第223話 最後の質問を詳しく

 マイルク台地に向かう馬車は3台あり、道中もB3-1の学生がワイバーン特別小隊のメンバーに質問できるような座席配置になった。


 レイが牽く先頭の馬車は御者台にシルバが座り、馬車の中にはエイルとマリナ、ヨーキ、タオが乗った。


 ポールが御者台に座る真ん中の馬車には、アリエルとリト、サテラ、メイが乗った。


 ロウとジェットが御者台に座る最後尾の馬車には、ロックとソラ、リク、ウォーガンが乗った。


 B3-1の学生は話を聞きたいメンバーが乗る馬車に乗っている訳である。


 ヨーキの場合、エイルに話を聞きたいというよりは御者台に座るシルバに話が聞きたいようだが、レイは賢いのでシルバが御者台で馬車の中にいるヨーキと喋っていても目的地に向かって進めるから問題ない。


「シルバはさ、今後の展望というか野望はあるの? 熾天使級セラフになりたいとかそういうの」


「うーん、熾天使級セラフを目指したいって野望はないかな。ただ、エリュシカと異界を自由に行き来できるようになりたいとは思ってるけど」


「へぇ、シルバは異界に行きたいのか。エリュシカの方が過ごしやすいのにどうして?」


「師匠に言われたんだ。自分より弱い相手とばっかり戦ってると実力が落ちるって」


 これは本当の話だ。


 異界でマリアに鍛えられていた頃、シルバは安定して倒せるようになったモンスターの相手だけで満足しないようにと常に言い聞かされていた。


 自分よりも弱い相手と戦っていることで、自然と本気を出さなくなっていざという時に鈍って本気で戦えなくなるという指摘なのだ。


 シルバはマリアにもう一度会いたいと思っているのと同時に、自分と同程度の強さを持つモンスターとも戦いたいのである。


「そりゃまたスパルタな師匠だなぁ。でも、自分に見合った敵と戦わないと腕が錆びるって考えは納得だぜ」


「だよな。そういう意味ではブラック級モンスターの出現後、シルバー級モンスターが出て来るようになったのは良いことかもしれん」


「くぅ、俺もそんなセリフが言えるぐらい強くなりてぇ」


 ヨーキが本心からそれを口にしていると理解し、馬車の中ではエイルがヨーキを男の子だねと微笑みながら見守っていた。


 マリナはそんなエイルの膝の上で丸まっており、おとなしくエイルに頭を撫でられている。


 そんなエイルにタオが質問する。


「エイルさん、私からも質問してよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


回復職ヒーラーや薬師みたいな後衛職だとワイバーン特別小隊にいるのは大変ですか?」


「大変じゃないと言えば嘘になりますね。戦闘になれば、いつもシルバやアリエル、ロウに任せることが多いですが、自分がまるっきり戦えないようでは弱点扱いされてしまいます。自衛できるように<棒術スティックアーツ>は会得しましたし、シルバ達にもしものことがあった時、即座に治療できるように準備をしなくてはなりません」


 エイルがタオの質問に回答するのを聞き、シルバは御者台から補足する。


「それだけじゃないぞ。エイルは自分にできることを率先して見つけて実行してくれるし、最近じゃマリナに指示を出して戦うことだってあるんだからな」


「チュルン♪」


 シルバに名前を呼ばれ、マリナはドヤ顔でエイルのために戦えるんだぞとアピールした。


「そうなんですね。では、私もエイルさんを見習って薬品作りだけでなく、自分の身を守れる程度に近接戦闘ができるように鍛錬します」


「それで良いと思いますよ。私の場合、<棒術スティックアーツ>は小さいころから母に仕込まれましたが、体力がなかったのでシルバ君に体力作りを手伝ってもらいました。本来は順番が逆なんですが、昔は回復職ヒーラーって後ろにいるだけでしたから体力って要らないんじゃないかって思ってたんです。シルバ君と出会ってからは考え方が変わりました」


「シルバ君はすごいですよね。強くて柔軟な発想ができるんですもの。私も頑張らないとって思わせてくれます」


「それは俺も思った。シルバとの差が埋まらないからって諦めるんじゃなくて、追いつこうとすることで自分がまた一つ高みに進む感覚なんだよな」


 タオの発言にその通りだとヨーキが賛同する。


 タオやヨーキのような人材が軍学校に増えれば、帝国軍の未来は今よりもずっとすごいものになっているだろう。


 シルバ達の馬車が前向きな話をしている間、アリエルの馬車ではサテラとメイがアリエルを質問攻めにしていた。


「シルバとは家でどんな感じなの?」


「一緒にシャワー浴びたりするの?」


「夜は一緒に寝てるの?」


「おはようとお休みのハグはしてるの?」


「待って。落ち着いて。軍の見学と関係ない質問じゃん」


 サテラとメイの質問に一通り耳を傾けた後、アリエルはちょっと待ってくれと顔を引き攣らせた。


「関係あるわ。身近に職場恋愛した例なんてそうないんだもの。アリエルに聞かないで誰に訊くの?」


「そうそう。私は頼りになるシルバ君が家だとどうしてるのかとか、外では一切弱味を握らせないアリエルが家だとどうなのかなとか気になっただけだから」


「やれやれ。今出た質問に答えたら、ちゃんと軍関連の質問もしてよね?」


「勿論よ」


「は~い」


 答えてくれるなら喜んでとサテラもメイもニコニコしながら頷いた。


「シルバ君は家でも教室と変わらないよ。自然体だね。一緒にシャワーは浴びない。恥ずかしいから。夜は家族全員でリビングで寝ることもあるよ。リト達がリクエストした時とかね。おはようとお休みのハグじゃない時もあるけどするよ」


「「最後の質問を詳しく」」


「駄目。質問には一応答えたんだから真面目に質問して。大体、御者台でハワード先生がいるのを忘れてない? 学生として不味いんじゃないの?」


 アリエルにもっともなことを言われ、サテラもメイもしまったという表情になった。


 そのタイミングでポールが馬車内のメンバーに声をかける。


「アリエルが言い出さなかったらどうしようかと思ってたぞ。サテラもメイも職場恋愛に興味があるのはわかったから、そろそろ真面目に見学してくれー」


「「はい」」


 この後、サテラとメイは真面目な質問をしたから、アリエルはできるのなら最初からやってほしかったよと苦笑した。


 アリエルの馬車が女子会みたいになっている頃、ロウの馬車ではロックが熱心に質問していた。


「ガルガリン先輩は罠や飛び道具をどういった基準で選んで使ってますか?」


「汎用性が第一だな。シルバやアリエルと違って俺には火力のある攻撃手段がないから、あらゆる状況で使える道具を揃えて携行するようにしてる」


「確か、メインウエポンがトンファーでサブウエポンが投げナイフでしたよね?」


「その通りだ。でも、前のミッションでアルケス共和国の四剣から奪った鋼線を扱う籠手が手に入ったから、今はそれも使ってる」


 ロックが少しでもこの時間を自分の血肉にしようとしているから、ロウもおどけることなく真面目に回答している。


 ロウだってやればできるのだ。


 それに加え、シルバはまだしもアリエルからはぞんざいに扱われることが多いから、先輩として立ててもらえることが嬉しいのだろう。


 そこにウォーガンも加わる。


「ガルガリン先輩、ワイバーン特別小隊って盾役タンクがいませんけど普段はどんなフォーメーションで戦ってるんですか?」


「フォーメーションかぁ。組んで戦う回数がほとんどないからなんとも言えない部分はあるけど、シルバが回避盾兼攻撃だ。アリエルが後方からの攻撃と時々近距離戦闘で、エイルは回復を含む後方支援全般だな。俺は遊撃とサブの回避盾ってところだろうか」


「今更ですが、ワイバーン特別小隊って盾を持ってる人が誰もいないですよね」


「みんな武器を盾代わりに使えるし、受け流しは盾じゃなくても必須技能だからなぁ」


 ロウが苦笑しながらワイバーン特別小隊の現状について語ると、ウォーガンが自信をなくしたのかトーンダウンする。


「盾って需要ないんですかね?」


「盾を、両手に装備。片方投げて、片方防御」


「盾で突撃」


「ソラとリクが言うような使い方もありだと思うぜ。武器や防具も使いようで化ける。固定観念に囚われてたら戦略の幅は広がらないから、ウォーガンは柔軟に考えてみると良いぞ」


「わかりました。ありがとうございます」


 このやり取りをアリエルが見たら、ロウが偽者と入れ替わっているのではと疑うかもしれない。


 それぐらいにはロウが頼もしい先輩らしく振舞えていた。


 その後、どの馬車でも質疑応答が続き、目的地に着くまでの時間はB3-1の学生達にとって充実したものになったと言えよう。

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