第252話 自分で自分を賢者と呼ぶって馬鹿っぽいぞ

 連帯制度導入から1週間が経った。


 アリエルの狙い通り、ムラサメ公国内の治安が良くなり、そのついでにアリエルはムラサメ公国における脅迫手帳を作った。


 今までは良しとされていたものが取り締まられ、甘い蜜を吸っていた者達は反抗しようとした。


 だが、その時には既にアリエルの公国内の影響力が行き届いており、内戦時は日和見な態度で老害と呼ばれる者達は処分された。


 老害達が貯め込んでいた資産は国の立て直しに使うと宣言し、それぞれの街の復興の足しにしてくれとシルバが放出したから、シルバ達の支持率は上がった。


 これで国内の景気も良くなり始めたけれど、事はなんでもかんでも上手くいかない。


 割災が公都ムラマサの近くで発生したのだ。


 直ちにサイモン率いる第一騎士団が出兵したけれど、事態は芳しくなかった。


 それはマジフォンにてシルバに伝えられる。


 (遂にゴールド級モンスターが現れたか)


 サイモンから掲示板のチャットで知らされたのは、ゴールドボア率いるシルバーボアの群れの出現だった。


「アリエル、俺は現地に向かうから指揮は任せる。エイルは俺に同行して負傷者の手当を頼む」


「任せて」


「わかりました」


 シルバはエイルとマリナを連れ、レイに騎乗して現地に向かった。


 現地では第一騎士団がムラマサに向かわせまいと必死に戦っていたが、実力不足で負傷者多数の劣勢に追い込まれていた。


「レイ、ボア共を抑え込んでくれ」


『うん!』


 レイが<竜威圧ドラゴンプレッシャー>を発動した途端、敵集団がブルッと震えて動けなくなった。


 止まった敵を仕留めるのは容易いから、シルバは味方に当たらないように攻撃する。


「良い仕事だぞ、レイ。壱式水の型:散水拳」


「「「・・・「「ブヒィッ」」・・・」」」


 シルバの攻撃をまともに喰らい、シルバーボア達は力尽きた。


 それでも、ゴールドボアはその上位種なので範囲攻撃に巻き込む程度では倒れない。


 シルバはレイの背中から飛び降り、ゴールドボアに追撃する。


「肆式雷の型:雷塵求!」


 雷を纏った両腕から繰り出されるラッシュを受け、ゴールドボアは力尽きた。


 実際のところ、肆式雷の型:雷塵求を使わずとも弍式:無刀刃の派生の型で倒せたけれど、派手に倒すことで第一騎士団を鼓舞できると判断したから、シルバは派手にゴールドボアを倒してみせた。


「「「・・・「「公王陛下万歳! 公王陛下万歳! 公王陛下万歳!」」・・・」」」


 シルバの狙い通り第一騎士団の士気は上がったが、予想以上の盛り上がりでサイモン達は万歳三唱した。


 どんどん恥ずかしくなって来たので、シルバは万歳する空気を変えようとサイモンに話しかける。


「サイモン、大丈夫か?」


「陛下自らご出陣いただき感謝申し上げます。敵に吹き飛ばされて負傷した者はおりますが、死んだ者はおりませぬ」


「そうか。レイとエイルは皆の手当を頼む」


『は~い』


「わかりました。怪我の程度が酷い人から治療しますね」


 レイは<収縮シュリンク>で小さくなると、エイルと一緒に回復ヒールで怪我が酷い者から順番に治療を始めた。


 ゴールドボアもシルバーボアも物理攻撃メインであり、状態異常を与えるスキルを持たない。


 それゆえ、回復ヒールが使えれば部位欠損でもない限り治療できる。


 シルバは治療の際は出番がないので、マリナに周囲の警戒を任せてサイモンに訊ねる。


「サイモン、割災で現れたモンスターはここにいる奴等だけか?」


「目を開けていられなかったので正確なところはわかりませんが、ゴールドボア達よりも前に突風が吹き荒れました。何かがこちらに紛れ込んだ可能性がありますが、我等が戦ってる時に手出しをしなかったことから私の勘違いの可能性もあります」


「そうか。であれば、警戒は解かない方が良いな。下手をすればムラマサにゴールド級モンスターが向かってしまう恐れがあるし」


「ゴールド級モンスターですと?」


 まさかゴールドボア以外にも現れたのかと言外に訊ねるサイモンに対し、シルバは冷静に応じる。


「可能性の話だ。サイモン、ゴールドボアの動きは目で追えたか?」


「私が未熟なせいで最初は目で追えず、数回攻撃を防ぐのがやっとでした。防げなかった時は部下に被害が出てしまいました」


「そうだろうな。つまり、ゴールド級モンスターが本気を出せば、第一騎士団の監視を掻い潜ってこの場から逃げることもできると考えて良い。今回は突風による目潰しも使われたんだろう? ゴールドボア達にそれができたとは思えない。ということは、ゴールド級モンスターがもう1体こちらに迷い込んでしまったと考えるべきだろう」


「申し訳ございません」


 サイモンは自分のせいでムラマサが危険な目に遭ってしまうと思い、シルバに向けて直角に頭を下げた。


「構わない。無茶はするな。お前達が倒せない相手がいる時のために俺達が来た。マリナ、何かこの周辺で俺達の様子を探る気配はしないか?」


「・・・チュル!」


 マリナは目を閉じて周囲の気配を集中して探り、何かを見つけたらしく目を開けた。


 あっちにいると体を動かして示すので、シルバもその方角を見て地面を殴る。


 (何かいるな。おそらく蛇系モンスターがあの樹の向こうに隠れてる)


 地面を殴ってその反響を調べ、シルバはマリナの察知した結果は間違いないと確信した。


『今度こそアタシ達の出番だわっ』


『出番、到来。ワクワク』


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュは自分達を使えとシルバにアピールした。


 それが意味するところは、樹の向こうに隠れてシルバ達の様子を窺っている蛇型モンスターは強敵だということだ。


 シルバ達に隠れていることがバレたと悟ったのか、シルバとマリナが怪しいと睨む樹の陰から巨大な蛇系モンスターが現れた。


 それは灰色の刺々しい鱗に覆われた大蛇であり、黄色に輝く目はシルバとマリナ、治療中のレイを警戒していた。


『雑魚の中に強者が紛れておったか』


「お前、喋れるのか」


『然り。我は空赤き世界で賢者を自負する知能の持ち主であるぞ』


「自分で自分を賢者と呼ぶって馬鹿っぽいぞ」


 シルバは<念話テレパシー>で話してくる尊大な敵にストレートな感想を述べた。


 これには大蛇も不快感を隠さない。


『不敬であるぞ。我をバジリスクと知ってのことか』


「初めて知った。というか、それは種族であってお前の名前じゃないだろ? 賢者なのに名前もないのかよ」


「キシャァァァァァ!」


 バジリスクは<念話テレパシー>で会話するのを止め、<毒吐息ポイズンブレス>を発動した。


「壱式火の型:蒼炎拳」


 シルバは熱尖拳タルウィを装備した右手に炎を纏い、向かって来る毒の息に正拳突きを放った。


 蒼い炎は毒の域に燃え移り、逆流してバジリスクの口が燃える。


『おのれ! 小童風情が!』


 バジリスクは<毒吐息ポイズンブレス>を強制的に終わらせて悪態をついた。


 シルバはそれをスルーして渇尖拳ザリチュを装着した左手で攻撃を仕掛ける。


「弍式雷の型:雷剃」


『ぬぅっ』


 先程与えられたダメージが予想以上に大きかったので、バジリスクは大袈裟に体を仰け反らせてシルバの放った雷を帯びた斬撃を避けた。


 それだけでもシルバに挑発のきっかけを与えるには十分だ。


「どうしたよ? 小童の攻撃だろ? 受け止めるのが賢者の度量じゃないの?」


「キシャァァァァァ!」


 バジリスクはシルバの挑発にキレてしまったらしく、その場にいる者全てを威圧するように鳴く。


 第一騎士団はその声によって体が痺れてしまったが、シルバとエイル、レイ、マリナには通じなかった。


「チュルル!」


 マリナが自分だって戦えるんだぞとアピールし、鋭水線ウォータージェットを放った。


 シルバばかりに気を取られており、バジリスクはマリナの攻撃に気付くのが遅れてしまった。


 その結果、バジリスクの右上の牙が折れてしまう。


 牙が折れた痛みは尋常じゃなかったようで、バジリスクはその巨体を地面に叩きつけるようにして暴れ始める。


『おんどれ小娘がぁぁぁぁぁ! 我の美しい牙に何してくれるんじゃぁぁぁぁぁ!』


 バジリスクは自分よりもずっと小さなマリナに自慢の牙を1本折られ、その事実が大変不快であると言わんばかりにバジリスクに狙われた。


「チュルゥ」


 マリナはざまぁと言いたげな表情で反射領域リフレクトフィールドを発動し、自分への攻撃を反射して防ぐ。


 (マリナもやるじゃん。少し任せてみるか)


 思えばいつもレイばかりに強敵と戦う機会を与えていたため、マリナがやりたいならやらせてあげようとシルバはバジリスクとの戦いをマリナに譲ることにした。

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