第12章 拳者の弟子、城の禁書庫に入る

第121話 詠唱してる時点で二流

 時が少し過ぎて4月になった。


 エイルとロウは軍学校を卒業したことで、学校の教室ではなくキマイラ中隊の部屋に向かうようになった。


 シルバとアルは2年生になり、クラスメイト全員でB2-1として進級した。


 年度末の試験の成績によっては進級時に天使級エンジェルになることもできるから、ヨーキ達は必死に勉強して全員で天使級エンジェルになると言うクラス目標は達成できた。


 今日は新入生の入学試験がある都合で2年生以上は休みとなっているが、学生会やクラブ長達は教師達の手伝いをさせられている。


 シルバとアルは校門に設置する受付の手伝いをする役割だった。


「キュッキュッキュイ♪」


「レイはご機嫌だな」


「注目の的だもんね」


 1月に連れ帰って以来、レイがシルバの従魔になったことはあっという間に知れ渡った。


 しかも、シルバがレイを従魔にしたことは第二皇子アルケイデスが保証したから、レイが軍学校や帝都ディオスで怯えられることはなかった。


 むしろ、レイを一目見ようとシルバに会いに来ようとする者さえいるぐらいだ。


「すみません、能天使級パワーのシルバさんですよね?」


「そうだけどどうした? 試験会場が何処かわからないのか?」


「いえ、自分は戦闘コースの試験会場をちゃんと把握してます。どうやったらモンスターをテイムできるのか訊きたかったんです」


「別に隠すつもりはないけど、まずは試験に受かってからにしろ。試験に集中しないと受かるものも受からないぞ」


「はい! 失礼しました!」


 試験会場に向かっていく受験生を見てシルバはやれやれと首を振る。


「今日でもう何回目だ? またかよって感じだけど」


「6回は訊かれてるね」


「キュイ?」


 もしかして自分のせいかと首を傾げるレイを見て、シルバは苦笑しながら例の頭を撫でる。


「レイのせいじゃないぞ。周りがミーハーなだけだ」


「キュイ」


 そうだったのかと頷くレイとそれを撫でるシルバの姿は周りの注目を集めてしまう。


 それでも、今日は入学試験があるのでシルバとレイのことばかり気にしていては足元を掬われてしまうので、シルバに質問した受験生は全員試験に集中し直すことになる。


 筆記試験の開始時刻が近づけば、校門に設置した受付の役目はほとんどない。


 遅刻者は事前に頷けるだけの事情を伝えていない限り、問答無用で不合格になる。


 これは軍人を目指す学生になるならば、寝坊等で遅刻はあり得ないという警告でもある。


「シルバ君、アル君、ここはもう大丈夫だから実技試験の先生の手伝いを頼めるかい?」


「「はい」」


「キュイキュイ?」


「あぁ、ごめんね。レイ君も頼むよ?」


「キュイ!」


 自分が呼ばれていないぞと教師に訴えると、その教師は謝ってからレイにもシルバ達と同じことを頼んだ。


 レイは満足そうに返事をして、シルバの頭上をパタパタと飛ぶ。


 シルバ達が戦闘コースの実技試験の会場に行ってみれば、まだ実技試験を担当する教師達しかいなかった。


「流石にまだ受験生は来ないか」


「シルバ君じゃないんだからそんな簡単に試験を突破できないでしょ」


「そうか?」


「そうだよ」


「キュイ♪」


 アルの言う通り、シルバだけが去年の入学試験であっという間に筆記試験を突破しのであり、それ以外の学生は平均よりも少し上ぐらいの出来だった。


 レイはシルバが賢いことは良いことだとご機嫌である。


 30分ぐらい教師達の手伝いをしながら時間を潰してやっと最初の受験生がやって来た。


「今年の受験生は予想よりもちょっと早いな」


「そうですか。期待を上回れたのなら良かったです。ここが実技試験の会場ですよね?」


「その通りだ。受験番号12番、最初にこの線の手前から離れた的を壊せ」


 試験監督を務める教師が告げた試験は昨年と同じだ。


 シルバは【村雨流格闘術】弐式雷の型:雷剃で的を真っ二つにするだけでは足りず、その後ろの壁に深い切り傷を残した。


 今年の受験生がどの程度の実力だろうかとシルバ達は見守る。


「風の矢よ、我が敵を撃ち抜け! 風矢ウインドアロー!」


 目の前の受験生は風魔法ウインドマジックの使い手らしく、風の矢を放って的をパカッと割った。


 しかし、シルバのように的の後ろにある壁に傷をつけるような威力はなかった。


「詠唱してる時点で二流」


「アルは手厳しいね」


「そう? レイもできるよね?」


「キュイ!」


 アルの問いかけにレイも当然だと頷いた。


 アルもレイも魔法を詠唱せずに使えるから受験生のような詠唱は無駄に見えるようだ。


 もっとも、生まれた時から詠唱を不要とするレイと違ってアルは努力の結果、詠唱が要らなくなるまでの熟練度に到達したのだが。


 最初の受験生が来てからぼちぼち受験生が筆記試験の会場から流れてくるようになった。


 剣で斬撃を飛ばしたり、投げナイフや手榴弾を使う者等様々であり、その中には的に攻撃が届かないとか的を壊せない者もいた。


 (的を壊すだけなんだけど難しいのかねぇ)


 シルバは受験生の試験を見てがっかりした。


 勿論、落胆した気持ちが顔に出ないように気を付けていたが、それでもがっかりしたのは間違いない。


「おーいシルバ、ちょっと良いか?」


「なんですか?」


 シルバを呼びに来たのはポールだった。


 入学試験の手伝いをしている時にポールが声をかけて来たということは、試験で何かトラブルがあってそのフォローを頼みに来たか、キマイラ中隊のミッションを知らせに来たかのどちらかだろう。


「模擬戦で受験生の相手をしてやってくれないか?」


決闘バトルクラブと風紀クラブのクラブ長だけじゃ人手が足りませんでしたか?」


「そういう訳じゃないが、そこの2つのクラブがクラブ長を出してるのに学生会が戦える奴を出さないとメアリーが困るぞ?」


「そういうことでしたか。面倒ですね」


「それな」


 シルバは受験生の模擬戦の相手が面倒というよりも面子を気にしなければならないということを面倒に思っていた。


 それについてはポールも全面的に同意のようだが、メアリーが肩身の狭い思いをするのは不味いだろうと思ってシルバに伝えに来た訳だ。


 的を壊す試験はもう手伝いが要らなくなるぐらいには暇になって来たので、シルバ達はポールと共に模擬戦の会場に移動した。


 模擬戦の会場では決闘バトルクラブと風紀クラブのクラブ長と教師数名が既に受験生の相手をしていた。


 それにもかかわらず、まだまだ模擬戦待ちの受験生がいるのだからシルバも戦わなければならないだろう。


「レイ、アルと一緒に待っててくれる?」


「キュイ」


 シルバに言われてレイはアルにおとなしく抱っこされた。


 シルバが模擬戦の舞台に立ったことにより、列を整理していた教師達がシルバの列にも受験生を移動させる。


 最初の受験生がシルバの前に立った。


「よろしくお願いします」


「よろしく。どこからでもかかって来て良いよ」


「参ります」


 その受験生はシルバと同じく肉弾戦で戦うらしく、戦闘態勢に入ってシルバに接近する。


「ガストコンビネーション!」


「ふぅん」


 シルバはその受験生の拳のラッシュを容易く躱したが、それと同時に感心していた。


 何故なら、未熟ながらも風付与ウインドエンチャントを使って技のスピードと威力を上げていたからだ。


 【村雨流格闘術】は<格闘術マーシャルアーツ>と<付与術エンチャント>を組み合わせた技術であり、目の前の受験生の攻撃もその発想に似ていたから感心したのである。


「当たらない! なんで!?」


「君の攻撃を見切ったからだね」


 そう言ってシルバはするりとその受験生の横に移動して首トンを決めた。


 そして、首トンで気絶した受験生を教師に預ける。


「先生、この受験生は育てればもっと強くなりそう」


「わかりました」


 話をしていた教師が丁寧語で喋るのはシルバの方が階級が上だったからだ。


 1年で能天使級パワーまで昇格したシルバの発言ともなれば、教師陣も無視できない。


 今はサタンティヌス王国の内戦が地味に長引いており、国境付近の治安が悪くなっていることもあって強い軍人になり得る学生が多くて損はないのである。


「次」


「よろしくお願いします!」


 今度は剣を持った受験生だったが、シルバは大振りの薙ぎを放った隙を突いて気絶させた。


 その次は<土魔法アースマジック>を使う受験生だったけれど、詠唱が遅過ぎてその間に気絶させてしまった。


「戦場では気絶したら死ぬと思って全力で来ること」


 その後、シルバの列に並んだ受験生は一人残らず気絶させられた。


 ちなみに、シルバの雄姿を見られてレイは終始ご機嫌だったのはまた別の話である。

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