第34話 世の中綺麗事だけでは生きていけないよ
エイルから提示された条件は破格と言っても過言ではなかった。
学生会に入った場合、大抵は忙しくて他のクラブに顔を出す余裕なんてない。
しかし、庶務1人でやるべき仕事を2人で行うならば他のクラブの活動に関わる時間は作れるだろう。
正直なところ、エイルはアルが入会を断ってもシルバだけはどうにか引き留めたいと考えている。
入試主席の頭脳はまぐれでもなんでもなく、普段の授業の様子を教師陣に訊いてもシルバが他の1年生とは比べ物にならないぐらい有能であるとわかっているからだ。
それでも、アルが残ってくれた方がシルバも学生会に残ってくれると考えたため、庶務の仕事を2人で分担して余暇の時間に希望するクラブの研究内容に触れられるようにするつもりなのだ。
「シルバもアルも入会しとけ。この条件はマジで破格だ。学生会と希望するクラブの良いとこどりできるぞ」
ヘラヘラしていたロウが真顔で勧めるあたり、シルバもアルも提示されている条件がかなり良いものなのだと理解した。
ロウが自分の邪魔どころか後押しをしてくれているので、エイルもロウの勧誘を止めていない。
アルはこの条件ならありだと考えているけれど、シルバの考えが気になって訊ねる。
「シルバ君、どうする?」
「好条件だけどやってみて違うってなるかもしれない。会長、仮入会のようなお試し期間を設けていただけませんか? あれこれ悩んでも実際にやってみないと判断できません」
「構いませんよ。私としても、即断即決してミスマッチでしたさようならと言われるのは辛いですから、仮入会して合う合わないを確かめてもらいたいです」
エイルはお断りしますと言われなかったことにホッとしたが、それを顔に出さないようにして話のわかる先輩を演じた。
一旦引き込んでしまえばこっちのものだとも思っているけれど、それも顔に出ないように注意している。
ところが、そんな腹芸をしないロウが嬉しそうにシルバとアルの肩を叩く。
「まあ仮入会なんてほぼ入ったようなもんだ。これからよろしくな!」
「ロウ、本当に生々し過ぎます!」
「先輩ちょっと黙ってて下さい!」
「死んだ方が良い」
「さっきからイェンが俺に対して毒しか吐かない件について」
「デリカシーのない軽薄な人を敬う気にはならない」
イェンはシルバとアルを除いて一番学年が低いにもかかわらず、ロウに対して容赦なく言葉のナイフを刺していく。
軍学校とはいえ上の階級の者にそんな発言が許されるのかとシルバもアルも気にしているが、ロウにそれを咎める様子は見受けられなかった。
エイルはやれやれとため息をつく。
「はぁ。ロウがロウなのはいつものことなので仕方ありません。それでは早速シルバ君とアル君に庶務の仕事を説明したいのですが、時間はまだ大丈夫ですか?」
「問題ありません」
「僕も大丈夫です」
シルバとアルがまだこの場に残ってくれると返事をしたため、エイルは庶務の仕事について書類を使いながら具体的に説明し始めた。
「この資料ですが、各クラブの今年の活動計画書です。それをふまえて学生会が予算を振り分けるのですが、希望予算に見合わない計画書が散見されますので一読して違和感のある場所をチェックして下さい。付箋で印をつけて会計のメアリーに渡してもらえば後はメアリーの仕事です」
アルがエイルの説明で気になったことがあるのか手を挙げる。
「質問良いですか?」
「なんでしょうか?」
「予算審議ってかなり重要な仕事ですよね。それが素人の僕達に務まるでしょうか?」
「この仕事は学生会のメンバーとして、軍学校のクラブ活動がどのようなことをするのか把握しておく必要があるため、新人育成の意味で学生会に加入したばかりのメンバーにも携わってもらってます。最終的な判断は私が行いますから、あまり気負わずに読んでみて下さい」
「わかりました。シルバ君、半分ずつ読んで交換しようよ。全部読んでみたい」
「わかった」
シルバよりもアルの方がやる気のようだ。
アルがやる気になる理由はなんだろうかとシルバが首を傾げていると、アルはシルバの耳元で囁く。
「この手の計画書で不正を見つけたら弱みを握れるよ。いつの日か敵に回った時に弱みは握っといた方が良いと思ってね」
「アル、お前って結構腹黒いよな」
「世の中綺麗事だけでは生きていけないよ」
孤児院での生活を思い出し、アルの言い分は正しいと感じてシルバはそれ以上何も言わずに活動計画書に目を通し始めた。
シルバが最初に見たのは筋肉トレーニングクラブの活動計画書であり、希望する予算が
(こんなに要らなくね?)
異界で修行していたシルバは1エリカも使わずに体を鍛えていたため、10万エリカも何に使うのだろうかと疑問に思った。
だが、何にそれだけの費用がかかるのかという説明を見てもよくわからなかったため、シルバはメアリーに訊ねることにした。
「メアリーさん、質問しても良いですか?」
「早速何か見つけたの?」
「はい。筋肉トレーニングクラブの予算ってこんなに必要なんですか?」
シルバが該当部分を指差しながら質問すると、メアリーはうっと嫌そうな顔をした。
誤解のないように表現するならば、シルバから質問されたことが嫌という訳ではなく、筋肉トレーニングクラブという存在に関わりたくなさそうな様子である。
「私は要らないと思うんだけど、明確に要らないって根拠を示せないんだよね・・・」
「どういうことですか?」
「費用の使用先は筋肉トレーニングに使う器具や筋肉を増量する薬だってわかってるの。別に彼等が与えた予算を横領してるとは考えてないんだけど、費用対効果が測定できないんだよね。だから、その予算が妥当かどうか判断に困ってるの」
「この場合、予算はどうするんでしょうか?」
「筋肉トレーニングクラブを視察して最終的な判断を下しますが、彼等の勢いに押されてると言われても否定できないですね」
メアリーは困った表情を見せた。
背が低いメアリーからすれば、体の大きな男子学生が大半を占める筋肉トレーニングクラブは苦手な存在だ。
揺るぎない自信がないと苦手意識のせいで彼等からの圧力に負けてしまうのだろう。
「それなら俺も視察に行って良いですか? 筋肉トレーニングクラブの鍛え方が効果的なのか直接見てみたいです。俺も体を鍛え方に拘ってますので、もしも効率が悪いようであれば経費を削減しつつ効果的な鍛え方を共有します」
「何それ俺も気になる。同行したいんだけど」
シルバとメアリーの話を聞いてロウが興味を持ったらしい。
新人戦でペアの部と個人の部の両方で優勝したシルバの特訓方法について、同じ戦闘コースの先輩としてロウが興味を持たないはずなかった。
そこにエイルが口を挟む。
「では、ロウとメアリー、シルバ君の3人に行って来てもらいましょう。ロウ、私の代わりにしっかりと見て来るように」
「へーい」
「えっ、会長は来てくれないんですか?」
ロウは特に問題ないので軽いノリで返事をしたが、新入生のシルバだけでなくロウが何かやらかさないように見張るのを単独でしなければならないのかとメアリーはエイルに目で訴える。
「大丈夫だってメアリーちゃん。シルバが揉め事を起こしそうになったら俺がなんとかするから」
「勘違いしないで下さい。不安に思ってるのは先輩の方ですから」
「メアリー、シルバ君がロウより手のかかることはないはずです。ロウだけ注意しておけば大丈夫ですよ」
「先輩が問題児」
「なん・・・だと・・・」
メアリーにぴしゃりと言われてロウは膝から崩れ落ちた。
(ロウさん信用されてなさ過ぎじゃね?)
女性陣からのコメントを聞いてシルバがそう思うのも無理もない。
「シルバ君、僕はここに残るよ」
「そうだな。その方が良い」
アルは万が一筋肉トレーニングクラブで男は服を脱げと言われるようなことがあったらと考え、シルバに同行することを諦めた。
性別を偽っている以上、少しでも身バレするリスクは回避しておきたいのだから当然だ。
シルバもアルがどんな風に考えているのか察したため、アルの考えを尊重した。
ということで、シルバはメアリーとロウと一緒に筋肉トレーニングクラブの視察に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます