第29話 よし、わかった。マッサージしよう
シルバとアルは学生寮に戻るまでの道中に店を出していた学生達からお祝いの食べ物や飲み物を渡された。
そのおかげで学生寮の部屋に戻った時にはシルバもアルも前が見えないぐらい抱えていた。
それらを部屋の机の上に置いてシルバもアルも大きく息を吐き出した。
「お祝いたくさん貰っちゃったね」
「貰っちゃったな。これで今日の夕飯には困らない」
「そうだね。でも、これって全部僕達とコネを作りたいから贈り物をしただけなんだろうな」
「マジ? 誰から何を貰ったなんて覚えてないぞ。アルは覚えてるか?」
「僕だって覚えてないよ。今回に関して言えば渡さない方が悪目立ちすると思ってみんなくれたんじゃないかな。だから、覚えてなくても大丈夫だよ」
「そういうもんか」
「そういうものだよ」
「そんなこと考えなきゃいけないなんて面倒だ」
シルバはやれやれと首を振った。
生まれ育った孤児院ではモブの中の1人であり、異界に迷い込んだ時はマリアと2人きりだったからコネなんて考えたことがなかったから面倒に思ったのだ。
アルの場合、自分がサタンティヌス王国からの逃亡者であるという自覚があるから味方を1人でも多く確保しておきたいと考えている。
だからこそ、アルはコネ作りの重要性に理解があった訳だ。
「シルバ君、今日は疲れただろうから先にシャワー使いなよ」
「良いのか? アルだって疲れてるのは変わらないだろ?」
「うん。だけど、シルバ君は僕と戦った後にソッドさんとも戦ったでしょ? たくさん汗かいただろうから先に入って」
「わかった。ありがたく先に入らせてもらう」
シルバはアルの厚意に感謝して先にシャワーを浴びた。
アルはシルバがシャワーを浴びている間、貰った食べ物や飲み物を仕分けていた。
その作業が終わった頃にはシルバが洗面所から出て来た。
「分けてくれてたのか。ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、僕もシャワー浴びて来るね」
「おう」
「・・・覗かないでね?」
「最初の不幸な事故を除いて俺が覗いたことあった?」
「ない。冗談だよ。入って来る」
アルはペロッと舌を出して洗面所に移動した。
シルバはさっぱりした体でベッドの上に座って座禅を組んだ。
(久し振りに瞑想するか)
シルバの言う瞑想とは体の疲労を回復するための儀式のようなものだ。
目を瞑って体全体に
これによってシルバの体に溜まっていた疲労が少しずつ軽減されていく。
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そこから着想を得たシルバが
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しばらくしてアルが洗面所から出て来た。
「え? シルバ君!? どゆこと!?」
(アルにはまだ瞑想してるところ見せたことなかったっけ?)
今までのことを思い返してみると、シルバが瞑想する時は決まってアルがシャワーを浴びている時だった。
いつもアルが洗面所から出て来る時には瞑想を終えていたため、アルはシルバの瞑想する姿を見たことがなかった。
(コロッと引っ掛かりそうだしちょっと揶揄ってみるか)
シルバに悪戯心が芽生えた瞬間だった。
「落ち着きなさい、アルよ。シルバは瞑想によって疲れた体を癒しているのです」
「喋り方が違う!? シルバ君じゃないの!?」
「その通りです。私はシルバが瞑想してる間のみ表に出て来れる裏シルバとでも名乗りましょうか」
「裏シルバって何!?」
アルはシルバの作り話に見事に嵌っている。
これ以上やるとアルが本気で作り話を信じて大変なことになりそうだと判断し、瞑想を止めるタイミングでシルバは芝居も止めた。
「落ち着けアル。裏シルバの話は全部冗談だから」
「・・・シルバ君の馬鹿! 心配したんだからね!」
アルがシルバのベッドに飛び乗ってシルバに抱き着いた。
これにはシルバもやり過ぎたと慌てて謝る。
「あー、ごめん。アルがあまりにも良い反応をするものだからつい」
「酷いよシルバ君。僕を揶揄うなんて」
「ごめん。でも、体から疲労を取り除くために瞑想してたのは事実なんだ」
「そうなの?」
「おう。瞑想のおかげでかなり体が軽くなった」
「良いなぁ。僕はまだ疲れたまんまだもん」
アルが自分を羨ましそうに見るものだから、シルバはポンと手を打った。
「よし、わかった。マッサージしよう」
「マッサージ?」
「師匠曰く、指先等の末梢部から心臓に向かって施術を行って筋肉痛を和らげたり気分を和らげて眠りを誘ったりするんだとさ」
「ということは瞑想ができない僕でも疲れが取れたりする?」
「すると思うぞ」
「やって!」
「任せろ。アル、自分のベッドに横になってくれ」
「は~い」
疲れが取れると聞いてアルは喜んでシルバの言う通りにした。
シルバは両腕に
「はふぅ。なぁにこれぇ」
「気持ち良いか?」
「気持ち良い~。蕩けそ~」
既に蕩けているがシルバは指摘しなかった。
マリア仕込みのマッサージを受けた後、アルの表情は疲れなんて感じさせないツヤツヤしたものになっていた。
マッサージが終わってから、シルバとアルは貰った食べ物と飲み物で打ち上げを始める。
「乾杯!」
「乾杯!」
温くなってしまった飲み物もシルバが
「クゥッ! キンッキンに冷えてるね!」
「良い飲みっぷりだな」
「もう! 優勝したシルバ君がそんなテンションでどうするのさ!」
「・・・アル、お酒が飲めるようになっても無茶するなよ?」
「え? 急にどうしたの?」
シルバに優しい視線を向けられてアルは戸惑った。
「なんとなくだけど、アルは酔ったら大変なことになりそう」
「僕がお酒に弱そうってこと?」
「その可能性もあるけど、酔ったら脱ぎ癖があるとかだったら男装バレそう」
「うっ、それは不味いかも」
アルもそんな未来の自分の姿を想像できてしまったのか困った表情になっていた。
「酒が飲めるようになってもまずは俺と試しに飲んでからだな」
「そうだね。アルが責任をもって僕をお酒の飲める大人にしてね」
「なんで人任せなんだよ?」
「シルバ君だから任せるんだよ。僕が甘えるのは僕の秘密を知ってるシルバ君だけなんだからね」
アルはちょっぴり恥ずかしそうに言った。
「しょうがないな。アルが酔って何するかわかんないから面倒見よう」
「一言多いよシルバ君」
「そうか?」
「そうだよ」
アルは一瞬頬を膨らませるが、シルバと目が合ってすぐにニッコリと笑った。
それからシルバとアルは2人で貰った食べ物をパクパクと食べ始めた。
「このホットドッグってあれか? ヨーキ達が食べたやつ」
「そうじゃない? これをお腹いっぱいになるまで食べ続けるのは厳しいよね」
「ソーセージとキャベツを挟んだパンだけじゃ口から水分持ってかれるよな」
「そう考えるとあの3人は朝からよく大食いチャレンジしたよね。水とホットドッグでお腹パンパンだったんじゃない?」
「体を仕上げて来たんだろ。新人戦に向けて」
「仕上げる方向性が違うってば」
シルバの発言にアルは苦笑いしかできなかった。
「この串焼き美味しい」
「ポテトサラダは冷めても美味しいよ」
「この栄養バーって面白い。これ1本で野菜1日分ってメモ付きだぞ」
「干した小魚だって。頭に良いらしいよ」
シルバとアルは貰った食べ物をじっくり味わって感想を言い合った。
アルの方が胃袋が小さいので、最後まで食べていたのはシルバだった。
「これで完食。ご馳走様」
「いっぱい食べたね」
「俺に大食いで負けを認めさせようと思うならこれじゃ足りないぞ」
「シルバ君は何と戦ってるのさ?」
「出店やってた学生。フードファイトも立派な勝負だから」
「なんか良さげに言ってるけど要は大食いだよね?」
「それは否定しない」
シルバもアルも自分達の話している内容をおかしく思って笑い出した。
「アルは何が一番お気に入りだった?」
「んー、フルーツジュースかな。甘い物欲しかったから。シルバは?」
「この中にはなかったけど、今朝食べたトリプルチーズバーガーだな。あれは食べ応えのあるハンバーガーだった」
「ジーナ達、繁盛してたね」
「ジーナが商魂たくましいから売り上げ1位かもしれんぞ」
「確かに」
この後もシルバとアルは食休みがてら新人戦を振り返って眠くなるまで話していた。
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