第276話 夜は焼肉っしょ!

 エリュシカ平和条約の調印の翌日、新しくムラサメ公国になった旧トスハリ教国領とスロネ王国、アルケス共和国の境界に一続きの岩壁が構築された。


 これはアリエルが<土魔法アースマジック>で構築したものであり、凸凹になった地形を直したついでにこの作業が行われた。


 何故、国境に岩壁を構築したのかと言えば、アリエルがアルケス共和国を警戒しており、同国がこっそり領土を増やすのを阻止するためだ。


 それならばスロネ王国との境界に壁は要らないと思うかもしれないが、スロネ王国の国境の警備はムラサメ公国やディオニシウス帝国と比べて甘い。


 現状のままでは、アルケス共和国の者がスロネ王国を経由して旧トスハリ教国領に入る可能性があるから、スロネ王国都の境界にも岩壁が伸びている。


 囲まれた旧トスハリ教国領だが、トスハリ教国との戦争で人口が減ったこともあり、作業をしに来たシルバ達以外誰もいない。


「ふぅ。旧トスハリ教国領を囲うように壁を構築して疲れたよ」


「お疲れ様。まさか2時間でやり遂げるとは思わなかった。てっきり3日ぐらいかけてやると思ってたんだが」


「そこはほら、マリア様の薬の効き目がすごかったおかげだね」


「あれは昔飲んだ時よりも効き目が増してる。苦くなかったか?」


「滅茶苦茶苦かった。本当の良薬なら苦さなんて要らないよ」


 アリエルはこの場にマリアがいなかったので、ストレートに感想を述べた。


 マリアの薬とはオラマジンCという飲み薬のことだ。


 服用後にMPが空になるまで使うと、その最大量を増やした状態でMPが補充される。


 効果のある時間は服用後2時間ずっとだから、アリエルはMP切れと満タン補充を繰り返してMP総量が増えた。


 オラマジンCは体に害こそないが、かなり強い効能の薬品なので1ヶ月に1回しか飲んではいけない。


 そのペースを破って飲んでしまえばたちまち中毒症状が出てしまい、オラマジンCを飲む前まで一気にMP総量が減少して体調が悪化する。


 マリアはオラマジンCを異界の素材だけで作り上げたから、エリュシカでは調合することができない。


 今回は急いで事を進めるべきと判断し、ストックしていたオラマジンCをアリエルに与えた訳だ。


 なお、シルバも異界にいた時に何度か飲まされたが、アリエルが今日飲んだものは完成形でシルバが飲んだそれは試作品だったので、効果も苦みも程々だった。


「マリア様もオラマジンCを渡す前にこれはすごく苦いって言ってましたから、劇的な結果を出すためのコストとして割り切るしかありませんよ」


「エイルは良いなぁ。あれを飲まなくて済んだんだもん」


「私の適性は光属性だけですから、アリエルと一緒に飲んでもできることは何もありませんでした。貴重な薬なのですから無駄遣いはできませんよ」


「それはそうだけどさぁ」


 エイルの発言を受け、アリエルはエイルに恨みがましい目を向けた。


 頭では理解できるけれど、心では納得がいかないようだ。


 オラマジンCはアリエルが岩壁の構築のためだけに与えられたのだから、エイルが貰えるはずないだろう。


 仮に貰ったとしても、エイルにはMPを使い切るぐらい<光魔法ライトマジック>を行使する機会がないので、宝の持ち腐れになってしまうのだ。


 シルバはエイルに助け舟を出すべく口を挟む。


「まあまあ。それよりも、本格的な実験を始めるとしよう」


「そうだね」


「わかりました」


 実験とシルバが口にした通り、旧トスハリ教国領は当面の間ムラサメ公国の実験場として使われる。


 人が住まない広大な土地で大規模な実験をするには、旧トスハリ教国領はうってつけと言えよう。


「まずは旧トスハリ教国領に生存するモンスターの調査からだ。レイ、空から調べるから背中に乗せてくれ」


『は~い』


 シルバ達はレイの背中に乗り、空から旧トスハリ教国領を見下ろした。


 エリュシカ平和条約によって手に入れた旧トスハリ教国領において、シルバ達はモンスターの飼育を実験的に行うつもりだ。


 比較的におとなしいモンスターで農業ができれば、新たに手に入れた土地をトスハリモンスターファームとして運用し、ムラサメ公国の食料事情の改善に繋がるだろう。


 今は人口が減ったから状況が改善しているように見えるが、旧サタンティヌス王国は貧富の差が激しかった。


 国家間の戦争が減って人口が増えれば、増えた分だけ食料を確保しなければなるまい。


 必要になった時に慌てることがないように、今の内から着手できることに着手すべきというのがシルバ達の総意である。


 旧トスハリ教国領を空から見下ろしていると、シルバは早速モンスターの群れを発見した。


「見つけたぞ。2時の方向にゴールドブル率いるシルバーブルの群れだ」


『ご主人、夜は焼肉だね!』


「気が早いよレイ。でも、ゴールドブルがいると俺達に反抗しそうだ。ゴールドブルだけ狩って焼肉にしよう」


 今夜は焼肉を食べるしかないと言わんばかりに、レイは首を逸らして背中の上に乗っているシルバに言った。


 ゴールドブルは大きく食べ応えもあり、味も良いのだからそう思うのは当然だろう。


 レイが期待しているとわかれば、シルバもそれにNOとは言えないから焼肉にしようと告げた。


『やった~! 焼肉だ~!』


 大喜びのレイはゴールドブル率いるシルバーブルの群れの上空に移動した。


『援護します』


 マリナがシルバーブル達だけを囲むように反射領域リフレクトフィールドを発動した。


 今までこの技は外側からの攻撃を反射することにだけ注目されてきたが、今回は内部にシルバーブル達を閉じ込める用途で使われた。


「モォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛!」


 配下のシルバーブル達から隔離され、ゴールドブルは苛立ちを隠さなかった。


 吠えている間は隙だらけなので、シルバがレイの背中から飛び降りて攻撃に移っていた。


「弐式光の型:光之太刀」


 右腕から伸ばした光の刃がゴールドブルの首を刎ね飛ばし、ゴールドブルの頭部と胴体は永遠に離れることになった。


 そのままサクサクと解体を済ませ、肉はレイが<虚空庫ストレージ>に収納した。


 残った金魔石はシルバの手からレイに与えられ、それを飲み込んだレイの力が強化されたのだが、レイの表情は悲しそうだった。


『レイにはわかるの。もう金魔石じゃ物足りないの』


「遂にレインボー級モンスターの魔石を欲しがるようになったか。師匠がストックしてるって言ってたから、帰ったら1つ貰えないか頼んでみるよ」


『ご主人、ありがとう! 大好き!』


 レイはシルバに頬ずりして感謝の気持ちを告げた。


 虹魔石が欲しいと言う従魔に対し、それなら虹魔石を用意しようなんて簡単には言えないのが普通だ。


 しかし、シルバにはマリアという異界の物資をストックしている頼もしい師匠がいる。


 マリアの力を借りられるならば、レイをレインボー級に強化できるに違いない。


 シルバはそう信じているし、レイも同様である。


 レイが落ち着いた後、シルバはアリエルに頼んで簡単なシルバーブルの居住区を用意してもらった。


 居住区と言っても、跳び越えられない岩壁で囲んだだけだ。


 マリナが反射領域リフレクトフィールドを解除した後、シルバーブルの群れはシルバ達に襲い掛かったりしなかった。


 群れの長だったゴールドブルに勝てるシルバ達を見て、逆らう心が折れたようだ。


 こうすることでシルバーブルの群れを逃げられなくして、このまま飼い慣らすつもりである。


 幸い、シルバーブルの群れがいるこの場所は草原だったこともあり、しばらく自由に草を食べさせても問題ないぐらいぼうぼうに生えている。


 外敵に襲われることなく、好きな時に好きなだけ草を食べては寝るのを繰り返せば、野生らしさがどんどん失われていくだろう。


 シルバーブルの群れに対する処置が終わったら、シルバ達は焼肉を万全の状態で食べるためにムラマサ城へと戻った。


 ゴールドブルの肉があると聞いた途端、マリアは大きく背中を反り返らせ始める。


「夜は焼肉っしょ!」


「マリア、お前もか」


 夕食はムラマサ城の中庭で焼肉をすることに決めていたが、ハイテンションなマリアを見てシルバがジト目になるのは仕方あるまい。


「冗談はさておき、レイちゃんにこれあげるね。そろそろ必要だろうから」


『ありがと~!』


 すぐに普段通りに戻ったマリアは、レイを見て<無限収納インベントリ>の亜空間から虹魔石を1つ取り出してレイに与えた。


 それにより、レイは今度こそレインボー級モンスターの領域に到達し、<風魔法ウインドマジック>の天墜碧風ダウンバーストを会得した。


 レイがレインボー級モンスターになったお祝いの意味合いもあり、この日の焼肉は大いに盛り上がったことを補足しておく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る