第233話 ご主人、それは言わない約束だよ
3日後、シルバはアルケイデスから催眠剣アンラ・マンユの在り処について連絡を貰った。
それはサタンティヌス王国とトスハリ教国が戦う戦場だった。
ディオニシウス帝国の密偵が大急ぎで調べた結果、サタンティヌス王国では武器や防具に余裕がなくなって武装回収令が出されていた。
武装回収令とは、軍人以外の家に役人が立ち入って武器や防具を強制的に回収する命令のことだ。
武器に限らず金属を回収するという形にしなかった理由は2つある。
1つ目は、金属ならば問答無用で回収するなると、国民の日常生活に支障が出てしまうからだ。
包丁やフライパン、鍋を奪うと料理することすらままならなくなる。
サタンティヌス王国に余裕がないといっても、金属全てを回収するまで追い詰められていないのだと見栄を張っている部分があるのは否定できない。
2つ目は、厭戦気分から国民が暴動を起こすのを阻止するためだ。
トスハリ教国との戦争は長引いて数年続いている。
戦争が好きな国民なんて少数派なので、いい加減戦争を終えてほしい者は少なくない。
したがって、軍人以外が武器を持っている状況では戦争を直ちに終わらせろと暴動になる恐れがあるから、それを阻止するためにも国民の武装解除はしておくべきなのだ。
ちなみに、トスハリ教国ではサタンティヌス王国よりも早く武装回収令が発令されている。
こちらは宗教が絡んでいることもあり、国民の統率がサタンティヌス王国よりも簡単なのでスムーズに行われている。
そんな事情はさておき、シルバ達ワイバーン特別小隊はレイに馬車を掴んで空を飛んでもらっている。
「まさか僕達が戦場に行くことになるとはね」
「仕方ないですよ。帝国内でシルバをサポートするのが私達なんですから」
アリエルがやれやれと首を振ると、エイルが苦笑した。
シルバ達は今、アルケイデスからのミッションでサタンティヌス王国とトスハリ教国の戦場に向かっている。
ミッションの内容はサタンティヌス王国が保有する催眠剣アンラ・マンユとトスハリ教国の保有する背教剣タローマティの破壊もしくは奪取である。
できれば破壊する方が好ましいのだが、戦場で破壊できるとも限らないから、一旦奪取してアルケイデスに立ち会ってもらいながら破壊するのもありという訳だ。
レイがいれば
おまけに
シルバがいれば呪われた剣の使い手と戦っても被害を最小限で済ませられる。
そんな主従を柔軟に助けられるのはワイバーン特別小隊以外に考えられない。
このような事情があって、ワイバーン特別小隊は戦場に赴くことになったのだ。
アリエルが不満そうに言う理由だが、サタンティヌス王国とわざわざ関わらなくてはいけないからだ。
今回のミッションは隠密性が求められるから、サタンティヌス王国に大々的な嫌がらせもできない。
関わることになるなら嫌がらせをして溜飲を下げたいけれど、それができないから不満そうなのだ。
エイルはその辺りを理解しているから、まあまあと宥めながら苦笑している。
「それにしても、空を移動できるのは良いな。地上で起こり得るトラブルを回避できるから、移動がスムーズだ」
「ロウの言う通りですが、レイちゃんにおんぶに抱っこなので後でしっかり労いましょう。
「だからシルバもレイと一緒にいる訳だもんな」
「その通りです。レイちゃんが文句も言わずに私達を運んでくれるのはシルバ君が一緒だからですもの」
シルバは今、レイの背中に乗っている。
エイルが言う通り、レイの機嫌を損ねないようにという理由もあるが、シルバもレイと一緒にいたいと思っているからレイの背中に乗っているのだ。
さて、馬車の中でそんな話をしている間、シルバはレイの背中の上でレイと喋っていた。
「ここんところレイの負担が大きいな。ごめんよ」
『ご主人、それは言わない約束だよ』
「あぁ、レイも謝られるより感謝の言葉の方が聞いてて嬉しいよな。ありがとう」
『どういたしまして。それにしても、今回はご主人のお兄ちゃんも慌ててたね』
レイは笑顔で応じた後、真剣な表情に戻った。
「そうだな。まあ、王国も教国も自国のためなら手段を選ばないし、どちらの国でも催眠剣アンラ・マンユと背教剣タローマティが揃うのは不味い。それを避けたいと思うのは皇帝として当然じゃないか?」
『戦争に勝った方が次にレイ達の敵になる可能性は高いもんね。そうなる前に手を打っておきたいと思うのは当然だね』
レイはディオニシウス帝国の軍人と比べても引けを取らない程賢い。
いつもシルバ達の話を聞いている上、質の良いモンスターの魔石を飲み込んでスペックが上がっているからである。
以前、ポールがレイの賢さを試すためにテストをしたら、軍人でも解けるか解けないか割れる問題も正解したのはここだけの話だ。
「ところで、俺達はどうやって催眠剣アンラ・マンユと背教剣タローマティを破壊しようか?」
『タルウィとザリチュがいれば剣2本の居場所はわかるとして、問題はそれにどう干渉するかだよね。超高度から奇襲するのはどうかな?』
「それはできれば避けたいな。馬車の中にいるアリエル達が大変なことになる」
『ご主人とレイだけならできるんだけどねぇ。それなら、
「そうだな。ただ、幻影はあくまで視覚に作用するだけで気配や匂いは誤魔化せないから、居場所がバレて先手を取られるかもしれない」
レイの作戦を基本にするとして、シルバが話した懸念点に対策をしないのは危険だ。
察知能力が高い者がサタンティヌス王国軍とトスハリ教国軍にいれば、こちらが奇襲する前に攻撃されかねない。
戦場において、敵が何を仕掛けて来るかいち早く察知できた方が良いから、察知能力に長けた者は適当な間隔で配置されているだろう。
そういった敵の排除を早々に行っておけば、レイの作戦を実行しやすくなる。
レイはふと気になることがあってシルバに尋ねる。
『察知能力の高い人ってどうやって見分けるの?』
「それについては考えてある。その手の人は斥候として比較的に身軽な装備を身に付けてるはずだから、斥候を先に倒してしまえば良い」
『ロウみたいな人を見つければ良いってことだね?』
「そうだな。呪われた剣の使用者は前線にいるだろうから、前線にいる両国の斥候を先に倒そう。そうすれば、どちらも混乱してる中で破壊か奪取のチャンスが生まれるはずだ」
シルバの考えにレイはなるほどと頷いた。
倒す敵の数も最小限ならば、自分達の介入を疑われる確率も減るからだ。
そして、レイは地上を見て目的地に着いたと悟った。
『ご主人、戦場が見えて来たよ』
「だな。どっちも必死だ」
前線には刃物や鈍器を使って戦う軍人達がいるだけでなく、後方から各種魔法が打ち込まれている。
味方への誤爆も厭わない覚悟が感じられる。
そんな戦場を見てレイは嫌な顔をした。
『レイ、戦争嫌い』
「よしよし。戦争が好きな奴なんてよっぽどの変わり者だ。レイはそのままで良いぞ」
戦場に漂う空気がレイは嫌いらしいが、シルバはレイの気持ちを尊重した。
シルバも【村雨流格闘術】を会得したが、それは異界を生き残るためであり、これからの人生で奪われるだけの弱者になりたくなかったからだ。
戦いたくて強さを求めている訳ではないから、レイの気持ちに共感できた。
それでもミッションはこなさなければならないので、シルバは自分達の邪魔になるだろう斥候を探す。
(1,2,3・・・6人は斥候がいるな)
シルバが心の中で両国の斥候の数を数えていると、レイがシルバに相談する。
『ご主人、どこに着陸する?』
「着陸できる場所がないな。あっ、アリエルがなんとかするってさ」
シルバはマジフォンの通知を見て、アリエルが着陸場所は自分に任せろと言って来たのをレイに告げた。
その直後に戦場のあちこちに落とし穴ができた。
落とし穴で落ちた者達の中には斥候が必ず混じっており、アリエルはサタンティヌス王国とトスハリ教国の軍人双方に被害を与え、戦場を混乱させた。
落とし穴ができたことにより、どの場所でも落とし穴に近づくのは危険と考えて軍人が離れた。
『ご主人、左端のスペースに着陸するね』
「頼む。そこなら背後から攻撃される可能性も少ないはずだ」
レイは挟撃される可能性が低い場所を選んで着陸した。
シルバはアリエルが自分の狙いを理解してくれたことに感謝したが、それと同時に絶対に敵対したくないとも思った。
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