第21章 拳者の弟子、拳聖と呼ばれる
第211話 などと容疑者は述べております
8月に入り、サタンティヌス王国とトスハリ教国の戦争はいよいよ泥沼化した。
両国共に戦力が激減しており、今も行われている合戦はいたずらに自国の兵力を削るのみと化している。
ディオニシウス帝国のスタンスとしては、両国が疲弊してくれる分には止めないがやられたらやり返す気がなくなるぐらいやり返すという受け身のものだった。
とは言ったものの、サタンティヌス王国もトスハリ教国も目の前の敵がいるのに余所を見ている余裕なんてないから、実際に攻撃されたのは両国に派遣した密偵ぐらいのものである。
サタンティヌス王国は自国が劣勢になった場合、ディオニシウス帝国に従属するから助けてほしいと6月に使者を寄越して来たが、そのすぐ後に背教剣タローマティの使用者の内乱でその話はなくなった。
もっとも、サタンティヌス王国は新しい背教剣タローマティの使用者が戦場に現れ、日を追うごとに劣勢になっているから、やはり従属させてほしいとお願いしたいと思う者達もまた増えて来ているのだが。
夏休みの初日、ディオニシウス帝国の城にあるアルケイデスの執務室にシルバは呼び出されていた。
ノックをしてから執務室の中に入ると、アルケイデスがハイペースで書類に目を通しているところだった。
「お忙しそうですね、アルケイデス兄さん」
「まあな。これも皇太子としての仕事さ。国を脅かすモンスターや盗賊を倒し、部下を育てるだけの仕事に戻りたいもんだ」
「皇太子なんだから諦めて下さい」
『ご主人のお兄ちゃん、頑張って』
「よし、頑張るぞ」
(ちょくちょく思ってたけど、アルケイデス兄さんってレイに甘いよね)
アルケイデスから浮ついた話は聞こえず、レイと戯れている時だけ優しい表情をする自分の兄を見てシルバは余計なお世話かもしれないが心配していることがあった。
「アルケイデス兄さん、そろそろ結婚相手を見つけなきゃいけないのではありませんか?」
「その件だが、実はシルバをここに呼んだことに絡んで来る」
「お相手を見つけたから護衛しろということでしょうか?」
「察しが良くて助かる。シルバ、スロネ王国の王女の話は聞いたことがあるか?」
「アリエルから近隣の国の情報はある程度インプットされてます」
軍学校で学生として授業を受けられる時間は年々減っているが、歩く図書館と化したアリエルのおかげでシルバは時事問題もしっかり学べている。
マリアから学んだ知識で基本的にはアリエルよりも知識が多いため、授業を公欠しがちな今でもシルバはしっかりと学年主席の座を守り続けているのだ。
ちなみに、スロネ王国とはディオニシウス帝国の北北西に位置し、トスハリ教国との間にある諸国の内の一国だ。
加えて言うならば、
「流石だな。実は、スロネ王国の第一王女が俺と婚約することになった」
「おめでとうございます。相手はおいくつでしたっけ? 今は病気に伏せる国王の代わりに国を動かしてると聞きましたが」
「今年で28だと聞いてる。弟の第一王子も成人したことから、これ以上婚期を遅らせたくないというのがあちらの言い分らしい」
「・・・何か切実なものを感じますね。密偵に写真を撮らせたりしてないのですか?」
「無論あるぞ。これがユリ第一王女だ」
アルケイデスはそう言って自分のマジフォンをシルバに見せた。
そこには金髪碧眼の気の強そうな女性の写真が映し出されていた。
「アルケイデス兄さん、尻に敷かれないよう気を付けて下さいね」
「シルバ、一言目がそれか?」
「仕方ないじゃないですか。俺が知る女性の中で最も近いのが校長先生なんですもん」
「ジャンヌ=オファニムか。言い得て妙だが報告によれば、あれは国民に対して強い国王代理を演じてるだけらしいぞ」
「なるほど。国王の代理として舐められないように強気に振舞ってる訳ですか。それで、ユリ第一王女をスロネ王国からディオスまで護衛するのが次のミッションなんですね?」
これ以上女性に対してどうこう言うのは良くない予感がしたから、シルバは本題に戻った。
アルケイデスもシルバには本題に入ってもらった方が良いから、その流れに乗っかって頷く。
「そうだ。先方は小国で護衛の人員も限られてる上、サタンティヌス王国とトスハリ教国が戦争中なんだ。念には念を入れたいんだよ」
「わかりました。準備を整え次第、スロネ王国に向かいましょう。スロネ王国の王城に向かえばよろしいのですか?」
「その通りだ。他国の邪魔が入るのだとしたら、帝国に入る前だろうからな」
「邪魔するならばどの国でしょう?」
「トスハリ教国とアルケス共和国だな」
シルバが仮想敵国を訊ねたところ、アルケイデスは2つの国名を口にした。
「戦争中のトスハリ教国が絡んで来ますか?」
「戦争中だからこそだ。これ以上帝国の力を強めたくないから、スロネ王国が帝国に靡くのを阻止しようと邪魔するだろう」
「そうですか。アルケス共和国はスロネ王国の東に隣接する国でしたっけ?」
「ああ。スロネ王国とアルケス共和国は仲が悪い。スロネ王国が帝国と繋がると周辺国内でのアルケス共和国の発言力が落ちるから、確実に邪魔するだろうよ。なんならアルケス共和国がトスハリ教国と組むことだって考えられる」
スロネ王国とアルケス共和国は元々一つの国だったけれど、王制賛成派と王制反対派のせいで東西に割れてしまい、西はスロネ王国で東がアルケス共和国に分裂した。
スロネ王国がディオニシウス帝国と手を組むならば、アルケス共和国は敵対しているトスハリ教国と手を組むだろうことは容易に想像できる。
「密偵はまだスロネ王国にいますか?」
「勿論いるぞ。シルバ達がユリ第一王女と合流するまでは陰から見守るように指示を出してる」
「そうですか。それなら俺達が行くまでなんとかなりそうですね」
「そうでなくては困る。お前達ばかりに頼って申し訳ないが、よろしく頼む」
「任せて下さい。行ってきます」
シルバは執務室を出てワイバーン特別小隊の部屋に移動した。
「シルバ君、皇太子殿下はなんだって?」
「アルケイデス兄さんのお嫁さんを護衛してくれってさ。準備したらすぐに向かうよ」
「了解。ロウ先輩、クレアさんに連絡入れました?」
シルバとアリエル、エイルは一緒に暮らしているから急にミッションが入っても調整できるが、ロウはクレアがワイバーン特別小隊に所属していないから遠征になると連絡を入れなければならない。
クレアもマジフォンのテスターの利用拡大に該当していたため、ロウは掲示板経由でクレアにこれから遠征のミッションに行ってくる旨を入れた。
「連絡した。そうしたら、他国の王女様に鼻の下を伸ばしたら覚悟しなさいって返って来た」
「あぁ、ロウ先輩ってば軽いですから仕方ないですね」
「語弊のある言い方しないでくれる? 俺ってば斥候だけどチャラチャラしてないからね? クレア一筋だからね?」
「などと容疑者は述べております」
「容疑者って何!? 違うからね!? 俺は潔白だ!」
浮気の容疑ですらクレアからお仕置きされるビジョンしか見えないので、容疑なんてものはないとロウは自分の潔白を主張した。
2人のやり取りを見てシルバはやれやれと首を振る。
「アリエル、ロウ先輩で遊ぶのはそこまでにして」
「は~い」
「シルバ、お前の婚約者をなんとかしてくれ! というか俺で遊ぶって表現がおかしいだろ!」
「ロウ、煩いですよ。口じゃなくて手を動かしなさい」
「エイル~、俺は悪くねえ! 悪くねえんだ!」
ロウは味方がこの場にはいないと判断して渋々荷造りを始めた。
荷造りを終えたところで、シルバ達は馬車に乗って基地を出発した。
御者台にはシルバが乗り、それ以外のメンバーは車の中に入っている。
リトとマリナがレイと同様に<
今回はシルバが御者をするレイが元のサイズに戻って馬車を牽くからだ。
従魔が4体もいるワイバーン特別小隊では、馬達が気分の休まる時はない。
それゆえ、試験的にレイに馬車を牽かせてみることにしたのだ。
ディオスの門を出た後、軽く馬の倍はスピードを出して進むから移動にかかる時間を短縮できるだろう。
「レイ、はしゃぎ過ぎて車のことを忘れるなよー」
『大丈夫~。安全運転にしてるからね~』
時速100kmオーバーで走っているが、レイ的には安全運転のつもりらしい。
街道が凸凹していないおかげでそこまで馬車の揺れも激しくない。
道が荒れたらレイは足で馬車を掴んで空を飛ぶつもりだ。
こうすることでレイの負担を軽減させつつ、少しでも早くスロネ王国に向かうことができる。
後世において、シルバ達は初めて従魔に馬車を牽引させたと歴史の教科書に載るのだがそれはまた先の話である。
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