第235話 オレサマ、テキ、ミナゴロシ

 アリエル達と別れて上空から呪われた剣の使用者達を探すシルバとレイだが、5分もかからずにそれらしき人物達を見つけた。


 ファルシオンを持つムキムキな男性がトスハリ教国の軍人を次々に斬り捨て、その後ろからハルパーを持つ細見の人物が追いかける。


 細身の人物は中性的な見た目をしており、男性なのか女性なのかわからない。


 その要因として、行く手を阻もうとするサタンティヌス王国の軍人達を無言で斬り捨てていることが挙げられる。


 気づけば周囲にはその2人しか生存者がいなくなってしまい、両者は向かい合ってそれぞれの武器を構えていた。


『間違いないわっ。マッチョの持つ剣が催眠剣アンラ・マンユねっ。あの男か女かわからない奴が握ってるのは背教剣タローマティなのよっ』


『邪悪、気配、察知。敵、同様、察知』


 (こっちが呪われた剣を察知できるように、相手も察知できるのか。そりゃ道理だ)


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの話を聞き、シルバはレイの幻影ファントムがあっても自分達の居場所がバレたであろうことを察した。


 催眠剣アンラ・マンユと背教剣タローマティの使用者達が正気を失い、自分達を捕捉できない可能性もない訳ではない。


 しかし、甘い想定をしていたせいで痛い目を見るのでは困るから、既に居場所がバレていると考えているのだ。


「オレサマ、テキ、ミナゴロシ」


「偉大なる神よ、何故私の問いかけに応じないのです。やはり神などいないのですね」


 (どっちも正気を失ってやがる)


 レイが戦いに巻き込まれない程度に接近したことで、催眠剣アンラ・マンユと背教剣タローマティの使用者達の声がシルバの耳に届いた。


 それらの声は完全に剣に呑まれたことを示しており、話が通じることはないだろう。


 両軍とも援軍をこの場に派遣することはなかった。


 もしも援軍をこの場に送ったとしても、斬り殺されるだけだから無駄になると判断してのことだ。


 シルバー級モンスターを従えるサタンティヌス王国の軍人も、戦況を変えられる12人の密偵もこの場には近づかない。


 近づけば無事では済まないと思ったからだ。


 こうして、シルバとレイが介入しやすい環境が整った訳である。


「オマエノチハナニイロダァァァ!」


「神は死んだ」


 操られた者同士、催眠剣アンラ・マンユと背教剣タローマティをぶつけ合い始めた。


 その時、2本の呪われた剣を破壊できるタイミングを伺うシルバのマジフォンが揺れる。


 掲示板でチャットして来たのはアリエルだった。


 シルバーマイマイから逃げる者達を捕まえ、催眠剣アンラ・マンユと背教剣タローマティの使用者の情報を手に入れたため、シルバにその情報を連絡して来たのだ。


 催眠剣アンラ・マンユの使用者の名前はザード。


 元々はファルシオンを使っており、それが前回の合戦で折れてしまったことから今回の合戦で使うファルシオンを探していたところ、武装回収令で回収された武器の中に催眠剣アンラ・マンユが交ざっていた。


 ちょっとやそっとじゃ折れない武器が欲しいと思っていたザードは、今まで自分が使っていたファルシオンよりも上等な見た目の催眠剣アンラ・マンユを見つけて手に取った。


 その時はまだいつも通りで多少粗暴なままだったらしいけれど、この戦場についてから人が変わったように暴れ出したそうだ。


 性格の相性から催眠剣アンラ・マンユに都合の良い殺戮人形に仕立て上げられたのだろう。


 それに対し、背教剣タローマティの使用者の名前はヤーマルという。


 彼は現状において、トスハリ教国の密偵を除いて最も信仰心の強い剣士だった。


 剣士としての力量は二流だったけれど、信仰心に自信があるから背教剣タローマティに唆されて背教したりしないと判断され、今回の合戦前に背教剣タローマティを託された。


 中性的な見た目にコンプレックスを抱いていたが、その見た目が男性の軍人からの支持を得られた理由であり、技量が彼よりも上な者がいても背教剣タローマティを託されたのだから、外見は大事な要因と言えよう。


 ザードはパワー重視で、ヤーマルはテクニック重視な打ち合いが行われており、そのせいでザードの力押しにヤーマルが喰らい付いていけるのだ。


「マッスル! マッスル! ルックアットミィィィ!」


「神がいない。神がいないなら、私が裁く!」


 ザードの思考の傾向が殺意から筋肉に変わり、ヤーマルは自分を神の代行者だと思い込んで自信に満ちた態度に変わる。


『あいつ等はムキになってるわっ。あのまま続けたらすぐに使用者が駄目になるんだからねっ』


『使用者、消耗、理解。思いやり、皆無』


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの話からして、使用者を考慮しない形で力を絞り出しているらしい。


 今のままではザードとヤーマルはすぐにまともには動けなくなるようだ。


 その情報を知ってシルバは周辺を確認する。


 (王国と強国にも状況の変化を察した者がいるみたいだな)


 ザードとヤーマルが戦えなくなるかもしれないと気づき、その場合には催眠剣アンラ・マンユと背教剣タローマティを回収しようとする者がいた。


 それらを野放しにしていると邪魔になるから、シルバはレイと共に該当の者達を無力化した。


 その者達は音や気配だけではシルバの接近に気づくことができず、幻影ファントムで姿の見えないシルバ達に一方的にやられた。


 邪魔者がいなくなったところで、シルバは先に背教剣タローマティから手を付けることにした。


 レイの背中から飛び降り、シルバはザードの攻撃を器用に受け流すヤーマルの背後に忍び寄る。


 忍び寄ってもレイから離れた今、幻影ファントムの効果範囲外に出てしまったシルバの姿は見える訳で、背後を取られたヤーマルは咄嗟に後ろを向いてしまう。


「チェストォォォ!」


 ヤーマルが後ろを向いた隙を見逃さず、ザードが催眠剣アンラ・マンユでヤーマルを後ろからバッサリと切り殺した。


 その時にはシルバが背教剣タローマティを奪い取って離脱しており、それを持ってレイと合流する。


「レイ、これをしまっといて」


『任せて』


 シルバは背教剣タローマティをレイの<道具箱アイテムボックス>でしまってもらい、すぐにザードと対峙した。


 背教剣タローマティをこのタイミングで破壊する余裕はないから、ザードをどうにかして催眠剣アンラ・マンユを奪取した後にまとめて破壊するつもりである。


「キンニクサイキョウナリ」


「お前、だんだん催眠剣アンラ・マンユに耐性ができてないか?」


「キェェェェェ!」


 シルバの問いかけに応じることなく、ザードは催眠剣アンラ・マンユを頭上から振り下ろす。


「陸式雷の型:鳴神なるかみ


 シルバは振り下ろしを横に跳んで躱し、熱尖拳タルウィを装備した右の拳で催眠剣アンラ・マンユの腹に向かって攻撃する。


 熱尖拳タルウィの先端が触れた瞬間、催眠剣アンラ・マンユを雷撃が襲って周囲には雷が落ちた音が響いた。


 呪われた剣同士の衝突でも、【村雨流格闘術】と併せて使いこなしているシルバとそうでないザードではシルバに軍配が上がる。


 ザードが巨体で踏ん張ったことで吹き飛ぶことはなかったが、それでもバランスを崩したのは間違いない。


 シルバはその隙を逃さず左の拳に装着した渇尖拳ザリチュで追撃する。


「陸式雷の型:鳴神なるかみ


 熱尖拳タルウィで攻撃した位置を寸分違わず狙って攻撃できるのはシルバくらいだろう。


 ダメージが蓄積した結果、催眠剣アンラ・マンユに罅が入った。


『もう一押しなのよっ』


『ファイト』


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュに応援され、シルバは攻撃を続ける。


「肆式雷の型:雷塵求」


 技を維持できる限り、シルバはひたすら雷を纏った両方の拳を繰り出し続けた。


 その攻撃が催眠剣アンラ・マンユに雷と熱、乾燥のダメージをガンガン与えていく。


 攻撃され続けたせいで排熱が追い付かず、催眠剣アンラ・マンユに生じた罅はどんどん広がっていき、最終的にはバラバラの破片になって砕けた。


 それと同時にザードは催眠剣アンラ・マンユの支配から解放されたが、意識を乗っ取られたダメージが重過ぎて倒れた。


『やってやったわっ』


『成敗』


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの声は、催眠剣アンラ・マンユを壊した達成感からとてもご機嫌だった。


 (タルウィもザリチュもよくやってくれた。破片を回収して撤退するぞ)


 破片を放置して悪用されては困るから、シルバは目に見える催眠剣アンラ・マンユの破片だけ見つけてレイと合流した。


 レイと合流したシルバは空を飛んでアリエル達のいる場所に飛んで行った。


 その後、静かになったこの場所の様子を見に来た両国の軍人達は、ザードがヤーマルを倒した後に力尽きている姿を発見したのだった。

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