第66話 まだクッキーを狙ってたのか

 模擬戦を終えたシルバ達は第一訓練室からキマイラ小隊の部屋に戻った。


「さて、これでお互いの理解が深まったな。ここからは私達が実際に軍人として働くところを見てもらおう」


 ソッドがそう言って取り出したのは1枚の指示書だった。


「小隊長、彼等を任務に連れて行くのですか?」


「エレン達も戦ってみてわかっただろ? 彼等は連れて行っても問題ない」


「それはまあそうですが」


 エレンが心配しつつも納得したため、ロウが嫌な予感からソッドに訊ねる。


「兄貴、俺達はどんな任務に同行するんだ?」


「ん? 盗賊退治だ」


「それって賞金首?」


「正解。亡者盗賊団の退治だ」


「え゛?」


 亡者盗賊団とは頭領がスカルマスクを着用しているけれど、アンデッドモンスターを使役する盗賊団ではない。


 世間で言う金持ちを金の亡者と決めつけて襲い金品を強奪する盗賊団である。


 ただ金品を強奪する盗賊団ならば指名手配されて討伐されてしまうのだが、亡者盗賊団は奪った金品の一部を各地の貧民街スラムにばら撒いている。


 それが理由で貧民街スラムに逃げ込まれると貧民街スラムの住民が邪魔して捜査が難航するのだ。


 どこかを根城にしている訳ではなく、あちこちに出没情報が出て回っているため知らない者は帝国においてほとんどいないだろう。


 ロウは面倒な盗賊団の退治任務に同行して大丈夫なのか心配になって引き攣った表情になった訳である。


「怯える必要はない。懸賞金で言えば無名の団員なら1人でゴブリン1,000体分だ」


「頭領のスカルマスクならゴブリン1万体だけどな!」


 以前、シルバが受験生ハンターの懸賞金を貰った時に口にした表現を気に入っていたらしく、ソッドは懸賞金をゴブリン換算して伝えた。


 ロウは無名な団員とスカルマスクは違うと反論した。


 ゴブリン1体の報酬が大銅貨1枚(100エリカ)だから、亡者盗賊団の団員ならば1人当たり大銀貨1枚(10万エリカ)でスカルマスクなら半金貨1枚(100万エリカ)貰える。


 半金貨から上の硬貨は大きな商会でもなければ平民ではお目にかかれない。


 それを懸賞金として出しても構わないと帝国軍が判断する相手を退治しに行くともなれば、エレンが心配するのも頷ける。


 それでもエレンがソッドと同様にシルバ達を連れて行けると判断したのだから、シルバ達の実力はソッドとエレンの要求水準を上回ったのだろう。


「亡者盗賊団は今、ニュクスの森の奥地に潜伏してるらしい。今からニュクスの森に出発して退治しに行こう」


「ソッドさん、僕からも質問良いでしょうか?」


「どうしたんだいアル君?」


 アルがどんな質問をするのかソッドは興味を持っていた。


 ハンデがあったとはいえ、マルクスを一方的に倒したアルはソッドの中でシルバに次いで気になる1年生だからだ。


「亡者盗賊団がニュクスの森の奥地にいるとはどこから得た情報でしょうか? その確度はどれぐらいなのか気になります」


「情報を得たのは斥候部隊だ。直近でディオスに来る名家の馬車がニュクスの森を通るらしく、そこに奇襲をかけようと奥地に臨時の拠点を設けてるらしい」


「罠の可能性があると思います」


「当然、その可能性も考えてるさ。だけど、キマイラ小隊が実績を出さないとハワード先輩の提案が老害共の難癖で意味なしと判断されてしまう。キマイラ小隊は動きの遅い軍という組織において革命的な解決策でなければならない。罠が仕掛けられててもエレンが見抜けるから、後は私達が団員達を退治するのみだ」


「わかりました。僕達は同行する訳ですけど、戦いに参加する想定で良いんですよね?」


「勿論だ。シルバ君は私と一緒に戦えるし、アル君はエレンと一緒に後ろから攻撃できる。ロウは遊撃でエイルさんはアリアと一緒に回復役をお願いしよう。報酬も用意してるから安心してくれ」


 ソッドはシルバ達にかなり実戦的な見学をさせる気である。


 軍で上に行くには実績が必要であり、見学で目立てるならばシルバ達にもリスクはあるがメリットも大きい提案だ。


 アルもソッドが罠の危険性を考えた上での判断と知り、それなら構わないと頷いた。


 ロウも1人だけ反対して活躍の場を失うのは嫌だったから、それ以上反論せず覚悟を決めた。


 馬車の手配はマルクスが担当しており、シルバ達はそれからすぐに馬車に乗って出発した。


 2台の馬車に小隊メンバー2人と学生2人が乗ることになり、1台目はソッドとアリア、シルバとロウが乗って2台目はエレンとマルクス、エイル、アルが乗った。


 馬車に乗る組み合わせは指令できるソッドとエレンを分け、回復役も分けた結果である。


 どちらの馬車も御者はキマイラ小隊の男性メンバーが引き受けており、ロウはソッドに訊きたいことがあるからと御者台に座らせてもらったから、1台目の馬車の中には必然的にシルバとアリアだけになる。


 邪魔者がいない今、アリアはシルバの隣に座ってニコニコしながら話しかける。


「シルバ君クッキー持ってるー?」


 (まだクッキーを狙ってたのか)


「少しだけですがどうぞ」


 シルバは心の中で苦笑して昼食用の携帯食糧とは別に用意していたクッキーを少しだけアリアに渡す。


「ありがとー」


 アリアはシルバにお礼を言ってからクッキーを摘まんで口に運んだ。


 モグモグしてじっくり味わった後、アリアはシルバに抱き着いた。


「美味しかったよー。ありがとねー」


「・・・なんで抱き着くんですか?」


「お礼だよー。年上のお姉さんから抱き着かれたら嬉しいかなーって思ったんだー」


 アリアが抱き着いた意図を聞いてシルバはこの馬車にアルがいなくて良かったと思った。


 アルは秘密を共有しているシルバが自分以外の女性と一緒にいると嫉妬するから、アルがこの馬車にいたら騒ぎになっていたに違いないからだ。


「あれー? シルバ君は照れたりしないねー?」


「そういうのは師匠で慣れてますから」


 異界にいた頃、シルバはマリアから時々抱き着かれていたので年上の女性にハグされることに慣れていた。


 だからアリアに抱き着かれても耐性があったせいで赤くなることはないし、特に色恋沙汰に過敏な訳でもないからアリアが離れるまでじっとしているのだ。


 その一方でアリアはそこそこ自分の体に自信があったらしく、シルバを照れさせられなかったことが不満なようで顔を膨らませている。


「その反応はつまんなーい」


「そう言われても困ります」


「むぅ。この見学中にドキッとさせてあげるから覚悟しててねー」


「そんなスリルは要らないのですが」


「先輩の命令は絶対なのだー」


「エレンさんにバレたらまた耳を引っ張られますよ?」


 緩い口調だが決意は固い様子のアリアに対し、シルバは対アリア秘密兵器を口にした。


 先程エレンがアリアのストッパーになってくれていたのを思い出したのだ。


「ぐぬぬー。シルバ君はなかなか手強いねー」


「なんでそうまでして俺を照れさせたいんですか?」


「特に深い意味はー・・・ないかなー」


「じゃあ止めましょうよ」


 緩いんだか緩くないんだかわからない掴みどころのなさがアリアという女性なのかもしれない。


「エレンもねー、ソッドのことが好きならもっと素直にならなきゃ駄目だよよねー」


「サラッととんでもない暴露をしてますけど良いんですか?」


「シルバ君が黙っててくれれば大丈夫だよー」


 それは大丈夫ではないことを意味するのだが、アリアは決して慌てたりしない。


 シルバはアリアの興味を自分から逸らすために話を深掘りする。


「そうですか。わざわざ言いふらすつもりはないですけど、エレンさんはソッドさんのどこが好きなんですか?」


「自分にはない熱量があるからだって言ってたー。確かにエレンはヒエヒエだもんねー」


「それもエレンさんに聞かれたら不味いんじゃないですか?」


「シルバ君の話術は巧みだねー。うっかり喋っちゃったよー」


 (話術が巧みだとか言われたことないんだが)


 完全にアリアの自爆でしかないのだが、アリアはそう思っていないらしい。


 シルバも巧妙な話術なんて会得した覚えがないからどんな顔をすれば良いかわからなくて困った。


「それではこの話は止めましょうか」


「そだねー。代わりにメリルちゃんと一緒だった合同キャンプの話でもしようかー」


 その後、シルバとアリアは目的地に着くまで合同キャンプの話をしていた。

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