第19章 拳者の弟子、弟子を取る

第191話 ふぅ。今年もシルバ君に媚びを売る女が多くて困るね

 時が少し経って4月になった。


 サタンティヌス王国とトスハリ教国の戦争は1月末の大雪で一時休戦したが、3月中旬に雪が解けて再開した。


 今も両国は戦争をしており、周辺の小国はその戦争の余波で理不尽な被害を受けている。


 物価は上がって治安が悪くなり、そんな状況の国にはいられないと国を捨ててディオニシウス帝国に逃亡する者もちらほらいた。


 シルバ達ワイバーン特殊小隊だが、サバーニャ廃坑の横道でハーミットクラブの卵を確保した後も卵の回収ミッションを続け、ロウがステルスホークを卵から孵してテイムした。


 そのステルスホークは雄であり、ロウにジェットと名付けられた。


 ステルスホークとはカメレオンのように体を周囲の風景に溶け込ませられるモンスターだから、斥候のロウと相性は良かった。


 一方、アリエルは自分の納得するモンスターの卵を見つけられず未だに従魔がいない。


 それはさておき、今日は軍学校の入学試験が行われるからシルバとアル、レイは軍学校に来ていた。


「シルバ、疲れてるところすまない」


「いえいえ。俺も学生会副会長ですから参加しない訳にはいきませんよ、会長」


「会長ってガラじゃない」


「そう言われましても、俺がイェン先輩を差し置いて会長になるのは変ですって。だって、俺は軍のミッションで軍学校に来れない時も多いんですから」


 イェンはメアリーの後を継ぎ、90期学生会長の地位に就いていた。


 シルバの方が相応しいと言って学生会長を辞退したいと言い出すことも何度かあったが、シルバが言った通りで軍のミッションのために欠席ばかりしている学生会長よりも古参の学生会役員が学生会長になった方が良い。


 来年はシルバ以外に適任がいないからシルバが就くことになるだろうが、今年はイェンが学生会長に就いてほしいと教員達からも頼まれてしまい、イェンが学生会長に就いた。


 副会長は去年に引き続きシルバが就き、アリエルも去年と同じで会計に就いた。


 書記は年功序列ということでメリルが就任し、ジョセフは庶務のままである。


 さて、シルバとイェンが受付で話しているところに受験生の少女がやって来た。


「すみません、主天使級ドミニオンのシルバさんですよね?」


「そうだけど何かな?」


「私、トフェレの孤児院から来ました! シルバさんの大ファンなんです!」


「トフェレの?」


 トフェレとはシルバが孤児院時代を過ごした街の名前だ。


 今年の受験生ということはシルバと2歳しか離れておらず、シルバが孤児院にいた時に一緒にいた可能性が高い。


 そうだとしても、孤児院時代はいつもお腹を空かせて食べ物のことばかり考えていたから、シルバはトフェレ孤児院で特に思い出なんてないから目の前の少女に見覚えがないのだ。


 シルバがこの後どうしたものかと思うや否や、アリエルがすぐに駆け付けて来た。


「はい、そこの受験生は早く自分が受験するコースの会場に向かってね。君、コースはどこかな?」


「戦術コースです」


「戦術コースか。それならあっちだよ。試験頑張ってね」


「はい」


 アリエルにシルバと喋るのを邪魔されて不服そうだったが、少女はアリエルが示した方角に進んでいった。


 ここで目を付けられて試験の結果にマイナスの影響が出ては困るからだ。


「ふぅ。今年もシルバ君に媚びを売る女が多くて困るね」


「対応してもらって悪かったな。あの女の子、俺と同じトフェレの孤児院出身なんだって言って来たんだけど記憶になかった。バッサリ言うのもかわいそうかと思って対応に困ってたんだ」


「シルバ君、それは玉の輿を狙う雌だよ。しっかり追い払わないと寄生されるから気を付けなきゃ」


「アリエル、雌って言うのは止めような?」


 アリエルはフンと鼻を鳴らしてシルバの隣にぴったりくっついた。


 流石に外で抱き着いたりしないが、シルバに寄り掛かることで他人にシルバは自分のものだとアピールしているらしい。


 もっとも、小さくなったレイがシルバの頭の上で寛いでいるから、アリエルだけの者とは言い難いのだが。


「相変わらずシルバはモテるね」


「会長、婚約者持ちがモテても良いことなんてありませんよ? エイルもアリエル程じゃないですけど嫉妬しますし」


「へぇ、あのエイルさんがねぇ」


 エイルは基本的に優しいからアリエルと違って嫉妬の炎をガンガン燃やすようには見えない。


 それでもエイルがシルバに近づこうとする女性を見て嫉妬するのだから、婚約すると人は変わるんだなとイェンは思った。


 その後、時間が来て受付業務が終わったため、シルバ達はそれぞれ手伝いを頼まれている場所へと移動した。


 シルバとレイが向かったのは模擬戦会場だ。


 戦闘コースの的を壊す試験会場にはアリエルが向かっているため、シルバは模擬戦会場に行くよう教師陣から頼まれている。


 シルバが直接戦うのではなく、試験官の教師と戦った受験生にアドバイスをする役割を求められたのだ。


 教師ではなくシルバが戦ってしまうと、教師はもっと強いのではないかと誤解する受験生が現れてしまう可能性がある。


 それは教師達にとって重い期待にしかならないから、教師達と戦った受験生にシルバがアドバイスすることでシルバをこの場で最も強い者として印象付けたいと教師達は考えているのだろう。


「今日はジョセフみたいに見込みのある受験生が来るかね?」


『来ると良いよね。そうじゃないとご主人が暇しちゃうし』


「それな」


 シルバとレイは的を壊す試験に挑む受験生を遠目に見ながら喋っていた。


 今後より一層強い軍人が求められることになる帝国において、受験生の段階で見込みのある者が現れてくれることに越したことはない。


 的を壊す試験を終えた受験生の少年が模擬戦会場にやって来た。


 見ていた限りでは闇付与ダークエンチャントを付与したレイピアを使うらしい。


「受験番号14番、今から私と模擬戦をしてもらうよ」


「はい」


 模擬戦を担当するのはB3-2の教師であり、3年生の教師の中でポールの次に強い女性教師だ。


 彼女は三節棍と飛び道具を使うバトルスタイルだ。


 まだ他の受験生は来ていなかったから、シルバが審判を務めることにした。


「始めて下さい」


「シッ」


「ハイヤッ」


 受験生がスピード重視で刺突を放ったが、B3-2の教師は三節棍でレイピアの側面を叩いて大きくその軌道を逸らした。


「ほらっ、一度弾かれたぐらいでボケっとしない!」


「はい!」


 強い語気で注意されて悔しそうな表情の受験生は気持ちを引き締め、体勢を立て直してすぐにレイピアで刺突を放つ。


 ただし、先程の刺突とは異なり乱れ突きである。


「少しはマシになったと思うけど、まだまだ甘いぞ!」


 B3-2の教師は体を横に回転させて乱れ突きを躱し、遠心力を上乗せした三節棍で受験生の背後を狙った。


「うわっ」


 受験生は前転してその攻撃を避け、素早く起き上がって体の向きを変える。


 速さ重視の刺突も乱れ突きも通じないとわかり、受験生は戦法を変えることにした。


 体の力を抜いて腕をだらりと下げ、体を左右に揺らすことで不気味さが増した。


 (へぇ、なかなか雰囲気あるじゃん)


 シルバは受験生が闇付与ダークエンチャントを使ってレイピアに闇を覆わせ樓を見て、次の攻撃で勝負するつもりだと判断した。


 不気味な雰囲気をマシマシにした受験生は不規則なステップでB3-2の教師に刺突を放つ。


 タイミングが計りにくいステップは頼りにならないと判断し、B3-2の教師は身に着けていたボーラを投げた。


「無駄っ」


 受験生は飛んで来たボーラに当たらぬようジャンプして躱し、着地した瞬間から加速した。


「甘い!」


 B3-2の教師は三節棍を下から上に振ることで受験生の腕を攻撃した。


 リーチの問題でレイピアがB3-2の教師に届くよりも先に三節棍が届いてしまうから、受験生は刺突を諦めて横に跳んだ。


 しかし、全速力で走っていたところを急に方向転換するのは難しく、空中で体勢が崩れてしまった。


 B3-2の教師は受験生に接近してその服を掴み、地面に押し倒して手を離すと同時に重心を踏みつけた。


「そこまで。勝負ありです」


「うぅ、負けました」


「当たり前よ。ここで私が負けたら教師として恥ずかしいわ。でも、筋は良かったと思う。シルバ君はどう思う?」


「そうですね。最後に見せた振り子のような動きからの不規則なステップの刺突は良かったと思います。モンスターとの戦いよりは対人戦向きの技術ですが、極めれば初見殺しになりそうです」


「ありがとうございます! 頑張ります!」


 受験生はシルバに褒めてもらえて大喜びだった。


 この日、この受験生程ではないが他にもダイヤの原石がいてシルバはご機嫌だった。

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