第40話 おい、俺が珍しくやる気なのに目が死んでるとは酷いだろ
消灯時間を過ぎた頃、軍学校を警備するのは門番2人と見回り警備員2人、宿直の教師1人の計5人だけだった。
夜警は当番制で行われているものの、軍学校に忍び込んで悪さをしようとする者なんて滅多に現れないから夜警は基本的にやる気がない。
シルバとアルが学生会に入会することを決めた日の夜、門番2人は居眠りをしており、見回り警備員も適当に決められたルートを巡回していた。
そして、今日の宿直はポールが当番であり、学生寮の中央玄関の正面にいる。
いつも通りのやる気のない雰囲気を全身から放っているけれど、ポールの目だけはいつになく真剣だ。
「はぁ、面倒だなぁ。来んなって思ってたら来ちゃうし」
そう愚痴をこぼすポールの視界の端、正確には男子棟の角部屋に向かう3人組の全身黒ずくめの侵入者がいた。
ポールは愚痴をこぼした直後には音もなく駆け出しており、射程圏内に入った瞬間に投げナイフ3本を投擲する。
攻撃されてポールの接近に気づいて3人組は後ろに飛び退いた。
「チッ、気づかれたか」
「門番と見回りが適当だったから油断したな」
「いや、こいつも目が死んでるぞ」
「おい、俺が珍しくやる気なのに目が死んでるとは酷いだろ」
「「「えっ、それで?」」」
ポールは自分の抗議にシンクロツッコミを受けて静かに怒った。
そうは言ってもポールは基本的にやる気がなさそうにしており、眼力も感じられないからやる気かどうかなんて他人からすれば判断できないだろう。
「侵入者共、目的を吐け。そうすれば楽に殺してやる」
「吐く訳ないだろ」
「そうだそうだ」
「お前はここで死ぬ運命だ」
三人組は数的有利であるこの状況で自分達が負けるとは思っていないらしく、ポールは馬鹿なことを言っていると嘲笑した。
そんな三人組を見てポールはうんざりした表情で溜息をつく。
「はあ・・・。じゃあ苦痛を味わって死ね」
言い終わった直後、ポールは三人組の右側の侵入者の背後に回り、痛覚を刺激するツボを針で刺しながらその首を刎ねた。
刎ねられた首は激痛を感じたとその表情が物語っており、地面に転がった生首を見て残ったメンバーはポールが強敵だとようやく気付いた。
リーダー格の侵入者は戦う意思を保てているが、もう一人の侵入者は仲間があっさりと殺されたことで怖気づいてしまったらしく、その場で反転して逃げ出した。
「逃がす訳ないだろ」
「ひぇっ」
ポールは逃げ出した方の右側面に回って痛覚を刺激するツボを針で刺しながらその首を刎ねた。
これで残るはリーダー格の侵入者だけである。
「チッ、所詮奴等は埋め合わせに過ぎない。俺を甘く見るなよ」
リーダー格の侵入者は右手に片手剣、左手にナイフを持って構える。
「どうした? 武器を出すまで待っててやったんだから、一撃ぐらい決めて見ろよ」
「上等だ。その余裕過ぎて暇死にしそうな先生さんよ」
リーダー格の侵入者はポールと距離を詰め、片手剣を振り下ろしつつ死角からナイフで首を獲りに行く。
ポールは難なく敵の片手剣とナイフを防いでみせた。
ナイフに至っては敵の手の届かない場所に弾き飛ばしている。
「お前、ただの教師じゃないな?」
「ただの教師だよ。さっさと吐けって。楽に殺してやるから」
「嫌なこった」
「そうか。それなら、激痛のツボだけじゃなくて自白のツボも刺してやる。そうすればお前は今日忍び込んだ目的だけじゃなくてあらゆる恥を晒して死ぬことになる」
「なんて奴だ。この卑劣漢め。他人の秘密を暴くなんて恥を知れ」
リーダー格の侵入者からいきなりdisられてイラっと来たが、それ以上に何か面白いネタがありそうだと静かに笑う。
「お前からどんな話が聞けるか楽しみだ」
「クソが!」
実力はポールの方が上だと判断し、リーダー格の侵入者は撤退するべく煙玉を使用した。
それから、リーダー格の侵入者はその煙を利用してポールの視界を塞いで逃走した。
いや、逃走したつもりだった。
「逃がさないっての」
ポールはボーラを投げてリーダー格の侵入者の足を引っかけて転ばせた。
転んだ直後にはポールが敵の重心を踏みつけてツボ2ヶ所に続けて針を刺す。
「ぐあっ!?」
痛みにリーダー格の侵入者は思わず声を漏らしてしまったけれど、学生寮から少し距離も離れていたので外に出て来る者はいなかった。
「お前の名前と目的はなんだ? 誰に命じられた?」
「ジード。
ブータスとはデイブの父親のことだ。
ブータスはシルバがデイブを倒したことで自分の立場を失ったと逆恨みしていたらしく、身分も何もなくなってから殺し屋を雇ったようである。
「よろしい。お前の恥ずかしいエピソードを吐け」
「軍学校時代、好きな子にラブレターを書いたら脅迫状と勘違いされた」
ジードは一体何を書いたんだと気になる所だが、ポールはジードに首トンして気を失わせた。
そのタイミングでジャンヌがポールの前に現れた。
「相変わらず見事な腕前だなハワード」
「校長、見てたんですか」
「まあな。目が死んでるって話の辺りからじっくり見させてもらってたよ」
「ほとんど最初からじゃないですか。どうせなら助けてほしかったですね」
「お前のような実力者がいるだけで過剰戦力だ。私が出たら賊共が散るように逃げて追うのが面倒になっただろうよ」
ジャンヌはポールを高く評価している。
自分が校長になるタイミングで引き抜いて来たのは彼だけであり、本人の希望で周知しないがジャンヌにとってポールは腹心の部下と呼べる存在である。
だからこそ、ポールにジード達侵入者の捕獲を全て任せてジャンヌは後ろから見ていた訳だ。
「まあ校長が強過ぎるのは確かですから、そうなったことは否めませんね。聞こえてたかもしれませんが報告良いですか?」
「聞かせてもらおう」
「侵入者のリーダーはジード。侵入の目的はシルバの暗殺。指示を出したのはデイブの父親であるブータスでした」
「逆恨みで学生を暗殺を指示したのか。クズ中のクズだな。そんな奴が
ジャンヌは困ったものだと溜息をついた。
軍隊の隊員として帝国のために働こうとする学生達を育て上げることに誇りを持つ彼女にとって、学生達の見本となるべき軍の大人が道を踏み外しているのを見るとなんとも言えない気分になるのだろう。
「後者であってほしいですね。前者だったら軍はクズの巣窟になる訳ですし」
「そうだな。前者だったら私の進言でどうにかフォローできるところもある。ハワード、今後もしっかり頼むぞ」
「わかりました。それにしても、またシルバですか・・・」
「どうしたハワード? 何か気になることがあるのか?」
ポールが考え込む姿を見てジャンヌは彼が何を考えているのか気になって訊ねた。
「いえ、本当にシルバは何者なのかと思っただけです。クラブ活動の勧誘期間初日で筋肉トレーニングクラブを生まれ変わらせ、B5-1のロウと組んだとはいえ拳者研究クラブを解体しました。あいつはいつでも話の中心にいるみたいじゃないですか」
「シルバとの約束もあって詳しいことは言えないが、あいつは私達が誠実に対応すれば誠実に動いてくれる。敵意を向けたら敵意を返されるから、決して敵対することのないように見守ってやってくれ」
「わかりました。まあ、校長に言われなくても魔法工学の授業とかその他の授業でもあいつには普通じゃない知識と閃きを感じますから、嫌でも見守りますよ」
これは面倒臭がりなポールにしては珍しいと言えよう。
ポールは面倒に思った時、大抵は適当に流れに任せるようにしている。
それでもシルバに対しては見守ると宣言した。
ポールにとってもシルバは貴重な存在だから、色々と情報を引き出したいのだろうとジャンヌは理解した。
「その言葉が聞けて安心したぞ。捕まえたジードと残りの侵入者の処理は私に任せろ。ハワードは宿直の業務に戻ると良い」
「承知しました。それでは失礼します」
ポールはジャンヌに敬礼してから投げたナイフ等を回収して宿直の業務に戻った。
こうしてシルバ達学生の睡眠は人知れず守られたのだが、それをジャンヌもポールも自ら口にしないので事件の内容は一部の者のみが知る秘密となった。
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