第222話 干し肉の割合を減らせって意味で注意した訳じゃないんだが
2学期が始まってから半月が経ち、B3-1の教室ではホームルームが行われていた。
「お前等に朗報だ。このクラスは特別に5年生が夏休みに参加した軍の見学ができるようになったぞ。見学は明後日と明々後日だな」
ポールの発言を聞き、ヨーキがガタッと音を立てて立ち上がりそうになった。
「落ち着けヨーキ。今日は移動教室なんてないぞー」
「ハワード先生、俺は別に移動教室だと思って立ち上がった訳じゃありません」
ポールとヨーキが漫才のような掛け合いをしていると、ロックが手を挙げた。
「ハワード先生、質問して良いですか?」
「どうしたロック? 何が訊きたい?」
「この時期に見学ができるようになったのはなんででしょう?」
「俺のコネだな」
「「ハワード先生マジかっけー」」
ポールのコネ発言を受け、ヨーキとメイが息ぴったりなリアクションをした。
続いてアリエルが手を挙げた。
「アリエルからも質問か。どうした?」
「僕とシルバ君も一緒に見学するんですか?」
「うーん、お前達は見学される側だな」
「・・・まさか、このクラスの見学対象って」
アリエルがハッとした表情になれば、ポールはニヤリと笑みを浮かべて頷く。
「その通り。ワイバーン特別小隊だ」
自分達が見学される側と聞けば、シルバも状況を詳しく聞いておきたくて手を挙げる。
「シルバも質問か。今日のお前達は随分と積極的だな」
「俺達のミッションに皆を連れて行くのって危険ではありませんか?」
シルバが心配に思うのも当然だ。
何故なら、ワイバーン特別小隊の受けるミッションは他の軍人達なら失敗するどころか、下手をしたら命を落とす危険も少なくない。
そんなミッションにクラスメイトを連れて行きたくないと思うのが自然だろう。
「安心して良いぞ。皇帝陛下から、B3-1の見学用に緩めのミッションの同行を許可してもらったんだ」
「ハワード先輩のコネってアルケイデス兄さんのことだったんですね」
「おう。皇帝陛下が優秀な軍人候補者への投資は惜しむなって言われた。つー訳で、B3-1は3日後にモンスターの卵の回収ミッションに付いて行くぞ」
「なるほど。それならば比較的安全ですね」
「そうだろう? 俺だってちゃんと考えてるさ」
シルバとポールの話を聞いてホッとした様子になっているが、それを見ていたヨーキ達は苦笑いしていた。
「モンスターの卵の回収って普通に危険じゃね?」
「シルバ君達にとっては余裕なのよ。だって、あんなにホッとしてるもの」
「シルバ、アリエル、いつも、大変」
「ハイリスク、ハイリターン」
ヨーキ達はモンスターの卵の回収ミッションについて、簡単なものという認識を抱いていない。
それは上級生達が度々失敗しており、軍学校を卒業した軍人だってシルバ達のようにホイホイ成功するようなミッションではないからだ。
シルバ達が卵を見つけた場合、必ず持ち帰ってみせる。
その一方、一般的な軍人や軍学校の上級生が同じ状況になった時、卵を持ち帰れる確率は20%~50%である。
持ち帰る卵によっては2回に1回は成功しているかもしれないが、簡単に持ち帰れる卵は段々価値がなくなってくるため、昇進する点数稼ぎとしては美味しくない。
昇進したいと思うなら、少しでも回収率の低いモンスターの卵を持ち帰らなければならないが、欲を掻けば失敗するだけでなく復帰するまでに時間のかかる怪我を負うことだってある。
したがって、シルバはなんで安心しているんだろうかとヨーキ達が思ったって不思議ではないのだ。
「シルバ、次はどの辺りに向かう予定だったんだ?」
「マイルク台地ですね。まだ手を付けてませんでしたので」
「そういやそうだったな」
ポールは自分の教え子が今までどんなミッションを受けて来たかすべてチェックしているから、シルバ達がマイルク台地に行ったことがなかったことをすぐに理解した。
マイルク台地はニュクスの森の南にあり、そこよりも更に南に行けばシルバの生まれ故郷であるトフェレがある。
シルバはトフェレに良い思い出がなかったから、ニュクスの森よりも南に行ってトフェレに近づきたがらなかった。
そういう事情があったから、アルケイデスもシルバに無理にマイルク台地にも行ってくれとは言わなかった。
しかし、ニュクスの森とへメラ草原、アイテル湖、カヘーテ渓谷、サバーニャ廃坑で見つかるモンスターの卵は一通り確保してしまったため、いよいよシルバもマイルク台地に行く覚悟を決めたのだ。
「ハワード先生、ワイバーン特別小隊の馬車の他に馬車は2台でしょうか?」
「そうだな9人で1台の馬車ってのはキツい」
「わかりました。おそらく、モンスターの死体を大量に持ち帰ることになるでしょうから、持参する荷物は必要最低限でお願いします」
「だそうだ。お前達、無駄な荷物を持って来るんじゃないぞ?」
ポールはシルバから言われた言葉をそのままヨーキ達に投げた。
それを受けてヨーキが手を挙げる。
「ハワード先生、具体的にはどんな持ち物が無駄になりますか?」
「ヨーキの場合は必要以上に携帯食料を持って来そうだな」
「食料は大事だと思います。全力で動くならしっかり食べる必要があります」
「遠征で腹いっぱい食べることを考えるんじゃないっての。大体、モンスターを倒せば食べられる奴だっている。死体を持ち帰るって言っても、肉を食べられるモンスターは肉だけ食べて素材だけ持ち帰るもんだ」
「わかりました」
ヨーキはポールに注意され、持って行こうとした荷物から携帯食料を減らすことに決めた。
2日後の朝、軍学校前に集合したシルバ達は持ち物検査を行った。
無駄な物を持って来ていないか確認するためだ。
「ヨーキ、持ってく食料は減らしたんだよな?」
「勿論です。肉は手に入る想定なので、その分野菜チップスと黒パン、ケチャップの割合を増やして干し肉を減らしました」
「干し肉の割合を減らせって意味で注意した訳じゃないんだが」
ヨーキの言い分を聞いてポールは額に手をやった。
それと同じタイミングでシルバとアリエルも額に手をやっていた。
驚くべきことに、ヨーキと同じことをソラとリクもしていたからである。
食いしん坊の思考は変わらないらしい。
シルバも多く食べる方だけれど、それは孤児院時代の経験から必要に迫られてのものであり、食いしん坊だからというよりは体作りの一環でもあった。
持って来てしまったものは仕方ないし、貴重な食材を捨てるのはフードロスの観点から好ましくない。
結果として、ヨーキ達の携帯する食料は持って行くことになった。
やらかすであろう3人の持ち物検査を終えた後、シルバとアリエル、ヨーキは手分けして他のクラスメイト達の検査も行う。
サテラとメイ、ウォーガンは問題なかった。
ロックは持ち歩く罠の数が多過ぎであり、系統が違う罠を最低限持つだけにさせられた。
飛び道具や罠が攻撃の軸であることから、ロックの荷物が多くなりがちなのは仕方のないことだ。
それでも、同じ種類の罠を2つずつ持って行けば荷物が多くなるのは当たり前だから、使用頻度の高い種類の罠だけ携行を許可した。
タオも持ち歩く薬品が多過ぎた。
白衣の内側にはびっしりと試験管ホルダーが縫い付けられており、歩く度に試験管がホルダーとぶつかる音が鳴った。
「タオ、どの薬品も有用なのはわかるけど、流石にそれは行動を阻害するんじゃないか? 転んで試験官が割れた時に薬品が混ざって爆発なんて事態は困るぞ」
「シルバ君、備えあれば患いなしなんですよ。それに、試験管は耐久度の高い特別性のガラスを使ってるから転んでも大丈夫です」
「転んでも大丈夫ってことは、投げて地面に叩きつけても割れないんじゃね?」
シルバがジト目を向けながら質問すれば、タオがスッと視線を逸らした。
「そんなことないですよ」
「俺の目を見てもう一度言ってごらん」
「・・・ごめんなさい。転んだら試験管は割れます」
「うん、そうじゃなきゃ投げる意味がないよね」
バレバレの嘘にシルバは苦笑するしかなかった。
タオが持ってきた薬品も、ロックの罠と同じようにそれ以外に代替手段がない物以外は軍学校に預けることになった。
不必要な薬品を預けたことで、タオは先程よりも動きがマシになった上に移動してもそこまで音がしなくなった。
これで全員の持ち物検査が終わり、シルバ達はマイルク台地に向けて出発した。
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