第20話 そんなこと言ったってしょうがないじゃないか
シルバ達が入学してから2週間が経過した。
戦闘コースは実技の授業が多めであると勘違いされがちだが、1~3年生は午前が座学で午後が実技という形式でカリキュラムが組まれている。
確かに戦闘コースでは戦うために必要な力が求められるが、筋力や体力、スキルだけを鍛えれば良いというものではない。
そんなことをすれば脳筋な軍人を量産することになってしまうからだ。
立案された作戦に基づいて指示が出た時、指示の内容を理解できなくて突撃だけすれば良いと考える軍隊では悪知恵の働く盗賊や賢いモンスターに嵌められて全滅する恐れがある。
それは絶対に避けなければならないため、戦闘コースも一般教養を身に着けさせることになっているのだ。
今日は一般教養の授業の中でもシルバが一番気になっている魔法工学の授業がある日だ。
魔法工学とはロストテクノロジーによって完成された
これ以外の科目はマリアから教わった知識で予習が済んでおり、魔法工学だけはシルバにとって知らない内容も含まれているから興味があるのだ。
「よーし、お前達。今日は教科書の15ページを開けー」
ポールは今日も今日とて力の抜けた感じのままだ。
(今日は魔力回路か。ここはマリアに習った内容だな)
シルバは教科書をパッと見て今日学ぶ内容は未知のものがなさそうだと少しがっかりした。
「ウォーガン、15ページをタイトルから俺が良いって言うまで音読してくれ」
「はい。魔力回路の研究。
「良いぞ。次、タオ」
「はい。
「そこまで。さて、今2人に読んでもらった通り、
ポールは教科書の音読を中断させると、魔力回路が記された紙をクラス全員に配った。
「よーし、全員に回ったな。今からお前達にやってもらうテストっつーのは、お前達の凝り固まってない柔軟な発想に期待して行われるものだ。その回路の問題点と改善点を思いつく限り書いてみろ。記入した内容が採用された場合、報酬も出るから気合入れて挑めよー」
「ハワード先生、報酬ってどれくらいですか?」
「最低でも大銀貨1枚出る。MAXでどれぐらいかは俺にもわからん。他に質問がなければ始めて良いぞー」
大銀貨1枚、つまり10万エリカが最低でも支払われると聞いてクラス全員が目の色を変えた。
特にリスクもなく自分のアイディアが採用されれば10万エリカ貰えるならば、やる気を出さない方が珍しい。
シルバも賞金首の懸賞金で懐にはまだ余裕があるが、貰えるものは貰っておきたいので真剣に取り組むことにした。
紙に記された魔力回路を見て、シルバは以前マリアから教わった内容を思い出した。
(これ、てんで駄目だってマリアが言ってた例そのものじゃね?)
マリアは魔力回路についても詳しく、どうやって回路を組めば最も効率が良くなるのかシルバに説明してみせた。
その時の記憶を呼び起こし、シルバは覚えている限りの内容を紙に書いた。
「そこまでー。後ろから回答を集めるぞー」
ポールは全員の紙を集めてたのを数えて確認した後、直感的にシルバなら何かやらかすんじゃないかとシルバの回答をちょっと覗くぐらいの気持ちで見た。
そして、すぐに自分の考えが甘かったと後悔した。
「あー、すまん。ちょっと用事ができたから自習しておくように。今日は18ページまで読むつもりだったから、そこまで読むのがノルマってことでよろしく」
ポールはそれだけ言って教室を出て行った。
ポールが後悔したのはシルバが失われた知識を穴埋めしたことに気づいたからだ。
彼は普段やる気を出さない男だが、賢さと強さを兼ね備えた人物である。
それゆえ、ちょっと読んだだけでシルバの回答が報酬支払案件だと知って校長室に直行したのだ。
ポールが出て行った後、アルはシルバにジト目を向けていた。
「シルバ君ってばまた何かやったでしょ?」
「別に何かやったつもりはない。普通に答えただけだ。多分」
「ほら、多分って最後自信なくなってるじゃん」
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」
アルの予想が当たったことを証明するように校内放送が聞こえて来た。
『B1-1のシルバ、至急校長室まで来なさい。繰り返す。B1-1のシルバ、至急校長室まで来なさい』
「シルバ君、これでも反論ある?」
「ない。ちょっと行って来る」
「行ってらっしゃーい」
アルにジト目で見送られ、シルバは校長室へと向かった。
校長室に到着したら重厚なドアをノックして名乗る。
「B1-1のシルバです。放送を聞いて参りました」
「よく来た。入れ」
「失礼します」
部屋の中から
初めてシルバが呼び出された時はジャンヌが書類仕事をしていたが、今日はその傍にポールが控えており仕事もせずにただシルバを待っていた。
「次にお前を呼び出すのは新人戦の後だと考えてたが、それよりも前に呼び出す羽目になったぞ」
「それを私に言われても困ります」
「だろうな。今回呼び出したのは気づいてるだろうが魔力回路の件だ」
(ですよねー。もしも違ったら全く心当たりなかったもん)
ジャンヌ相手にそんな軽口を叩く訳にはいかないから、シルバは心の中で苦笑いした。
「シルバ、お前これどうやって思いついたー? 言われてみれば確かにそうだって思うけど、戦闘コースの1年生の発想じゃないぞこれ」
「そう言われましても、そのテストは私の師匠に教わったことを書いたまでです」
「・・・なるほど」
「校長、納得するんですか?」
「ああ。以前シルバを呼び出した時、彼の師匠の正体について聞いたからな。ポール、悪いがこの件に関しては詮索を禁ずる。上官命令だ。良いな?」
「かしこまりました」
ポールはジャンヌがシルバの説明を聞いてあっさりと納得したことに驚いた。
ジャンヌが気になったら納得するまでとことん追究する人間だからだ。
ところが、ジャンヌが全く追究しなかった。
それだけでポールはシルバの師匠について触れるのは止めておこうと思えた。
触らぬ神に祟りなしという考え方が彼の行動理念であり、ジャンヌが把握しているなら自分までわざわざ知る必要はないと判断したのだ。
勿論、ポールだってシルバの師匠が誰なのか気になっている。
そうだとしても、上官命令を持ち出されれば逆らいようがない。
軍に置いて上官命令に逆らえば処罰が下されるからである。
もっとも、上官が人道的に間違った命令をして拒否した場合、それを軍の第三者が知ってしかるべき相手に報告すれば命令を拒否してもお咎めなしのケースもあるのだが。
「ハワード、とりあえず今回のテストの内容が歴史を変えるレベルだということは承知した。軍の技師達に連携の上、優先度の高い
「はっ」
ポールは珍しくピシッと敬礼してから校長室を出て行った。
そんなポールに目を丸くしているシルバを見てジャンヌはクスッと笑った。
「あんなしっかりしたハワードが珍しいか?」
「・・・はい。いつもと違ったので驚きました」
「ハワードはああ見えて優秀なのだぞ」
「存じております。足の運び方や視線、思考力等只者ではないと思っております」
「ふむ、わかる者にはわかるのだな。残念ながら、戦闘コースの他の1年の担任教師達はそれに気づかなかったが」
やれやれとジャンヌが首を振るとシルバは他の教師をディスらずにフォローした。
「それは偏にハワード先生の擬態が上手いからではないでしょうか」
「擬態か。言い得て妙だな。ハワードはB1-1を任せるに相応しい教師だ。シルバも盗めるところは積極的に盗むと良い」
「わかりました」
「よろしい。では、教室に戻れ。今は自習なのだろう?」
「はい。失礼しました」
シルバは校長室を出てB1-1の教室に戻った。
教室に戻ったシルバがクラスメイトから質問攻めにされたのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます