第299話 もう、褒めたってロウ先輩が虫から食虫植物扱いに変わるだけですよ?

 ヒュドラとの戦いに勝って盛り上がった後、シルバ達はヒュドラを解体した。


 虹魔石を見つけたところでロウが首を傾げる。


「虹魔石? アルケス共和国の力じゃ野生のヒュドラを閉じ込めるなんて無理だよな?」


「ロウ先輩、その点については1つ仮説を思いつきました。気分の悪くなる仮説になりますが、実現可能性は高いと思います」


 シルバが自信あり気に言うものだから、多分そんな訳ないだろとツッコむことはなさそうだと思ってロウは続きを促す。


「ほほう。聞かせておくれ」


「わかりました。俺の仮説では、ヒュドラは元々別のモンスターだったと考えてます」


「別のモンスター? ・・・まさか」


「進化だね」


「おーい、アリエルさんや。なんで美味しい所を持ってっちゃうのかね?」


 ロウは自分が言いたかったことをがっつり横取りされてしまい、アリエルに対して悔しそうに抗議した。


 そんなロウを見てアリエルはとても良い笑顔を浮かべる。


「すみません。勿体ぶった溜めとかいらないと思ってるので、サクッと言っちゃいました」


「ないわー。ガチでないわー」


「・・・ここが公の場じゃなくて良かったですね、ロウ先輩。第一公妃に対してその発言は不敬罪待ったなしです」


「調子に乗ってしまい誠に申し訳ございませんでした」


 (すぐに謝るぐらいならふざけなければ良いのに)


 心の中ではそう思っても、シルバはわざわざ口にはしなかった。


 言ったところでロウは忘れた頃に同じようなミスをするからである。


 ロウにツッコめば脱線するから、シルバは話を真面目な方向に軌道修正する。


「話を元に戻しますが、俺はヒュドラが別の蛇型モンスターから進化したものだと考えてます。共和国軍の訓練のために捕獲したそのモンスターを魔石等で育てたのでしょうね」


「ちょっと待て。ヒュドラになるまでどれだけ魔石が必要になると思ってんだ? レインボー級モンスターなんだぞ? ヒュドラに進化するまでの量の魔石なんて集まらねえだろ」


「だから魔石って言ったんじゃないですか」


「おいおい、それじゃあ人も喰って成長したってのか?」


 今度は勿体ぶってアリエルに自分のセリフを横取りされないようにするべく、さっさと自分の考えを口にした。


「そう考えるのが妥当です。魔石から得られるのは魔力MPなんですから、それを蓄えてる人を食べても成長するのは当然のことじゃないですか」


「そりゃそうなんだろうけどよ、魔石に変わる人ってどこから調達するんだ? いや、調達って言い方も胸糞悪いけどさ」


 ロウの質問に対し、アリエルはシルバが答えるよりも先に口を開く。


「罪人、他国の軍人、この秘密に気づいてしまったか探ってしまった軍人以外の国民、政争で負けた者達とかじゃないですかね」


「おぉ・・・。よくもまぁ、そんなスラスラと出て来るもんだ」


 アリエルの考えを聞いてロウは戦慄した。


「ロウ先輩、アルケス共和国の議会を牛耳る連中の立場で考えればこれぐらいすぐにわかりますよ」


「俺にはそんなに簡単に思考を切り替えられねえよ。アリエルのそれは一種の才能だな」


「もう、褒めたってロウ先輩が虫から食虫植物扱いに変わるだけですよ?」


「人扱いしよう? お願いだから」


 仕方がないから食虫植物扱いしますと言われても、ロウが喜べないのは当然だろう。


 それでも、狩られる側から狩る側になれただけマシなのかもしれない。


 シルバは再び話を軌道修正する。


「とりあえず、魔石と人間を与えて強化しつつ、アルケス共和国の訓練用モンスターとしてずっとこの場に縛り付けられてたのなら、ヒュドラが人間に対する憎悪を剥き出しにするのも納得いきませんか?」


「納得した」


「俺もだ」


「証拠はないのであくまでも仮説ですがね。さて、この虹魔石はさっきからお利口に待ってたレイのものだぞ」


『待ってたよご主人!』


 話を終わらせてから、シルバは虹魔石を物欲しそうに見つめるレイに与えた。


 虹魔石を飲み込むことで、レイの体から発せられるオーラが強まる。


『ご主人、<不可視手インビジブルハンド>を会得したよ!』


「すごい名前だな。どんなスキルか教えて」


『透明な手を操れるんだよ! ほら!』


「おぉ!?」


 シルバは見えない手のような物に握られた感覚がした後、自分の体が持ち上げられて驚いた。


「良いなぁ。僕も<不可視手インビジブルハンド>を会得したい」


「アリエルにそんなスキルを与えたら駄目だろ」


「お仕置きに便利そうですよね。見えない制裁とかやり放題ですし」


「シルバ、絶対にアリエルに<不可視手インビジブルハンド>を覚えさせちゃ駄目だ!」


 ロウはアリエルと<不可視手インビジブルハンド>の組み合わせが凶悪過ぎると判断し、シルバにそんなことにならないよう見張るよう頼んだ。


「ほとんど不可能だと思いますよ。だって、マリアですらこのスキルは会得してませんし」


「それなら安心だな」


 長い時間を生きている世界最強マリアでも会得できていないスキルなら、アリエルが会得するのは極めて難しいだろう。


 そう思えばロウはホッと一息ついていた。


 レイのパワーアップが済んだら、シルバ達はヒュドラを解体するまで全体が見えなかった床の魔法陣を調べてみた。


 写真を撮ってマリアに掲示板経由で送りつつ、自分でも魔力回路に治癒キュア以外の効果がないか確認する。


 じっと見てみることでシルバはこの魔力回路がとんでもないものだと気づく。


 治癒キュアでヒュドラと戦う軍人の毒の症状を和らげるだけでなく、鎖で繋がれている対象をそれ以外の生物の強さに応じて力を制限させる効果まであった。


 シルバ達が戦った時は治癒キュアの効果しか作動していなかったから気づかなかったが、アルケス共和国の軍人が戦うなら力の制限効果も作動していた訳である。


 (徹底的にヒュドラを訓練用のサンドバッグにしてた訳だ。気分悪いな)


 技術的に見ればすごい魔力回路を使った魔法陣であることはわかったが、ヒュドラの扱いを知ってシルバは気分を悪くする一方だった。


「その顔からして、魔法陣に秘められた他の効果は技術的にすごくても人道的にアウトだったと見た」


「正解。よくわかったな」


「フフン。僕はシルバ君検定1級だからね」


『レイだってご主人のことはいっぱい知ってるよ!』


 アリエルがシルバの表情から考えていることを読み解くと、レイがそんなアリエルに対抗意識を燃やした。


 それが可愛いのでシルバはレイの頭を撫でつつ、魔法陣の効果について具体的にアリエル達に説明した。


 シルバの話を聞いた後、レイ達従魔組が起こったのは当然のことだが、アリエルも怒りが滲み出た笑みを浮かべた。


「この国、もう滅ぼした方が良いんじゃないかな?」


「止すんだアリエル。アルケス共和国の中枢は自爆して消えてる。滅ぼしたらただの大量殺戮者だぞ」


「そうかもしれないけどさ、ヒュドラの犠牲によって維持してた国でのうのうと生きてた国民ってどうかなって思うんだ」


「それを言ったらおしまいだろ。ムラサメ公国の国民だって、考え方によればクソみたいな王制の中でそれを良しとしてたんだから」


 そこまでシルバに言われれば、アリエルもこれ以上不満を口にしなかった。


 存在価値がないと斬り捨てて人口を減らせば、苦労するのは残った側の者達だ。


 アリエルは不満な気持ちを抑え込むべく、シルバにギュッと抱き着いた。


 精神的ストレスを自分に抱き着くことで解消しようとしているとわかったから、シルバはアリエルを優しく抱き締め返した。


 レイとリトも<収縮シュリンク>で小さくなり、ここぞとばかりにそれぞれの主人に抱き着き、自分達の精神的ストレスも解消する。


 流石のロウもこのタイミングで茶化すような野暮な真似はしない。


 というよりも、ジェットが<収縮シュリンク>で小さくなり、ロウに抱っこしてくれと訴えて来たからジェットのリクエストに応じているのだ。


 アリエル達の気分が晴れ、魔法陣の部屋でこれ以上調べる物はなくなった時に自体は動いた。


 大きな地震が発生したのである。


 シルバとアリエルのマジフォンの割災予報機能には、アルケス共和国は組み込まれていなかったので割災が発生するタイミングでようやく気付くことになった。


「「「割災だ」」」


 異界カシュリエに繋がる穴がこの場に開かなかったことから、シルバ達は急いで上に向かう。


 英雄召喚陣があった地下1階にも穴は生じておらず、地上に出てようやく穴を見つけた。


 その穴から久し振りにモンスターが出て来るのだろうと思っていたシルバ達だったが、予想していた展開にはならなかった。


 驚くべきことに、蔓で口塞がれて体もグルグル巻きにされたオロチが穴の向こう側から放り投げられ、オロチが通過した直後に穴は閉じた。


「オロチ、お前捨てられたのか」


「「ブフッ」」


 シルバがポツリと呟いた言葉にアリエルとロウが噴き出してしまったけれど、2人がそうなるのも無理もない絵面だった。

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