第250話 黙れ愚王

 国王の寝室には誰もいなかった。


 ただし、つい先程まではここに国王がいたのだろう。


 椅子にはまだ温もりが残っており、国王が座っていたらしき形跡が見られた。


 そして、柱の近くには普段隠されている地下に続く階段が出現していた。


 王城の見取り図によれば、この先には王族専用の隠し通路が存在する。


「国王は逃げたらしい。手筈通りなら行き止まりになってるはずだから、このまま追いかけよう」


「「「了解」」」


 隠し通路の出口にはロザリー直属の密偵が待っており、もしも王族が自分の持ち場に現れた時は追い返すようにとロザリーから指示が出されている。


 シルバ達が階段を降りた所は石造りの通路になっており、いきなり十字路になっていた。


 逃げた国王がどのルートを選んだか調べるべく、シルバは通路を殴って探知する。


 殴った反響で探し物をするなんて芸当は、シルバやマリアぐらいの実力者でなければできるはずない。


 この方法で見つけられたとしても、見つけられた側の不手際だったと言うには無理がある技術である。


 (見つけた。左のルートに3人いる)


 シルバは正面と右のルートから反応を確認できず、左のルートのみ歩いている者の反応をキャッチした。


 探知できた反応は3つあり、戦えそうな足取りが1人とそうでない足取りが2人だった。


 シルバがハンドサインで左に行くと伝え、アリエル達はそれに頷いて後から続く。


 地下の隠し通路は最初の十字路以外は迷路のようになっていなかった。


 これは王族が長距離の移動に慣れていないからだろう。


 迷路のようにしていれば、追手がいても時間稼ぎにはなるだうがそこまで頭は回らずに設計されている。


「くっ、どうして回り込まれてる!?」


「どういうことなの!? この道は王族しか知らないはずじゃないの!?」


「両陛下、落ち着いて下さいませ。正確に出口を知られていたことから考えると、この隠し通路を作り上げた段階で設計者が保険として設計図を写していたのでしょう」


「それで落ち着いていられるか!」


「そうよそうよ! 設計者を見つけ出して一族郎党死刑にしなければ気が済まないわ!」


 喚き立てるのは初老の男女であり、それを諫めるのは中年の男性の声だった。


 3人の声はどんどんシルバ達に近づいて来て、数分の内にシルバ達と対峙した。


「こんにちは、死ね!」


 アリエルは無詠唱で鋼弾乱射メタルガトリングを発射する。


 護衛の騎士が咄嗟に前に出て盾を構えるが、それは僅かに遅くてぶくぶく太った女性が蜂の巣になって倒れた。


 その女性同様ぶくぶく太った男性は体のあちこちにかすり傷ができてしまい、自らが血を流してしまったことに悲鳴を上げる。


「ひぎゃぁぁぁぁぁ! 血、血がぁぁぁぁぁ!」


「国王陛下、今は堪えて下さい! そのように動かれては守れるものも守れません!」


 国王が喚き立ててから勝手な行動をする予感がしたらしく、騎士が無礼を承知で強めに注意する。


「足元がお留守だよ?」


「ぐぷっ」


 騎士が前方からの攻撃ばかりに気を取られていたため、アリエルは岩柱ロックピラーで騎士の足元に岩の柱を創り出し、騎士を天井のシミに変えた。


「ひぃぃぃぃぃっ!」


 岩柱ロックピラーが解除され、グロ注意な死体が目の前に落ちて来たことで国王は再び悲鳴を上げた。


「このぶくぶく太った肉袋と血の繋がりがあるなんて反吐が出るね」


「ま、まさか、アリエルなのか!?」


「黙れ愚王」


 アリエルは岩弾乱射ロックガトリングを発動し、国王は王妃同様に蜂の巣になってその場に倒れた。


 それでも、手加減をしたせいでまだ国王の息の根は止まっていなかった。


「僕は優しいからさ、親子一緒のやり方で殺してあげる」


 地べたに転がって痛みに悶える国王に対し、アリエルは騒乱剣サルワでその首を刎ねて一方的な追撃戦リンチは幕を閉じた。


 騒乱剣サルワの血を振り払い、アリエルはそれを背負い直してシルバ達の方を振り返った。


 母親を弄んだ敵を殺したことから、アリエルはとても満ち足りた表情でシルバに抱き着く。


「シルバ君、やったよ。僕は遂にやり遂げたんだ」


「お疲れ様。アリエルは今までよく頑張ったよ」


 やったがったにしか聞こえないけれど、シルバはアリエルを一切否定することなく労ってあげた。


 機会はないと思っていたにもかかわらず、思いがけないところからチャンスを得て無事に親の敵討ちができたのだ。


 ずっと我慢していたアリエルを拒絶することなんてシルバにはできない。


 アリエルがシルバに甘えている内に革命軍が隠し通路までやって来た。


「見ろ、国王と王妃が討ち取られてるぞ!」


「我等の勝利だ!」


「静まれ! 拳聖様とアリエル第二王女がいらっしゃるのだぞ!」


 革命軍の主導者が浮足立つ部下達を黙らせるが、彼も心の中では踊り出したいぐらいテンションが上がっている。


 アリエルはまだ自分に甘えたままなので、シルバは彼女の代わりに革命軍の主導者に指示を出す。


「国王と王妃、外に転がってる第一王子の首を国王軍に見せつけてやれ。それで俺達の勝利と内戦の終わりを王都に知らしめろ」


「承知しました! お前達、急ぐぞ!」


「「はっ!」」


 主導者達が国王と王妃の死体を急いで運び出したところで、シルバ達に接近する者がいた。


「シルバ様、皆様、この度は遠いところ足を運んで下さり誠にありがとうございました」


「俺が仕事を頼んだロザリーお姉ちゃんの密偵だな?」


「その通りでございます。シュヴァルツとお呼び下さい」


 シュヴァルツと名乗った密偵は特別性の黒い軍服を着ており、中性的な顔で小柄だったから性別不明だった。


「シュヴァルツ、早速案内してくれ。アリエルの目的は達せられたが、魔石研究室長としての俺の目的はここからが本番なんでな」


「かしこまりました」


 シルバ達はシュヴァルツの案内で隠し通路を出た後、頑丈そうなドアの部屋に連れて来られた。


 ドアには国王の寝室と同様に結界が張られていたが、シュヴァルツがドアの前で作業をしたことで結界が解除される。


 シュヴァルツがドアを開け、中に入ったところでシルバ達は室内に保管された大量の魔法道具マジックアイテムを見つけた。


「国王には収集癖がありまして、ここに集められているのはどれも魔法道具マジックアイテムです」


 シュヴァルツの説明を聞き、シルバはもしかしたら期待できるかもと機嫌を良くした。


 シルバの言う魔石研究室の室長としての目的とは、モンスターを狙った場所に誘導する魔法道具マジックアイテムの作成のヒントになるものを探すことだ。


 従魔に埋め込むタグの方はロザリーの密偵が確保している。


 それはそれとして、国王が魔法道具マジックアイテム好きという噂を仕入れたため、シルバは国王が魔法道具マジックアイテムを溜め込んでいる部屋を探していたのだ。


 実際にはアリエルの復讐を優先したため、シルバ達ではなくシュヴァルツが魔法道具マジックアイテムの保管部屋を探し当てたのだけれど、細かいことを気にしてはいけない。


「シルバ様、こちらが魔法道具マジックアイテムのリストのようです。簡単ですが、道具アイテム名と効果が記載されておりました」


「ありがとう。確認させてもらうよ」


 シュヴァルツからリストを受け取ると、シルバはそこに記された魔法道具マジックアイテムについて確認し始める。


 (計算機カリキュレーターって便利だな。計算してくれるのか)


 いくつか気になる魔法道具マジックアイテムはあったが、シルバが真っ先に気になったのは計算機カリキュレーターだった。


 数字や記号を撃ち込めば、足算、引算、掛算、割算の四則計算を自動でやってくれる魔法道具マジックアイテムだと知り、これをジーナが見たら大喜びだろうなと思った。


 その他の魔法道具マジックアイテムでは、掃除機クリーナーは掃除をする上で便利という感想を抱いた。


 リストの中にあった魔法道具マジックアイテムは残念ながらモンスターの誘導に使えるヒントにはならなかったが、貴重な物を見れたことにシルバは感謝した。


 そこに先程隠し通路にやって来た主導者の部下がやって来た。


「拳聖様とアリエル様、恐れ入りますが城壁で王都の民に向かって挨拶をしていただけないでしょうか。これからリーダーが挨拶をするのですが、内戦が終わってもこの国の未来はまだ不安定なままなんです。そこで是非とも拳聖様とアリエル様の力強いお言葉を頂戴したいのですが」


 こうなることはロザリーのシナリオ通りである。


 したがって、シルバもアリエルも挨拶は既に考えてある。


「わかった。行こう」


「ありがとうございます。では、城壁に案内いたします」


 この後、シルバとアリエルは簡単に挨拶を行い、不安を抱える王都の民に食べられるモンスターの肉を提供した。


 空腹は見通しの見えない今後の不安を強めるが、腹が満たされれば心に余裕が生まれる。


 そこにロザリーの密偵達がサクラとして公王陛下万歳と言い出せば、シルバはムラサメ公国の建国と公王になる宣言と妃としてアリエルとエイルを紹介できた。


 (なんだか全部ロザリーお姉ちゃんの掌の上って感じだ)


 話が上手くいき過ぎたため、シルバがそのように思うのも無理もない。

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