第35話 ふんぬらば!
シルバ達が筋肉トレーニングクラブのクラブ室に入ってみると、そこは汗臭くてむさい空間だった。
男子学生がパンイチであらゆる筋肉を厳しく鍛えているせいか、汗がすごいだけでなく体から湯気まで出ている。
「おっと、もう帰りたくなって来た」
「私だってそうですけど、仮入会した後輩の前でみっともない真似はできません」
ロウが1秒でも早く外に出たいと態度で示すのに対し、メアリーは同じ気持ちではあるもののシルバの前で情けない姿は見せられないと我慢している。
筋肉トレーニングクラブのメンバーは来客に気づくとすかさず横一列に並んでサイドチェストを披露し始める。
「仕上がってるね!」
「キレてる! キレてるよ!」
「デカいよ! 他が見えない!」
(自分達で言いながらポージングするってどうよ?)
シルバがそんなことを思いながらジト目を向けているが、メアリーもロウも同じだった。
メアリーは体の大きな筋肉トレーニングクラブのメンバーが怖かったけれど、覚悟を決めて口を開いた。
「学生会です。クラブ長はいらっしゃいますか?」
「ここだ!」
その瞬間、クラブ長以外がフロントリラックスにポーズを変更し、クラブ長はサイドチェストからアブドミナルアンドサイに変える。
「土台が違う! 土台が!」
「プロポーションがお化け!」
「腹筋何個あるの!」
「暑苦しい」
メンバーの掛け声を聞いてロウがボソッと呟いた。
メアリーも全く同じ気持ちだが、それを口に出さずにさっさと本題に入る。
「クラブ長、今年度の予算についてお話があります」
「予算だと!?」
今度はモストマスキュラーにポーズを変更するクラブ長にイラついてメアリーがキレた。
「いい加減にして下さい! こちらは真面目な話をしてるんですからポージングを止めなさい! 予算を減らされたいんですか!?」
「あっ、はい」
予算を減らされたくないと思っているらしく、クラブ長は急に落ち着いたテンションになった。
「というか服を着て下さい! 女性の前で堂々と裸っておかしいですよね!?」
「わかりました。少しお待ち下さい」
(素のテンションの時の時は礼儀正しいな)
シルバはクラブ長が実は普段真面目な人なのではと思ったけれど、すぐにその考えは裏切られた。
クラブ長がタオルで汗を拭いて上着を着て来たと思いきや、白いランニングシャツがピッチピチだった。
どう考えてもワンサイズ小さいのだ。
「どうしてそういうことするんですか! ちゃんとしたサイズの服を着て下さい!」
メアリーに怒られても大胸筋を動かすばかりでクラブ長は学生会を馬鹿にしているように思えた。
ロウは大きく溜息を吐いた。
「こちらの活動に非協力的な態度だと予算を削る、いや、廃部しかないな。その筋肉で俺達を馬鹿にするのがこのクラブの活動内容なんだから」
「ちょっと待ってほしい!」
クラブ長はロウの言葉を聞いて流石に不味いと思ったのか、大胸筋をピクピクさせるのを止めて待ったをかける。
ロウはそれを見てシルバにしかわからないぐらい僅かにだが口角を上げた。
「なんだよ? 俺の後輩の仕事を邪魔してたんだから当然だろ? 予算が適正なのか調べに来たのにそれが邪魔されるんだからしょうがないじゃん」
「頼むからちょっと待ってくれ。おふざけが過ぎたのは謝るから」
「俺達の時間を無駄にしたんだ。予算の審査が厳しくなることは覚悟しとけよな」
「むぅ・・・」
クラブ長は異議を申し立てたかったけれど、先にやらかしたのは自分達である以上何も言えなかった。
「先輩、やればできるじゃないですか」
「待って。俺の評価ってそんな低かったの?」
「当たり前じゃないですか。先輩ですよ?」
「俺の評価のやり直しを要求する」
「お断りします」
メアリーはピシャリと言ってから本題に戻る。
その隙にシルバは改めて活動計画書を見てみたが、シルバの目から見て無駄が多いように思えたから口を挟むことにした。
「今の予算の使い方は無駄遣いとしか言いようがありません」
「いきなりなんだね君は?」
「紹介が遅くなりました。B1-1所属、階級は
「
1年生で新人戦を終えた段階で
5年生で
「自己紹介が済んだところで本題に移りますが、活動計画書の内容で10万エリカは無駄です。その気になれば予算は半額でも十分ですね」
「ちょっと待ってくれ。筋肉について何もわかってない1年生にこのクラブの予算を削られては堪ったもんじゃないぞ」
「筋肉について何もわかってない? いやいや、見せる筋肉と実用的な筋肉の違いぐらいいわかってますし、筋肉をつけるのに必要なプロセスも師匠から叩きこまれました。見せる筋肉でも腕相撲なら強いはずですから、この場で俺と勝負しますか?」
筋肉トレーニングクラブのメンバーが鍛えて来た筋肉は美しさを競うものだ。
とはいえ、重い物を動かしたり筋持久力には優れているので腕相撲が強かったりする。
シルバはクラブ長と腕相撲対決を行い、自分の筋肉に対する理解を言葉ではなく行動で示そうとしている。
「良いだろう。新人戦を完全制覇して良い気になった若い筋肉にわからせてあげようじゃないか」
「じゃあ、シルバが勝ったら今年の筋肉トレーニングクラブの予算は5万エリカに減額だ。クラブ長が勝ったら予算は据え置きでシルバが謝罪する。それでどうだ?」
「ちょっと先輩、勝手に何仕切ってるんですか?」
「構いません」
「望むところだ」
メアリーはロウが仕切り始めたことに抗議したが、当事者2人が良いと言った以上何も言えない雰囲気になった。
そのまま机が用意されてシルバとクラブ長は互いに肘を立て、相手の片手を握って組む。
ロウが2人の手の上に手を置き、2人の準備ができたと判断して開始の合図を告げる。
「始め!」
「ふんぬらば!」
ロウが合図を出すと同時にクラブ長が掛け声を発して力を加えた。
しかし、シルバの腕はピクリとも動かない。
「馬鹿な!? クラブ長の筋力は我々の中でも最強のはず!」
「筋力の上限が見えない。シルバは一体何者なんだ?」
筋肉トレーニングクラブのメンバーはクラブ長が圧勝すると信じていたが、始まってみてすぐに勝負が決まらずシルバだけが涼しい顔をしていることに驚いていた。
(後々のことを考えると完勝した方が良いか)
勝てそうだったと思うと再戦を希望するだろうから、シルバは圧倒的な実力差を見せつける作戦を選んだ。
「それが全力ですか?」
「おぉぉぉのぉぉぉれぇぇぇ!」
「無駄です」
クラブ長がいかに力んでもシルバの腕は傾かず、シルバはこれ以上クラブ長の手を握っていたくなかったのであっさりとクラブ長の腕を反対に倒してみせた。
「そこまで! 勝者はシルバ!」
「そんな!? クラブ長が負けるなんて!」
「いかさまだ!」
「こんなのあり得ない!」
ロウがシルバの勝利を告げると筋肉トレーニングクラブのメンバーは抗議した。
ところが、それを止めたのはクラブ長だった。
「見苦しいから止めろ。今のは俺の完敗だ。シルバの実力は本物だと戦った俺が保証する」
クラブ長にそう言われてしまえばメンバーがそれ以上抗議することはない。
クラブ長はシルバに頭を下げた。
「君の実力はよくわかった。だから、俺達に教えてほしい。どうやればその鋼のような筋肉を手に入れられる?」
「師匠秘伝のトレーニングをお教えしましょう。薬品に頼るよりも確実です。薬品が筋肉を鍛えるのではありません。計算し尽くされた努力が筋肉を鍛えるんです」
「素晴らしい! その言葉、俺の肝に銘じよう! 諸君、俺達は更なる高みを目指すぞ!」
「「「・・・「「おう!」」・・・」」」
クラブ長の言葉にメンバー全員が気合の込められた返事をする。
予算の審査方法が腕相撲という想定外の展開になり、決着するまで黙っていたメアリーがポツリと呟く。
「私の苦労って一体・・・」
シルバ達が学生会室に戻り、筋肉トレーニングクラブでの報告をするとエイルとイェンは優しい表情でメアリーの肩を叩いた。
それはそれとして、シルバは他のクラブとの交渉で早速存在感を発揮した。
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