴っていないのならば、ティファーナの言う通りに違いない。


 水辺ということもあり、向かうのはシルバとエイル、レイ、マリナに決まった。


 アリエルはその分デスクワークに勤しみ、マリアはティファーナと異界カリュシエに攻め込む段取りの調整を行う。


 シルバとエイルはそれぞれレイとマリナの背中に乗り、モンスターファームの最北端の海岸に向かった。


 到着した海岸はプライベートリゾートのビーチと表現しても過言ではないぐらい穏やかで静かだった。


「夏になった訳だし、今度皆で海水浴ってのも良いかもな」


「そうですね。この海岸ならマリナが遊んでも周りに迷惑は掛かりませんし、のんびりできそうです」


 そんな話をしていると、水平線の向こうから何かが高速で海岸に向かって来た。


 どんどんそれは近づいて来て、海の深さと体の都合上もう近づけないラインまで来たら海面に浮上する。


 現れた黒い巨大魚らしきモンスターに対し、シルバとエイルはマジフォンのモンスター図鑑機能でその正体を調べ始めた。


 幸い、今回はマリアが遭遇したことのあるモンスターらしく、モンスターの情報がマジフォンの画面に映し出された。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:バハムート

性別:雌  ランク:ゴールド

-----------------------------------------

HP:A

MP:A

STR:A

VIT:A

DEX:A

AGI:A

INT:A

LUK:A

-----------------------------------------

スキル:<水魔法ウォーターマジック><氷魔法アイスマジック><捕食吸収イートドレイン

    <剛力踏メガトンスタンプ><全半減ディバインオール><念話テレパシー

状態:空腹

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 (魔法スキルも十分面倒だけど、あの巨体で<剛力踏メガトンスタンプ>は勘弁してほしいな)


 バハムートの巨体は二階建ての一軒家ぐらいあるから、その大きさで自分達を押し潰そうとするのは止めてくれとシルバが願うのも無理もない。


『腹が減ったわ。美味しそうな餌が4つ。食べなきゃ損ね』


 バハムートはそれだけ言って<捕食吸収イートドレイン>を発動する。


 大きく吸い込み、食べた物をHPの回復に充てるこのスキルをただ食欲を満たすためだけに使うとは、バハムートは本当に食い意地が張っている。


「喰われるのはお前だ。陸式雷の型:鳴神」


 シルバが拳を突き出して雷の槍を発射すれば、それがバハムートに吸い込まれて口内に入る。


 <捕食吸収イートドレイン>は魔法スキルを喰らうことまでできたりしないので、バハムートはシルバの攻撃のせいで体に激痛を感じる。


「ヒンギャァァァァァ!」


『暴れられては面倒ですね』


 マリナはバハムートが暴れて生じた波が海岸に向かうのは避けたくて、光鎖ライトチェーンバハムートの体を拘束しようとする。


『我を舐めるなぁぁぁぁぁ!』


 バハムートは自分を拘束なんてさせてなるものかと大円波サークルウェーブを発動し、自分に何者も寄せ付けまいと反抗した。


 力比べではバハムートの方に分があり、マリナの光鎖ライトチェーンは弾かれてしまった。


 バハムートが起こした波は、シルバもエイルもそれぞれの従魔の背中に乗って空に逃げれば当たらない。


『冷凍保存してやる!』


 レイはこれ以上バハムートを暴れさせぬように天墜碧風ダウンバーストを発動した。


 巨体ゆえに身軽に躱せないから、バハムートに天墜碧風ダウンバーストが直撃してバハムートの体が氷漬けになった。


 バハムートはレイの攻撃で体の芯まで凍えてしまったらしく、動き出す気配は皆無だった。


 その後、海岸に凍ったバハムートを水揚げしてから、シルバ達はバハムートの解体をてきぱきと済ませた。


「自由に泳ぎ回ってたからなのか、美味そうな肉だな」


『ご主人、お腹空いてきちゃった』


「そうだな。いつもならもう昼食は取り終えてる頃だし、海を見ながら食事にしようか」


『うん!』


 レイにお腹が空いたと言われれば、シルバもその言葉に釣られてお腹が空いてしまったので、シルバ達は敷物を敷いてから昼食を取った。


 マリナは金魔石も貰えてご機嫌だし、エイルも偶には海を見ながらの食事も良いなと思っていたので反対意見は出なかった。


 昼食を済ませてムラマサ城に戻ると、コック達が解体されたバハムートの肉を見て夕食は楽しみにしていてくれと告げたことを補足しておこう。

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