第53話 永遠に0

 研究室にはどっさりと素材が準備されており、いくらでも好きに調合してくれと言わんばかりだった。


「さあ、早速私の前で貴方達の調合の腕前を見せてくれないかしら?」


 ここまでお膳立てされてNOとは言えない。


 シルバとアルが調合するように言われているのは4級ポーションだ。


 ポーションは1~5級の5種類存在し、5級ポーションは調合研究クラブの1年生が進級前に安定して作れるかどうかというレベルの物だ。


 等級の数が低い程効能が高く、5級ポーションは薬草を飲むか擂り潰して患部に押し付けるよりは怪我が治る程度だ。


 軽度の出血を伴う怪我や軽度の火傷を治すことと考えるのが一般的である。


 4級ポーションは5級ポーションで治る怪我ならばすぐに治り、打撲や捻挫も少し時間はかかるが治せる。


 5級ポーションよりも優れている分、調合の難易度も当然高くなっているから4級ポーションは3年生になっても半数以上が安定して調合できないぐらい難しい。


 エイルの報告ではシルバが100%の成功率を誇り、アルが90%の成功率まで仕上げていると聞いているから、調合研究クラブのクラブ長であるクレアは彼等の調合する様子が気になって仕方ないのだ。


 クレアが静かに見守っている中、シルバとアルは安心して見ていられるぐらいには慣れた手つきで4級ポーションの調合をやってみせた。


 完成品をクレアは手に取り、それらが4級ポーションと呼ぶに相応しいか厳しくチェックした。


「・・・すごいわね。シルバ君の方は文句なしに高品質な4級ポーションよ。アル君の方も十分実用的な4級ポーションになってるわ」


「ふぅ、良かった」


「うぅ、シルバ君に早く追いつきたい」


 クレアのコメントを聞いてシルバはホッとしており、その一方でアルはシルバと肩を並べたいと悔しがった。


 もしもこの場に衛生コースの1年~3年生がいたとしたら、シルバもアルも嫉妬の目線を向けられるだろう。


 それどころか、なんで戦闘コースのくせに衛生コースの自分達よりも上手く調合できるんだと逆恨みして足を引っ張ろうとする者も出て来る可能性があるぐらいだ。


 もっとも、そんなことをすれば学生会が黙っていないし、調合研究クラブのクラブ長であるクレアから見捨てられるのは間違いないのだが。


 それはそれとして、シルバとアルが自分の目の前で4級ポーションをノーミスで調合したものだから、クレアはテンションが上がっていた。


「ねえ、貴方達は3級ポーションの調合に興味ある?」


「「あります」」


 クレアが直接指導してくれるのだろうと察し、シルバとアルは勿論だと即答した。


 ところが、そこにエイルがやって来て話が止まることになる。


「シルバ君、アル君、やっぱりクレアに連れられて4級ポーションを調合する羽目になってたんですね。そろそろ合宿を始めたいので談話室に一緒に来てもらえますか?」


「姉さん、良いところで水を差さないでよ・・・」


 クレアは肩を落とすけれど、元々ここに夏季合宿のために来たのだから引き下がるしかない。


 シルバもアルも3級ポーションに興味があったので、後で必ず習いに来ますと告げてからエイルと共に他の学生会メンバーが集まる談話室に向かった。


 既にロウとメアリー、イェンが談話室に集まっており、シルバ達が座って学生会メンバーが全員揃った。


「さて、今日から3日間の夏季合宿です。まずは夕食までにお互いをもっと知るために自分にまつわるクイズを出し合います。皆さん、クイズを3問ずつ用意してきましたね?」


「「「「「はい」」」」」


「結構です。では、言い出しっぺの私から役職順でクイズを出すことにしましょう。シルバ君とアル君は階級順でシルバ君を先にさせてもらいますのでそのつもりでお願いします」


 エイルの説明を聞いて再びメンバー全員が頷いた。


 誰からも反論がないのを確認してからエイルは質問を出し始める。


「第一問です。私の特技は手芸とスケッチのどちらでしょうか? そうだと思う方に手を挙げて下さい。手芸だと思う人?」


 シルバ達全員の手が挙がった。


「なるほど。全員手芸ですか。ロウ、なんで私の特技を手芸だと思うんですか?」


「消去法だ。エイルって絵が上手くないし」


「うぐっ」


 エイルがロウの発言を受けて言葉に詰まった。


 それを見てやりやがったこいつと残り4人がロウにジト目を向けた。


 エイルは学生会の会議で時々簡単な絵を描いて説明するのだが、絵で説明した方がかえってわかりにくくなるぐらいの実力である。


 シルバ達もそのように思っているけれど、消去法とズバリ言わずにもう少し言い方を変えるべきではなかろうかとロウに呆れていた。


「だからロウ先輩はロウ先輩なんです」


「虫に気遣いを求めても無駄」


 メアリーの発言はともかくとして、イェンの発言は地味にエイルに刺さった。


 気遣いが必要なぐらい下手と言われたように感じたらしい。


 これ以上この質問の話をするとエイルが更なる精神的ダメージを負いそうだったので、ロウに出題者がバトンタッチされた。


「俺のターン! 俺の人生において今まで彼女は何人いたでしょう!?」


「永遠に0」


 イェンが誰よりも先に棘のある回答を口にした。


「なんて酷いことを言うんだ! 他は!? 他のメンバーは俺に彼女が何人いたと思う!?」


「そんな人いないんじゃないですか?」


「いない気がします」


「いたとは思えませんね」


 ムキになったロウが他のメンバーに順番に答えを求めたところ、メアリー、シルバ、アルがいずれも0人と答えた。


 それに対してエイルが違う回答を口にする。


「現在進行形で1人です。というかクレアですね」


「「「「え?」」」」


 信じられないものを見るような顔でシルバ達がロウを見た。


 見られているロウはドヤ顔で頷いた。


「正解!」


「クレア先輩、男を見る目がないです」


「虫は人と付き合えない。虫は飼われてるだけ」


「なんてこと言うんだ!?」


 イェンが自分に言い聞かせるように言うのを聞いてロウはスルーできなかった。


 その一方、アルはそうだったのかと詳しくエイルに訊ねる。


「何がきっかけでロウ先輩がクレア先輩とお付き合いすることになったんですか?」


「良いでしょう。ロウ、私の口から言いますか? それとも自分で話しますか?」


「俺が出題したんだから話すさ。クレアと付き合うきっかけは俺達が1年の頃の合同キャンプだった」


「それってロウ先輩が毒草を盛られてリタイアした合同キャンプですよね?」


「そう、それだ。実は、クレアと俺は同じチームだったんだ。どっちも毒を喰らったところをブルーウルフに襲われたんだが、毒を喰らいながらもそれを気合で我慢して敵を追い払ったのをクレアが倒れながらも見ててな。あっちから告白された」


 (毒状態なのに気合でブルーウルフを倒すなんてロウ先輩は只者じゃないな)


 シルバが気にしているのはロウに彼女がいたことよりもロウのタフネスだった。


 シルバが周りからずれているのはさておき、アルは追加で質問する。


「ロウ先輩はクレア先輩が彼女なのにメアリー先輩にセクハラしてますよね? あれはクレア先輩に何も言われないんですか?」


「私も気になってクレアに訊いてみたんですが、メアリーいじりはOKらしいです。いじられてるメアリーを見るのもクレア的には楽しいらしいので」


「酷いです! 私は玩具じゃありません!」


 エイルがアルの質問に答える横でメアリーがプンプンと頬を膨らませた。


 メアリーが膨れっ面になったのは置いておくとして、シルバはなるほどと手を打った。


「そういえば、今日もメアリー先輩がロウ先輩にいじられてる時にクレア先輩がニッコリ笑ってましたね」


「おぉ、流石はシルバ。大した観察眼と記憶力だ。ま、まさか、俺の彼女を奪うつもりか?」


 ロウがわざとらしく慌てた様子を演出するものだから、シルバはロウにジト目を向ける。


 シルバと同様にジト目のアルが彼に代わって口を開いた。


「シルバ君はクレア先輩に薬の調合を教わりたいだけです。異性としての興味は持ってないよね?」


 前半は周りのメンバーへの説明だったが、後半はシルバに対する確認である。


 シルバはその通りだったので静かに頷いた。


「良かったぜ。シルバと比べられてクレアに彼氏を取り換えられたら、流石の俺も立ち直れないから」


「一生凹んでれば良いのに」


「イェンさんや、俺のことがそんなに嫌いかね?」


「先輩の不幸は蜜の味」


「やだー、俺限定でドSじゃないですかー」


 イェンの自分に対する態度の理由を知ってロウは自分の肩を抱いた。


 何やってるんですかと短く息を吐き、話題を変えるべくメアリーが質問を出すことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る