第110話 だからアルは男装してるんだろう?
アルが騒乱剣サルワに気に入られた翌日、シルバとアルはポールに放課後になったら学生指導室に来るようにと言われた。
今日のB1-1ではアルがいきなり首切り包丁を担いで来たため、クラスメイトがこぞってアルの周りに集まり、それはどうしたんだと質問攻めにした。
騒乱剣サルワが呪われた剣だと説明すれば不用意に場を混乱させてしまうと判断し、アルは弱点の近接戦闘対策で用意したのだと説明した。
1年生の内に帝国軍で
クラスがパニックにならなかったことに安堵したシルバとアルだったが、学生指導室に呼ばれて2人の心中は穏やかではない。
学生指導室の中に入った2人はまだポールが来ていなかったので席に座った。
この部屋は軍学校において特に防音設備がしっかりしており、中を覗き見ることもできない設計になっている。
学生指導室でする話は他の誰かに聞かれたら不味いものだから、シルバとアルはポールが話したい内容とはなんだろうかと頭を悩ませた。
そうしている内にポールがドアを開けて学生指導室の中に入って来た。
「すまん、遅くなった。ここに来る途中に他の先生に捕まっちゃってな」
「特に待ってませんので気にしないで下さい」
「それよりもこんな所に僕達を呼び出すなんてどんな話があるんですか?」
本題に切り込んだのはアルだった。
どうやらアルはポールのペースにはさせないつもりらしい。
ポールは頬をポリポリとかいてから口を開く。
「面倒だから単刀直入に訊こう。アル、お前はサタンティヌス王家の血を引いてるな?」
(ハワード先生、一体どうやってそこに辿り着いた?)
シルバはポーカーフェイスを保っていたが、心の中ではポールの正解に辿り着く力に苦笑した。
アルは笑みを浮かべて応じる。
「ハワード先生、そんなはずないじゃないですか。僕はただのアルですよ」
「騒乱剣サルワの持ち主について調べた。その首切り包丁を素手で掴める人間はサタンティヌス王家の血を引く者だけだった。それ以外は掴めないか正気を失った。他にも俺がサタンティヌス王家とアルの繋がりを疑った理由はある」
「僕がサルワに選ばれたのは偶然ですよ。それよりも、他に僕がサタンティヌス王家と繋がってると思った理由ってなんですか? そんなことを言われるとは思わなかったので驚きました」
「まずは思考パターンだ。入学試験の記述問題や魔道具における魔力回路の考え方が帝国式ではなく王国式のものだった。しかも、自分の考え方が王国式だと自覚があるからそれをカモフラージュしている箇所が見受けられた。そんなことをするのは王国民の中でも素性がバレたくない奴だけだ」
ポールがアルをサタンティヌス王家の者だと特定した方法が頭のキレる人のそれだったため、アルは心の中で賢いハワード先生は嫌いだよと悪態をついた。
「思考パターンに帝国式とか王国式なんてあったんですね。存じ上げませんでしたが偶然ですよ」
「まだアルがサタンティヌス王家の一員だと思ってる理由は外にもある。アルの入学試験で記載した個人情報を確認しようとしたら閲覧禁止になってた。しかも、禁止したのは校長だった。その時点でアルが一般家庭の出自じゃないことは明らかだ」
(校長先生の詰めが甘い、いや、ハワード先生があの人よりも賢いだけか)
シルバはアルから
そのため、ジャンヌがアルの素性を隠すのに協力してくれていることも知っていた。
だが、それが裏目に出てしまった訳だ。
「校長先生が僕の何かを調べようとして他の先生に閲覧を一時的に禁止したんじゃないですか?」
「アル、その言い方は半分認めてるようなものだ。多忙な校長がわざわざ調べようとする者が一般人のはずないだろう」
ポールの言い分にアルは一瞬だけしまったという表情になった。
その表情の変化をポールは見逃していなかったが、他にもまだアルをサタンティヌス王家の血筋と考えた理由は残っているので敢えて触れなかった。
「実はここ最近騒がしいサタンティヌス王国の王位継承権争いの問題で興味深い情報を仕入れたんだ。国王の子供は王子2人と王女1人というのが公式記録だが、帝国軍は2人目の王女の存在を確認してる」
(ハワード先生すげえな。たった数日で色んな情報を仕入れてるじゃん)
完全に聞いているだけになってしまったシルバはポールの情報収集力や集めた情報を1つの話として組み立てる力に感心した。
アルはどうにか顔色が悪くならないように耐えるので精一杯だった。
「第二王女なんていたんですね。その存在が明るみに出たら王位継承権争いが複雑になりそうです」
「だからアルは男装してるんだろう?」
「え?」
「これは俺じゃなくてユリアが気付いたことだ。アル君ってなんで女の子なのに男装してるのって訊かれてな。ぶっちゃけ、ユリアがその疑問を俺にぶつけなかったらアルが第二王女だったなんて気づけなかった」
ポールは完全にアルが第二王女であると断定した口調で述べた。
ユリアという意外な伏兵に自分の正体の核となる情報を見抜かれるとは思わなかったから、アルもこれにはお手上げだった。
そこにポールは追い打ちをかける。
「まあ、アルが自分の素性を隠したいサタンティヌス王国の第二王女なら、男の振りをしてるのにシルバへの独占欲が強いのも頷けるって話だ。自分が頼りにしてる護衛役が他の女子学生と仲良くしてたら困るからな」
「・・・はぁ。ハワード先生、ユリアさんのこともそうやって理詰めして虐めてるんですか?」
「虐めてないっての。人聞きの悪いこと言うな。話を逸らされないようにもう一度訊くぞ。アル、お前はサタンティヌス王国の第二王女だな?」
「そこまで調べられたなら何を言っても状況はひっくり返せませんね。そうです。僕はあのくそ忌々しい国王が手を出したメイドから生まれた第二王女です」
アルは自虐的に自らの正体を明かした。
「まったく、シルバもシルバだがアルもアルですごい出自だな」
「それは偶然ですね」
「そうであってくれなきゃ困る。俺ができることにも限りがあるんだ。これ以上の隠し事は御免だ」
「ハワード先生は僕が正体を隠して生活するのに協力してくれるんですね」
「当たり前だろ。なんだかんだ言っても俺はお前の担任だし、ユリアからもアルのことを気にかけてやれって言われたからな」
ポールは面倒臭がりに見えるがちゃんと教師らしく学生のことを守るつもりだ。
そこに愛するユリアからのお願いもあれば間違いなく力を貸すだろう。
シルバはアルが自らの正体を明かしたことでようやく自由に口を開けるようになった。
「それで、ハワード先生はこの部屋でアルの正体を暴いて何をしようとしてたんですか?」
「そこはほら、さっきも言った通り俺はお前達の担任だろ? 男女で同じ部屋で生活してることに対して話をしなきゃだろ。ここは学生指導室なんだし」
「「あっ・・・」」
シルバとアルは両方ともしまったという表情になった。
決していかがわしいことはしていないのだが、学生指導室の正しい使い方をされることに一本取られたと思わずにはいられまい。
「お前達、学生寮の部屋で不純異性交遊をしてないだろうな?」
「してません」
「してるつもりはないですが、参考までに何をしたらアウトか教えて下さい」
シルバは短く答えたが、アルは何処までならOKなのか探るべくポールに訊ねた。
注意されている立場だというのにあるの肝は据わっている。
これが王族の血なのだろうか。
いや、王族とか関係なくアルの肝が据わっているだけだ。
「アル、お前良からぬことを考えてないだろうな?」
「考えてないですよ。僕は純粋にシルバ君と健全な学生生活を過ごすために質問してます」
「・・・やれやれ。例えば、一緒のベッドで寝るとか相手のシャワーを覗いたりとかそんな感じだ」
「しませんよ」
「してないです」
嘘である。
とは言ってもシルバはアルが女だと知らずにバスタオルを届け、アルの裸を見てしまったので非があるのはどちらかというとアルにあるのだが。
ポールはシルバとアルが越えてはいけない一線を越えず、健全な学生生活を過ごしていると確認して指導を終了した。
なんにせよ、ポールが協力者になってくれることはアルにとってプラスに働くのだから良しとするべきである。
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