第36話 OBOGの介入は学生の自主性を奪うと思うのは俺だけですか?
エイルはメアリーを慰めた後、思い出したようにシルバに資料を渡した。
「シルバ君、貴方達が筋肉トレーニングクラブに行ってる間にクレアがここに来ました。貴方が調合研究クラブに興味を示してる旨を話したら、ポーションといくつかの薬品のレシピと素材を届けてくれました」
「会長とクレアさん、本当に似てましたよね」
エイルがシルバを引き留めたくて自分で用意した物ではなく、調合研究クラブのクラブ長であるクレアがやって来てレシピと素材を置いていったことをアルが言外に告げた。
これでシルバもアルもエイルが自分達に誠実であると判断した。
もしも約束していた内容がなあなあで済まされたとしたら、2人は学生会の仮入会を止めて他のクラブの見学に行っていただろう。
しかし、エイルが早速交換条件の一部を履行をしたので、シルバもアルもこのまま仮入会の状態を継続することにした。
ロウはアルの発言の意図を理解したらしく、やれやれと苦笑していたがそれ以外の学生会メンバーは気づいていないようだ。
(やっぱり一番頭が切れるのはロウ先輩か)
シルバはロウの反応を見て注意すべきは彼だと察した。
そうでなければ女子メンバーに最低だなんだと言われつつも副会長が務まるはずない。
とりあえず、シルバはロウのことは置いといてエイルにお礼を言うことにした。
「会長、早々に手配いただきありがとうございます」
「いえいえ。後は
「よろしくお願いします」
「安心しろよシルバ。長い間手の付けられなかった筋肉トレーニングクラブの予算に切り込めた逸材をエイルが手放すはずがねえ。念押ししなくとも明日には立派なレポートが読めるようになるさ」
「ロウ、貴方は本当に黙ってて下さい!」
図星だったのでエイルは声の調子が強くなった。
ロウは頭が切れても残念な感じが拭えないのはこういった余計なことまで言ってしまうところが原因である。
話題を変えるためにシルバはアルに話しかける。
「アルの方は気になる内容を見つけたか?」
「拳者研究クラブの活動内容がスキル研究クラブと思ったより被ってて分ける必要があるのかなって思ったぐらい?」
「ふーん。ちょっと2つのクラブの活動計画書を見せて」
「良いよ」
アルから活動計画書を受け取ると、シルバは拳者研究クラブとスキル研究クラブの活動計画を比較してみた。
「うん、分ける意味ないわ。スキル研究クラブでも拳者の使ったスキルについて研究してる人もいるし、拳者研究クラブの研究成果がここ数年拳者様がすごくて真似できないで終わってる。無駄でしょこれ」
「シルバ君もやっぱりそう思うよね。メアリー先輩、ちょっと良いですか?」
シルバが自分と同じ意見だったので、これはもうメアリーに相談するしかないとアルは彼女に声をかけた。
「どうしたの?」
「拳者研究クラブって必要なんですか?」
「・・・元気が良いのはシルバ君だけじゃなかったんですね」
「ん? なんだなんだ? また何かやるのか?」
「虫は黙って」
「虫!? 俺ってば虫なの!?」
メアリーが苦笑しているのを見てロウがまた何か面白いことが起きるのではと首を突っ込む。
そんなロウにジト目を向けたイェンの言葉が刺さった。
エイルがどう答えれば良いか悩むメアリーに代わって口を開く。
「拳者様の功績は1人の帝国民では本来達成不可能な量です。それゆえ、彼女を知ろうとすることや彼女の強さの秘訣を調べることは決して無意味ではありません。ただし、10年以上新しい研究成果は見つかっておらず、金食い虫になってるのは事実です」
「それならなんでスキル研究クラブと統合しないんですか?」
シルバの質問にエイルも苦笑した。
「恥ずかしながら、拳者研究クラブのOBOGの介入を恐れて手が出せてないんです。あのクラブ出身で活躍してる軍人は少なくありません。そんな彼等の巣立ったクラブを取り潰そうとすれば、今所属してる者達が間違いなくOBOGに頼って軍学校が荒れます」
「校長先生はその場合に助けてくれないのでしょうか?」
「校長先生は学生の自主性を重んじてますから、予算審議において学生が超えてはいけない一線を越えない限り介入しないようにしてます」
「OBOGの介入は学生の自主性を奪うと思うのは俺だけですか?」
「僕もそう思います」
シルバとアルの発言は正しいけれど、正論だけでは世の中は回らない。
エイルはそれを2人に伝える難しさからどうしたものかと考え込んだ。
ロウはニヤリと笑って話に混ざる。
「良いじゃん。面白そうだから拳者研究クラブに乗り込もうぜ。お前達は10年以上成果を出してないからスキル研究クラブに吸収されてしまえって言うんだ」
「ロウ! これは面白そうで済む問題じゃありません! 下手をすれば軍学校全体を巻き込んだ抗争になるかもしれないんですよ!?」
「所詮この世は弱肉強食。弱い学生会に付いて来る学生がいると思ってるのか?」
「それは・・・」
ロウが真顔で痛い所を突くものだから、エイルは返答に困って黙ってしまった。
それだけでなく、メアリーやイェンも言い返せていない。
軍学校は5つのコースに分かれており、どのコースも対等に扱われている風に情報操作されている。
ところが、実際は戦闘コースが5つのコースの中で発言権が強い。
それは実際にモンスターと戦ったり、盗賊等の敵と戦う時に矢面に立つからである。
味方を守るべく敵に立ち向かう者を育成する戦闘コースの存在は、治安が良いとは言えないこの世界において貴重な戦力なのだ。
後方支援が大切なのは言うまでもないが、敵の前に立つ者がいなければ後方支援をする暇もなくやられてしまう。
それだけではなく、当然のことながら人は暴力に弱い。
痛いことを嫌う者は大半を占め、力で勝てないと思った相手に対して逆らわないことの方が多いだろう。
以上のような理由から、戦闘コースは軍学校において他の4つのコースよりも上だと思われているのが実情である。
だからこそ、ロウが真顔になった時にエイルとメアリー、イェンは何も言い返せないのだ。
「いい加減OBOG頼みでイキってる連中にビシッと言うべきでしょ。大体、拳者研究クラブに対する苦情がなかった訳じゃないんだ。そろそろ動くべきじゃないか?」
「ロウ先輩、どんな苦情が来てたんですか?」
「そうだなぁ、例えば図書室で借りた本を返さないとか使った物を元の位置に戻さずどこかに行くなんてのはまだマシな方だな。後はスキル研究クラブに理論の実践を名目とした模擬戦での不意打ち、負けたとしても敵の不正があったと吹聴するなんてこともあったな」
「クズ中のクズじゃないですか。ロウ先輩はなんで放置してたんです?」
シルバはロウがそこまで知って動かない理由は何か気になって訊ねた。
ロウは苦笑しながらそれに回答する。
「そりゃ俺だけじゃ数の暴力で負けるからさ。あと1人か2人いれば拳者研究クラブの連中に後れを取ることはない。シルバとアルの実力は新人戦で見た。あれだけの実力があれば足手纏いにはならない。立ち上がる時は今だってことだ」
「ロウ、本気で拳者研究クラブに乗り込むつもりですか?」
「乗り込むつもりだ。大体、拳者研究クラブを野放しにしてたら支持率が落ちて困るのは会長だろ?」
「それはそうですが・・・」
「ということでシルバ、アル、ちょっとカチコミ付き合ってくれ」
「わかりました」
「良いですよ」
エイルとメアリー、イェンは自分達が戦えない以上何も言えなかった。
ロウはまだ知らないことだが、シルバはマリアの正統な後継者だ。
マリアの研究を隠れ蓑にして人としてどうかと思える所業を繰り返す連中をシルバは許しておけない。
アルもシルバから事情を聴いているため、
ロウだけでなくシルバやアルにも戦う理由はある。
戦う理由がないと最後に踏ん張れないものだが、3人共踏ん張れる理由がある。
「いってきまーす」
「「いってきます」」
ロウは呑気な口調であり、シルバとアルはとくに緊張した素振りを見せずに学生会室を出た。
そして、シルバ達はそのまま拳者研究クラブの部屋へと向かった。
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