第21話 らっしゃーせー

 時は少し流れてあっという間に新人戦のペアの部当日になった。


「いよいよペアの部当日だね、シルバ」


「そうだな。アル、今日は昇格目指して頑張ろうぜ」


「うん!」


 シルバとアルは学生寮を出てグラウンドへと向かった。


 試合会場のグラウンドに向かう途中から、会計コースと支援コースの学生達が協力して開いた出店ロードが活気に溢れていた。


「らっしゃーせー」


「串焼きー! 美味いよ串焼きー!」


「俺のフランクフルトいかがですかー!?」


「大食いチャレンジに挑む強者つわものはいないかー!?」


「豆茶で眠気を吹き飛ばしませんかー!?」


 客引きの声があちこちから聞こえてシルバは静かに驚いていた。


「朝からみんな元気だな」


「そりゃそうだよ。会計コースと支援コースの新人戦はとっくに始まってるんだもん」


「そっか。それにしてはやる気ない感じの客引きの声も聞こえたけど」


「う~ん、あれは敢えて怠そうにやることで印象に残ろうとする作戦じゃないかな?」


 シルバが「らっしゃーせー」と怠そうに言う客引きのことを指していると理解し、アルは苦笑しながら自分の意見を述べた。


「独特な作戦だな。それはともかく何か買って食べようぜ」


「そうだね」


 シルバが買い食いを提案したのは食堂が休みだからだ。


 以前は新人戦の日でも食堂も開いていたが、食堂が開いていることで出店の売り上げが想定以上に伸びなかったため新人戦の今日と明日は食堂が閉まっている。


 何か丁度良い物はないかと探していると、シルバは自分を呼ぶ声が聞こえてその方角を向いた。


「シルバ! お~い!」


「ん? ジーナじゃん。呼んだ?」


「呼んだ! 私のお店で朝ごはん食べてって!」


 ジーナがF1-1に在籍することはシルバも聞いていたが、コースが違うから新人戦前にジーナと会う機会はなかった。


 それゆえ、ジーナがどんな店をやるのか知らないのでシルバはそれを確かめることにした。


「何売ってんの?」


「ハンバーガー!」


 (ハンバーガーって確かマリアが広めたって自慢してた料理だっけ?)


 シルバはハンバーガーを食べたことはなかったが、異界で修行していた頃にマリアがハンバーガーを食べたいと言っていたことを思い出した。


 エリュシカにやって来たマリアにとって地球の料理がないことは衝撃的だった。


 だからこそ、軍で地位を上げるのと並行して地球の料理を布教したらしい。


 マリアのおかげでエリュシカの料理の水準はぐーんと伸び、マリアが異界に飛び込んでからも料理の文化は着々と発展している。


 その1つがハンバーガーだ。


 ハンバーガーはマリアがジャンクフードを食べたくなってリクエストしたという経緯があるが、今はそれを置いておこう。


「アル、朝はハンバーガーでも良いか?」


「うん。ジーナの売り上げに協力してあげたいんでしょ?」


「まあな。知らない仲じゃないし」


「やった! お客さん2人ゲット! どいたどいた~!」


 ジーナはシルバとアルの腕を引っ張って自分達の出店まで連れて行った。


 ジーナの出店にはまだ客が誰もいなかった。


 それもそのはずでジーナの店はポジションがよろしくなかった。


 学生寮からグラウンドに向かう道と直線上に続いてはいるものの、学生寮と反対の位置にいるから朝のお客争奪戦では不利なのである。


 店番をしていた茶髪の女子学生はジーナと同じく髪型をハーフアップにしている。


 ジーナも元々はハーフアップではなかったことから、新人戦の出店で張り切ってお揃いの髪型にしたのだろう。


「ジーナ、お客さん捕まえたんだね! あっ、天使級エンジェルのシルバ君じゃん! それに戦闘コース次席のアル君までいる! お手柄だよジーナ!」


「フフン。私が本気を出せばこれぐらい当然だよ」


「ジーナ、この子と一緒に店やってるんだ?」


「そうだよ。サリー、挨拶しなよ」


「そうだった! 私はS1-1のサリー! 新人戦でジーナと組んでお店をやってるの! よろしくね!」


「よろしく。俺はシルバ」


「僕はアル。よろしくね」


 シルバ達はお互いの自己紹介を済ませて早速注文することにした。


「ジーナ、オススメは?」


「ダブルチーズバーガー! 今日はペアの部だからね!」


「なるほど。じゃあそれ2つ。アル、それで良いか?」


「勿論」


「毎度あり! サリー、よろしく!」


「任された!」


 ジーナとサリーのやり取りを見てシルバはジーナに疑問をぶつけた。


「あれ、ジーナは作らないの?」


「私は客引きとウェイトレス担当。サリーが食材調達と調理担当。と言っても実際どっちもできるようにしてるけどね」


「上級生のアドバイザーはどうしたんだ?」


「籤引きでこの場所引き当てた申し訳なさから食材調達の交渉で頑張り過ぎて倒れた。今は保健室で寝てるよ」


 出店の場所はアドバイザーとなる上級生が予め籤引きで決める。


 それはクラスの順位で場所を決めない公平性確保の観点で取り入れたルールだ。


 そうでなければ、F1-1のジーナとS1-1のサリーがわざわざ学生の動線を考慮しない場所で出店なんてするはずがない。


「それで良いのかアドバイザー?」


「アドバイスは的確なんだけどメンタルが弱い人なんだよね・・・」


「アドバイザーがいなくても大丈夫なのか?」


「うん。自分が倒れても良いようにってアドバイスしてくれてたから問題ないよ」


 (自分が倒れても良いようにって倒れるの前提かよ)


 シルバはジーナの話を聞いて苦笑した。


 アルも同様である。


「そんなことよりシルバとアルは優勝できそう?」


「優勝する」


「僕もそのつもりだよ」


「シルバが強いのは知ってるけどアルってどうなの?」


「俺が前衛でアルが後衛。アルは俺に合わせてくれるから理想的なペアが組めたと思う」


「理想的・・・ペア・・・」


 シルバの言葉を聞いてアルは顔を少し赤らめてもじもじした。


 そこにサリーが完成した料理を持って来る。


「はいお待ち! ダブルチーズバーガー2つ!」


「良い匂いだな」


「美味しそう」


「ささっ、冷めない内にガブッといっちゃって」


「「いただきます」」


 サリーに勧められてシルバとアルはそれぞれのハンバーガーを手に取り、そのままガブリと頬張った。


「美味い! サリー料理上手いじゃん!」


「美味しい! お肉とチーズの相性抜群だね!」


「でしょ? はい、これ。ドリンクはサービスしてあげる」


「良いの?」


「全然OKだよ。だってほら。シルバ達のおかげでお客さんが集まって来たもの。ジーナってば話題の2人がこの店にいることを宣伝に使ったのね」


 サリーが指差した方向を見ると、いつの間にかいなくなっていたジーナが呼び込みに成功した学生達をぞろぞろと引き連れて帰って来たところだった。


「ジーナが商魂たくましい」


「シルバ君、女の子にたくましいは褒め言葉じゃないよ」


「じゃあ他になんて言えば良い?」


「・・・抜け目ない?」


「それも褒め言葉じゃなくね?」


「う~ん」


 シルバもアルもジーナをどう褒めたものかと悩んだが答えが出なかった。


「サリー、団体さん連れて来たよー」


「ジーナ、客寄せ中断して注文聞いたら作るの手伝って」


「はーい」


 ジーナとサリーが大忙しになったため、シルバとアルはダブルチーズバーガーを食べてサービスのドリンクを飲み干したら会計を済ませてグラウンドに出た。


「シルバ君、あの調子ならジーナとサリーのお店は大丈夫そうだね」


「俺もそー思う。スタート位置は悪かったかもしれないけど、評判になれば学生寮から多少遠くても足を運ぶ学生はいるさ」


「評判になったら一度は食べてみたいって思うもんね。値段も300エリカでボリュームに比べて安かったし」


「それだけアドバイザーが仕入れで頑張ったんだろ。メンタルさえ強ければいうことなしだったんじゃないか?」


「アハハ。あれもこれも完璧って人はいないからしょうがないよ」


 そんなことを話している内にシルバ達はグラウンドに到着した。


 グラウンドには新人戦のためだけに石畳のフィールドが用意されており、観客席は即席で階段のようにして後ろに座る人でも前の人に視界を妨げられないようになっている。


 開会式の時間が近づくにつれてどんどん学生が集まって来て、開式まで残り5分を切る頃には満席になった。


 集まった学生達は誰の試合が見たいとかどの出店が美味しかったとか話していたが、校長ジャンヌが石畳のフィールドに姿を見せた途端ピタッと会話が止む。


 緊張感が一瞬にしてグラウンドを包み込んだ。

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