第4章 拳者の弟子、合同キャンプで張り切る
第41話 うっ、頭が
全ての1年生がクラブに入部して各々がそのクラブに慣れたであろう6月1日の放課後、学生会室ではメンバー全員が作業を終えて休憩していた。
「やっと終わったぜ。もう死ぬかと思った」
「そのまま死ねば良かったのに」
「イェン、俺にだけなんでそんなに厳しいの?」
「厳しい? 私はまだ本気を出してないけど?」
「これより上があんの?」
「一体いつからこれがMAXだと錯覚してた?」
今日も今日とてロウが一方的にイェンに口撃されている。
それを華麗にスルーしてメアリーがシルバとアルに話題を振る。
「そういえば、1年生は来週末に合同キャンプがあるんじゃないかしら?」
「合同キャンプ?」
「メアリー先輩、なんですかそれは?」
アルが訊ねるとメアリーが答える。
「6月中旬に全コースの1年生が強制的に参加するキャンプだよ」
「合同キャンプ、あれは酷い出来事でした」
「うっ、頭が」
「碌な思い出がなかった。いや、あれは悪夢」
エイルだけでなく、ロウとイェンまで会話を中断してこちらの話に入って来た。
いずれも良い思い出はないようであり、それがシルバとアルを不安にさせた。
「そのキャンプで何があったんですか?」
「あれは組み合わせ次第だと思いますが、私はハズレを引きました」
「俺もあの時はマジでハズレだったぜ」
「私のチームは可もなく不可もなくでしたね」
「あいつらマジで許さない」
シルバの質問に対する回答を聞いた限りではメアリーだけ組み合わせが悪くなかったようだ。
エイルとロウは思い出したくなさそうであり、イェンは思い出したことで当時の怒りが再燃したらしい。
そうなれば、訊いても問題なさそうなのはメアリーだけだと判断してシルバは彼女に追加で質問する。
「組み合わせと言いましたが、もしかしてコースに関係なくバラバラで1年生のチームを組むんですか?」
「そうだよ。チームは籤引きで決まるんだ。合同キャンプではミッションが与えられてチームでそれをクリアするんだけど、毎年チームワークがボロボロな組がいたり、クラッシャーって呼ばれる問題児が紛れ込んだチームが壊滅的な状況に陥ったりするんだよね」
「全部のミッションをクリアできるのは全体のどれぐらいなんですか?」
「う~ん、私達の学年は20%かな」
「私達の代は0%でした」
「同じく」
メアリーの回答をエイルとイェンが補足した。
今の5年生と3年生はどのチームもミッションをコンプリートできず、4年生は20%が全てミッションをクリアしたと聞いてアルは気になったことを訊ねる。
「今の2年生はどうだったんですか?」
「私の聞いてる限りではミッションをコンプリートしたのは0%だったそうです」
2年生はこの場にいないので、エイルが代わりにアルの質問に答えた。
「学校側がミッションをコンプリートさせるつもりがないんでしょうか?」
「その可能性は否定できません。学校に慣れてクラブにも加入したところで油断した1年生の気を引き締めさせる目的はあると思います」
「誰がこの合宿を考えたんでしょうか? 校長先生ですかね?」
「あり得ます。校長先生ならスパルタな採点をしてもおかしくありませんから」
そう言うと、エイル達は合同キャンプについてあれこれと説明し始めた。
籤引きで全コースの生徒に5人1組のチームを組ませる。
このチームはコースが被っている生徒と同じチームになっても再抽選はなく、集まった5人でどうにかしなければならない。
ミッションは合計5つあり、いずれもチームで協力しなければクリアできないようになっている。
「会長の時は何がそんなに酷かったんですか?」
「私のチームはクラッシャー1人のせいで崩壊しました。協調性が皆無で自分が目立つことだけしか頭の中にはいない人でしたね」
「軍隊でそれは不味いですね」
「その通りです。しかも、その問題児がB1-1コースの方でして、T1-1コースの方と何度も意見が衝突した結果、単独行動をしては失敗を繰り返してあっという間にミッション失敗でした」
「俺んところとは違う失敗だったんだな」
「ロウ先輩のチームはどうして失敗したんですか?」
ロウの反応からエイルとは違う形で失敗したようだったので、アルがロウにどんなミスを犯したのか訊ねた。
「俺んところはS1-3の奴が食べられる野草と毒草を間違えてチーム全員が腹を壊してリタイアした」
「うわぁ・・・」
「あれ以来、俺は校外学習で食材を現地調達する時は自分が食べる物を自分で用意するようになったわ」
「なるほど。他人に食糧集めを任せてはいけないって学んだんですね」
ロウが遠い目をしているのを見てシルバもアルもチームメンバーにとの役割分担には気を付けなければいけないと強く思った。
シルバはさぞ恨みが溜まっているであろうイェンに話を振る。
「イェン先輩のチームはどうだったんですか?」
「私のチームはT1-2の学生が頭の悪い非効率な作戦を立てたせいで私の集めた食糧や道具を無駄遣いした。B1-1の学生が2人いたけどどっちも脳筋な癖に自分は頭良いから指図するなとか言って勝手な行動をとった。H1-3の学生は包帯もまともに巻けない役立たずだった」
「心中お察しします」
「イェン先輩、お茶どうぞ」
「ありがとう」
イェンの籤運の悪さにシルバとアルは同情を禁じ得なかった。
イェンはアルが注いだお茶を飲んで喉を潤して落ち着いた。
「皆さん大変だったんですねぇ」
「メアリー先輩のチームはどうだったんですか?」
他人事っぽい口調のメアリーにアルが訊ねた。
「私のチームは私とT1-1の学生、B1-2の学生、H1-2の学生、S1-3の学生で構成されてた。自己主張の激しい人はいなかったから、粛々とミッションをこなしたんだよね。でも、誰も雑談しようともしませんでしたから息は詰まりそうだった」
「メアリー先輩のチームはミッション全てをクリアできたんですか?」
「一応できたよ。クリアした順番で言うと後ろから数えた方が速いけどね」
「クリアできただけマシです」
「腹下してないなら良いじゃんか」
「まともな人と組めただけ十分だと思う」
この件に関してはメアリーに味方はいないようである。
エイル達はジト目でメアリーを見ており、贅沢を言うんじゃないと訴えていた。
「シルバ君、合同キャンプは僕達も気を引き締めて対応しなきゃ駄目だね」
「そうだな。でも、アルなら他の学生を上手く指示してそう」
「それわかる。アルは腹黒いから他の学生を顎で使っててもおかしくない」
「そうですか。ではロウ先輩もお望み通り顎で使ってあげましょうか?」
「やべっ」
ロウは相変わらず一言多いせいで墓穴を掘った。
「良いんじゃないですか? アル君ならロウのことを立派な使い走りに仕上げてくれそうです」
「私も賛成です。ロウ先輩はこき使われれば良いと思います」
「ざまぁ」
エイル達女性陣がここぞとばかりにアルに加勢するものだから、ロウは苦しそうな表情で口を開く。
「畜生、俺の味方はシルバだけか」
「いや、別に俺もロウ先輩の味方って訳じゃないですからね?」
「シルバ、お前もか・・・」
裏切られたみたいな表情になるロウだが、シルバは元々ロウの味方をするなんて一言も言っていない。
あくまでロウがシルバの発言に乗っかっただけなのだ。
シルバもロウの発言した通りのことが合同キャンプで起きそうだと思ったが、それを表情に出さないぐらいには気を遣える。
話にオチがついたところで下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。
シルバ達は片付けを済ませてから学生寮へと帰った。
部屋に戻るとアルが深刻そうな表情でシルバに詰め寄った。
「どうしようシルバ君! 合同キャンプは不味い!」
「なんでって、あぁ、確かに不味いな」
アルが性別を偽っていることはシルバしか知らない。
しかし、もしも合同キャンプ中にハプニングが起きてアルが女だとバレてしまうとそこからアルの素性までバレてしまう可能性がある。
それゆえ、アルは部屋に戻って来た瞬間にシルバにどうしようと詰め寄った訳だ。
「籤に細工する? それとも、籤の担当者の弱みを握ってシルバ君と同じチームにしてもらうかな」
(アル、そういうこと言ってるから腹黒いって言われるんだぞ?)
この後、シルバとアルの作戦会議が行われたがこれだという妙案は出てこなかった。
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