第158話 ちょっとちょっと、なんでアタシを使わないのよっ

 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの試験を受けるべく、シルバは第二小隊の全員を集めた。


 シルバが試験を受けることにした事情とその対策を聞いてアリエルはポンと手を打った。


「なるほど。準備して良いならやれるだけやるべきだよね」


「そういうことだ。ロウ先輩、悪いんですけど見張りをお願いしてもらっても良いですか? レイの力が必要なので」


「わかった」


「レイ、戻っておいで」


「キュウ♪」


 見張りを止めて良いと言われてレイは機嫌を良くしてシルバの前に戻って来た。


「レイ、風付与ウィンドエンチャントを俺の体にかけてくれ」


「キュイ」


 シルバに言われた通りにレイが風付与ウィンドエンチャントをかけた後、シルバは自らの体に氷付与アイスエンチャントをかける。


 これにより、シルバには風付与ウィンドエンチャント氷付与アイスエンチャントが重ね掛けされて吹雪を纏ったようになる。


「準備完了だ。アリエルとエイルさん、レイは何が起こるかわからないから少し離れててくれ」


「うん。頑張って」


「成功を祈ってますけど無理はしないで下さいね」


「キュウ!」


 シルバはありがとうとアリエル達に礼を言った後、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュに視線を向ける。


 (お前達を持ったまま熱と渇きに堪えたら試験にクリア。それで良いな?)


『良いんだからねっ』


『諾』


 返事を聞いたシルバは床に置いてあった熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュを手に持った。


 その瞬間、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュがシルバを試そうと熱と渇きの力を全開にする。


 風付与ウィンドエンチャント氷付与アイスエンチャントが重ね掛けされていなければ、一瞬にしてシルバは全身火傷と脱水症状に苦しめられただろう。


 ところが、レイと協力して吹雪を纏う作戦によってシルバは無事でいられた。


 それでも吹雪の勢いはかなり弱まってしまい、このままただ耐えるだけでは吹雪がかき消されて熱と渇きがシルバを襲うことになる。


 だからこそ、シルバは作戦を第二段階に進める。


「伍式氷の型:獄炎反転ごくえんはんてん


 シルバが技名を唱えた直後、シルバの両手に冷気が集中して蝕もうとしていた熱と渇きを取り込み、一気に冷気に反転してシルバの体がそれに包み込まれた。


『どういうことなのよっ』


『驚愕』


 この現象は予想できなかったらしく、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュも驚くしかなかった。


 伍式氷の型:獄炎反転は炎や熱、渇きといったものを取り込んで冷気に変えてしまう技だ。


 この技さえあれば火山や砂漠等でも涼しく活動できるため、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの試験でも使えるとシルバは判断した。


 最初からこれを使えば良いのではと思うかもしれないが、この技は使用者の体を冷やすので暑い場所でもなければ長く発動するのは好ましくない。


 体が過度に冷えれば動きも鈍ってしまうからだ。


 それゆえ、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが最初にどれだけの出力にするかわからなかったこともあり、シルバは風付与ウィンドエンチャント氷付与アイスエンチャントの重ね掛けでまずは耐えてみることにしたのである。


 自分達の力がどんどん冷気に変えられてしまうならば、これ以上この試験を続ける意味はない。


『止めたのよっ。試験は合格なんだからねっ』


『合格。見事』


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが力を解除したことを受けてシルバは伍式氷の型:獄炎反転を解除した。


 シルバは自分の作戦が上手くいったことでホッとした。


 技が解除されたのを見て、レイがシルバに向かって飛んでいった。


 ダイブして来たレイを受け止めるため、シルバは熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュから手を放してレイを受け止める。


「キュイ~」


「よしよし。助けてくれてありがとな」


「キュウ♪」


 シルバが優しくレイの頭を撫でている内にアリエルとエイルがシルバの近くまで来て抱き着いた。


「おめでとう。でも、心配したんだよ?」


「おめでとうございます。実際に成功するところを見るまで心配だったんですからね」


「心配をかけて申し訳ない」


 試験にクリアする自信はあったが、アリエルとエイルに心配をかけてしまったことは事実だからシルバは謝った。


『ちょっと、いきなり落とすとか酷いじゃないのよっ』


『待遇改善、希望』


 (帰ったらタルウィとザリチュの鞘をベルトに着けてもらうから許して)


『仕方ないわねっ。今回は許してあげるわっ』


『承知。次回、注意』


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが臍を曲げないで許してくれたため、シルバはアリエル達の気が済んで離れてからそれらを拾った。


 そのタイミングでシルバは倉庫の見張りをしていたロウから短く名前を呼ばれる。


「敵ですか?」


「おう」


 敵が来たと聞いてシルバ達がいつでも戦闘ができるような状態でロウと合流した。


「距離はどれぐらいですか?」


「足音からして10秒もせずに接敵するはずだ」


 ロウがそう言った時には確かにシルバの耳にも倉庫に向かって来る複数の足音が聞こえて来た。


 それどころか言い合っている声すら聞こえる程だった。


「おい、なんでこの緊急事態に倉庫に行くんだよ! 軍人が来てるなら早く逃げようぜ!」


「うるせえな! 手ぶらで逃げられねえだろうが! 比較的ヤバくなさそうなブツを持ってくんだよ!」


「ジェロスで売れば金になる! 金がねえんだから仕方ねえだろ!」


「ここまでついて来たんだから四の五の言ってんじゃねえ!」


 シルバはハンドサインで本来の倉庫の入口の両側の壁に張り付くように指示を出し、入って来た4人組を迎撃した。


「な、なんだてめぐぁぁぁぁぁ・・・」


「チッ、騒ぐなよ」


 リアクションが大きい1人をシルバが渇尖拳ザリチュで突き殺した。


 渇尖拳ザリチュの刃が触れたことにより、刺された盗賊がどんどん干からびて声が小さくなった。


 仲間の死に方が想定外だったせいで隙だらけであり、その隙にアリエルとロウ、レイが残り3人を仕留めた。


『ちょっとちょっと、なんでアタシを使わないのよっ』


『満足』


『アタシを使った方が攻撃が派手なんだからねっ』


『私、有能』


『喧嘩売ってるなら買ってやるのよっ』


 (そこまでにしろ。ザリチュを使ったのはタルウィの攻撃が派手になると思ったからだ)


 自分の脳内で喧嘩し始める熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュに対し、シルバは喧嘩を止めつつ理由を伝えた。


 仮にも敵地の倉庫に潜入しているのだから、見つかることが早まるような派手な攻撃は避けたいのだ。


『つまり、アタシの方がすごいってことねっ』


『否。断じて否。タルウィ、頭悪い』


 (これ以上喧嘩するなら捨てるぞ)


『謝るから捨てないでほしいんだわっ』


『謝罪』


 ようやく熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュがおとなしくなったため、シルバがやれやれと溜息をついた。


「シルバ君、大丈夫? 試験の疲労?」


「大丈夫だ。頭の中でタルウィとザリチュが煩くてな。丁度黙らせたところだ」


「わかる。サルワも最初は煩かったからね。どちらが上なのかはっきりさせたらおとなしくなるよ」


 アリエルとシルバが呪いの武器談義をしていると、後続の敵がいないことを確認したロウとエイルが話に加わる。


「脳内で武器に騒がれるって感覚がわかんないな」


「ロウが頭の中で騒いでる感じでしょうか?」


「エイルさん、大体合ってます」


「アリエルさんや、俺の扱いが酷過ぎやしないかね?」


 エイルの例示にアリエルが頷くとロウは静かに抗議した。


 本当は声を大にして抗議したいけれど、それで盗賊達をこの場に招いてしまうのはよろしくないからだ。


「あっ、この男は三枚舌だ。賞金首だね」


「レイ、お手柄だぞ」


「キュウ♪」


 レイが倒した盗賊が三枚舌という通り名で手配書に載っていたと気づき、アリエルが無名な3人だけ土の中に埋めた。


 シルバは主人としてレイによくやったと褒めた。


 今度は熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュを地面に落とさず、片手で両方掴んでフリーにした方の手でレイの頭を撫でた。


 そんな姿を見ればロウもこれ以上抗議を続ける気もなくなった。


 エイルも倉庫の中身の確認作業に戻っていたので、ロウは自分も入口の見張りを再開した。


 シルバ達も三枚舌の死体を壁際にどけてすぐに倉庫の中身の確認作業に戻った。


 騙体属性粉フェイクパウダーや呪われた武器クラスの物はこれ以上見当たらず、絵画の贋作や売っても二束三文の武器や壺等しかなかった。


 倉庫の品物の確認作業が終わった時、再びロウが静かにシルバ達を呼び出した。


 先程の三枚舌と同様に逃げ出す前に倉庫から金目な物を漁ろうとした盗賊達であり、シルバ達がそれらを仕留めるまで数分もかからなかった。

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