第132話 緊張すると噛んじゃうのは相変わらずだね

 クラブ説明会が終わって放課後、学生会室に来客があった。


「失礼します」


 ドアをノックして入って来たのは去年の合同キャンプで同じチームだったメリルだった。


H2-1のメリルでしゅ!」


 (緊張すると噛んじゃうのは相変わらずだね)


 シルバがそんなことを思っているが、重要なのは噛んでしまった語尾じゃなくて所属クラスの方だ。


「久し振りだね、メリル。H2-1ってことは進級した時に上のクラスに行けたんだ?」


「は、はい! 合同キャンプの後から頑張りました! 階級も天使級エンジェルになったんです!」


 シルバに自分の頑張りを認めてほしいと思っていたので、メリルは緊張しつつも胸を張って報告した。


「おめでとう。それで、今日はどうしたの? メリルが学生会室に来るなんて珍しいじゃん」


「じ、実は、食堂の張り紙を見て来ました」


 メリルがそう言った瞬間、シルバ以外の学生会メンバーの動きが止まって立ち上がった。


「確保ー!」


「え?」


「捕まえた」


「えぇぇっ!?」


 メアリーが命令を出してすぐに悪ノリしたイェンがメリルの背後に回り、メリルの腋の下に腕を通して抱え上げた。


 突然の事態にメリルが声を上げるのも仕方のないことである。


 アルがちゃっかり学生会室の内側からドアの鍵を閉めているため、メリルは部屋の外に逃げ出すことができない。


 困惑するメリルを見てシルバは助け舟を出す。


「会長、いきなり確保するんじゃ急過ぎませんか?」


「そうなんだけど、わざわざ張り紙を見て来てくれたんでしょ? だったらメリルさんは逃せないよ」


 メアリーの目にはなんとしてでもメリルを学生会に入れてやるという気迫が感じられる。


 学生会の新メンバーである庶務は学年問わず早い者勝ちだから、メリルにやる気さえあれば入ってもらうことに反対意見はないのだ。


 シルバは念のために確保されたままのメリルに訊ねる。


「メリルは学生会の庶務に立候補するってことでOK?」


「そ、そうなんですけど、逃げないから下ろして下さい」


「イェン先輩、そろそろ下ろしてあげて下さい」


「了解」


 メリルは解放されてほっとした表情になった。


 それから、アルは学生会室のドアの鍵を開ける代わりに表のドアノブに取り込み中の札をかけて戻って来た。


 シルバはメリルに椅子を用意し、早速メアリーとメリルが向かい合って学生会に入会するための面談を始める。


「直接お話するのは初めてなので私も自己紹介するね。私は学生会長のメアリー。F5-1所属で階級は大天使級アークエンジェル。よろしくね」


「よろしくお願いします」


「学生会では今、学年を問わずに庶務を募集してるけどメリルさんはどうして募集しようと思ったの?」


「私の姉に勧められたからです。シルバ君と一緒にいれば、私はもっと上を目指せるかもしれないと言われました。去年はH1-2でしたが、合同キャンプでシルバ君と同じチームになった時に彼の行動や知識に驚かされました。私もシルバ君や姉のようにこの国にとって有用な人材になりたいです。そのためにも、近くで色々学びたく手ここに来ました」


 今も緊張しているのは変わらないはずだが、メリルは一度も噛まずに志望動機を喋ることができた。


 それだけシルバや姉のアリアへの憧れが強かったのだろう。


「お姉さんは確かキマイラ中隊第一小隊のアリアさんだよね。メリルさんもゆくゆくは戦闘も最低限出来るようになりたいと考えてるのかな?」


「はい。デスクワークや戦闘もできて初めて一人前だと考えてます」


 (決意は固そうだな。上昇志向があるのは良いことだ)


 メリルが迷うことなくきっぱりとそう言い切ったのを見てシルバは嬉しくなった。


 そこまで遠くない将来、キマイラ中隊にメリルが加わるかもしれないと思ったからである。


「そうなんだ。では、次にメリルさんに自分がどんな人間なのか話してもらおうか」


「私がどんな人間か、ですか?」


「はい。学生会からスカウトする場合は事前にその人となりや功績を調べるから訊かないけど、メリルさんは自ら学生会に自分を売り出しに来たよね。だから、私達はメリルさんについてもっと知りたいの。その方がすぐに馴染めるでしょ?」


 メアリーの言い分を聞いてなるほどとうなずき、メリルは自分について語り始める。


「わかりました。私は緊張するとよく噛んでしまいます。緊張しいなんです」


「わかるよ。私もよく緊張するから。今日もクラブ説明会で1年生の前に立つのはとても緊張したもん」


「大勢の人に注目されるって怖いですよね。私もそうなんですが、私は少しずつでも緊張してしまう性格を直していけたらと思ってます。誰かの治療をする時というのは、当然その人の命を預かることになります。その時に緊張して失敗しましたなんてことになったら悔やんでも悔み切れません。だから、いろんなことに挑戦して自分に自信をつけたいです」


「良い心がけだね。自分に自信があれば緊張することも減るよ。私も同じ考え方だね」


 (会長とメリルって似てるなぁ)


 シルバはメアリーとメリルの会話を聞いて似ている2人だと感じた。


 そして、ここまで来て不採用はないだろうと判断してシルバがメアリーに訊ねる。


「会長、メリルは庶務として採用するってことで良いんですよね?」


「勿論。シルバ君とアル君と同じ学年なんですし、仲良くしてあげてね」


「わかってます」


「僕もわかってます」


 メアリーが学校の先生のようなことを言い出すので、シルバもアルもそんなこと言われなくても当然じゃないですかと苦笑した。


 このタイミングでイェンはふと思い出したように口を開く。


「挨拶が遅れた。S4-1のイェンよ。学生会での担当は書記で階級は大天使級アークエンジェル。よろしくね」


「よろしくおねがいします、イェン先輩」


「・・・メアリー先輩の妹って言われたら騙されそう。小さくて可愛いし、緊張しいだし」


「「確かに」」


「イェン!? 私、ちっちゃくないよ!」


「それはない」


 イェンにばっさりと言われてメアリーはズーンと効果音が聞こえたかのように凹んだ。


 胸部装甲は大人顔負け、いや、大人でもメアリーに負ける者はいる。


 しかし、身長はメアリーが1年生だった頃から5cm程度しか大きくなっておらず、1年生だと言われたら胸部装甲を見るまでは信じてしまいそうである。


 その一方、メリルは年相応に小さくてまだ女性らしい凹凸もない。


 だが、メアリーに通ずる小さくて可愛い感じはある。


 正直、メリルはアリアよりもメアリーの妹と言われた方が納得できるぐらいだ。


 イェンの自己紹介が終わった後、レイがパタパタと翼を動かしてメリルの方に飛んでいく。


「キュイ!」


「ワイバーン希少種のレイだ。俺の従魔だ」


「よろしくお願いしますね、レイちゃん」


「キュイ!」


 レイは元気に鳴いてからシルバの腕の中に戻った。


 ちゃんと挨拶できて偉かったなとシルバに撫でてもらえば、レイは目を細めて嬉しそうに甘えた。


「ところで、メリルは調合研究クラブに入ってたよな。あっちはどうするの?」


「クレア前クラブ長が今のクラブ長に口添えしてくれたおかげで、学生会に入会できた場合はクラブを辞めてもシルバ君達と同様に時間がある時に薬の作り方を学んでも良いことになりました」


「おぉ、クレアさんがそんなところで力を発揮してたとは」


「シルバ君とアル君みたいに調合研究クラブに入ってないのに調合できるって学生は貴重なんです。クラブのメンバーのやる気を引き出すことに繋がりますから、クラブ長としても都合が良いらしいです」


 (外部と競わせることでクラブの団結を図るか。俺達が利用する分、あちらもを俺達を利用して当然だな)


 シルバはメリルの説明を聞いて納得した。


「なるほど。俺達も助かるけどメリルも助かったな」


「はい。おかげで学べることが増えました」


 メリルは知識を増やすことにも貪欲らしく、やる気は十分といった様子だ。


「そっか。じゃあ、これから俺とアルから庶務の仕事について引き継ごうと思うけど、今日はまだこの後時間ある?」


「あります。色々教えて下さい」


「良いね。じゃあ、まずはクラブの予算に目を通してもらってからそれぞれのクラブについて知ってもらおうかな」


「はい!」


 シルバとアルは各クラブの予算をメリルに読ませ、予算という観点から各クラブについて学んでもらった。


 89期学生会に新しくメリルが参加したことにより、最低限確保しておきたい人数を確保できたから、勧誘期間において幸先の良いスタートを切れたと言えよう。

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