第89話 開発費用は聞かないことをお勧めする

 翌日、シルバは授業が終わった後にヨーキと共に教室に残っていた。


 アルと一緒ではないのはヨーキの用事は自分だけに対するものだから、シルバがアルを先に行かせたからだ。


「ヨーキの用事ってなんだ?」


「ちょっと今日のフィールドワークで起きたことについて相談したくてな」


「フィールドワークの相談? それなら俺だけじゃなくてアルもいた方が良かったんじゃないか?」


「アルはその、弱みを見せるとそれで脅して来そうだから」


 (アルが腹黒いことをよくわかってるじゃん)


 そんなことないよとアルの声が聞こえてしまったらヨーキ終了のお知らせである。


 隠れてコソコソと自分の悪口を言われていたと知れば、アルならそれ以上の口撃でやり返しかねないからだ。


「まあ、アルのことは置いておくとしよう。それで、今日のフィールドワークの相談って言ってたけど何かあったのか?」


「今日は俺とメイがアイテル湖でゴブリンの討伐ミッションを受けたんだ。ゴブリンの群れを見つけて2人で戦ったんだけど、俺の方が倒したゴブリンの数で負けちまった。メイと戦ったら俺の方が強いのになんで負けたんだと思う?」


 ヨーキの悩みを聞いてシルバはすぐに自分の考えを述べる。


「そりゃメイに躊躇いがないからだろ」


「躊躇い?」


「そうだ。ヨーキもメイも模擬戦という殺してはいけない時にちゃんとセーブしてる。これはB1-1の全員が同じだ。でも、いざ実戦となった時にメイは敵を倒すことに全く躊躇いがない。前に組んでみた時に俺はそう思った」


「確かにそうだった。なあ、メイはなんで躊躇いがないんだろうか?」


 ヨーキは今日のフィールドワークでのメイの様子を思い出して頷き、メイの強さについて心当たりがないかシルバに訊ねた。


「チラッと聞いた話じゃ家の方針で敵を傷つけるのに容赦しないよう訓練されたらしい」


「どんな訓練をしてたんだろうな。訊きたいような訊きたくないような」


「流石に訓練の内容は教えてくれなかった。いや、言いたくなかったのかもしれない」


「そうか。訓練の内容を聞けば強くなるきっかけが得られるかもって思ったんだけどなぁ」


 ヨーキは強くなりたいと思っているけれど、他人の事情を無視して強さだけを求めるタイプではない。


 それゆえ、メイが何か話したくない事情を抱えているなら無理に訊こうとは思わなかった。


 シルバはヨーキが伸び悩んでいるとわかっていたのでアドバイスすることにした。


「ヨーキの場合、雄叫びを上げて敵を怯ませながら攻撃するじゃん。静かに仕留めれば良いんじゃないか? メイよりも得物のサイズは小さいんだ。静かに倒してみろよ」


「なるほど。それもそうか」


 キェェェなんて叫びながら1体倒せば、間違いなく残った敵に警戒されて倒すのが遅れてしまう。


 メイの場合、戦槌ウォーハンマーで周囲を巻き込みながら叩くから、武器以外同じ条件で戦った場合にメイの方が短い時間で多くの敵を倒せる。


 躊躇いもなければ余計にメイの方が多くの敵をヨーキよりも早く倒せるだろう。


「ヨーキも何か自分のスイッチになるようなルーティンを決めれば良いんじゃね? スイッチを入れた時だけ戦術が変わったら、対人戦でも有利に働くだろうし」


「良いね。ちょっとその方向で考えてみる。ありがとな」


「どういたしまして」


 ヨーキと別れたシルバは学生会室へと向かった。


 ヨーキの相談に乗っていたこともあり、シルバは学生会室に一番遅くやって来た。


 そうだとしたら、室内にいる人数は5人であるはずである。


 ところが、シルバが部屋に入った時には6人いた。


 自分よりも先に来ていた6人目と目が合ってシルバはお辞儀した。


「ヴァーチスさん、こんにちは」


「こんにちは、シルバ。君の到着を待ってたんだ」


 シルバよりも先に学生会室に来ていたのは昨日のOBOG会に参加していたマチルダ=ヴァーチスだった。


 キマイラ中隊の部屋に来るならまだわかるが、彼女が学生会室に来る理由がわからずシルバは首を傾げた。


 少し考えて1つだけ思いついたことがあったから、シルバは心当たりを口にしてみた。


「残念ながらクッキーは今持ってないです」


「私は君が考案したクッキーを好んでるのは間違いない。だが、流石にクッキー欲しさに学生会室には来ないぞ」


「失礼しました」


 同じ階級だから許されるやり取りであって、これが上官ならば人によってはそれだけで罰を与えようとする者もいるだろう。


 そういった意味ではマチルダがシルバという人間を誤解せず、自分がここに来た理由について真剣に考えた結果を口にしたと理解しようと思えるぐらいには昨日のイベントで仲良くなれて良かった訳だ。


「まあ、シルバが私の来た理由を思いつかなくとも仕方あるまい。今日来たのは88期学生会にテスターになってほしい魔法道具マジックアイテムを見てもらうためだ」


 そう言ってマチルダは鞄の中から6つの端末を取り出した。


 マリアがもしもこの場にいれば、なんでここにガラケーがと叫んだに違いない。


 見た目はディオニシウス帝国のエンブレムが描かれた銀色のガラパゴス携帯だ。


 マチルダはそれらと同じ物を軍服のポケットから取り出して説明を始める。


「この魔法道具マジックアイテムはつい最近開発されたマジフォンという通信機器だ。予め魔力をチャージして使うんだが、マジフォンを通して離れた距離でも声を届けたり、マジフォン同士で文字の筆談ができる」


「「「「「「おぉ・・・」」」」」」


 そんなすごいものが開発されたのかとシルバ達は同じようなリアクションをした。


 そのリアクションにマチルダは満足したのか微笑み、更に説明を続けていく。


「君達にはこれを今の生活に取り入れてみてほしいんだ。軍でもキマイラ中隊第一小隊のメンバーにはテスターを依頼してるけど、学生の方が私達の想定してない使い方をするかもしれない。だから、君達にマジフォンを渡しに来たんだ」


「ヴァーチスさん、声を届けたり文字の筆談以外に機能はないんですか?」


「どういうことだねシルバ?」


「前に師匠に聞いたことがあるのですが、自分が見ている光景を別の場所にいる人に見せる魔法道具マジックアイテムがあるらしいです」


「・・・そんな魔法道具マジックアイテムは聞いたことがない。シルバ、君の師匠は何者なんだ?」


 (まだヴァーチスさんには言って良いか悩ましいんだよな)


 マチルダが悪い人ではないとは思っているが、流石にアルケイデスぐらいの信頼感がないとマリアのことは話せない。


 そう判断してシルバは嘘ではないけれどストレートにも言わないように気を付けて口を開く。


「何者って言われると難しいですね。変わり者なのは間違いありませんが」


「ふむ。まあ、シルバの師匠がどんな人物かよりもその発言の方が重要だから置いておくとしよう。そうか、光景を共有できる機能があると利便性が増すな」


「ですよね。偵察した時に言葉だけでは伝わらないかもしれませんが、同じ光景を共有できれば報告による情報伝達の漏れがなくなると思います」


 シルバはマチルダの興味を逸らすことに成功してホッとした。


「やはり君達の所にマジフォンを持って来たのは正解だった。今のシルバみたいな感じで改善要望やこんな時にマジフォンが使える等気づいたことをレポートしてほしい。操作方法は今から教えるから安心してくれ」


 それから、マチルダによるマジフォンの操作研修が始まった。


 基本操作に加えて通話するための番号登録に加え、文字のやり取りを行う掲示板機能の説明が行われた。


「1対1でスピーディーに話がしたければ通話し、1対多数の会話や喋れない状況下での意思の疎通は掲示板を使った方が便利というのが開発者の想定だ。質問はあるか?」


 マチルダが周囲を見回すとアルが手を挙げる。


「マジフォンの魔力チャージはどうすれば良いでしょうか?」


「握ることを想定してるボタン側に魔力を注げば良い。人間は寝てる間にも魔力を回復できるから、寝る前に一度満タンまでチャージすれば翌日寝るまでは使えるはずだ」


 次に手を挙げたのはメアリーだった。


「こちらの開発費用はどれぐらいなんでしょうか? 万が一壊しちゃった時に弁償できるんでしょうか?」


「開発費用は聞かないことをお勧めする。聞けば普段使いするのに躊躇って有効なデータが集められないからな。万が一壊したとしても、それが仕方のない状況であれば不問とする。一応、耐久度の試験もしてあるから安心してくれ」


「わ、わかりました」


 これ以上聞いても使うのに緊張して壊しそうだと思ったのか、メアリーはもう何も聞かなかった。


 今日の学生会活動はマジフォンの操作研修と昨日のイベントの事後処理で終わり、シルバ達は学生寮の部屋に戻って行った。

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